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ALTO+  作者: Mercurius
21/39

刃の下に心あり 01

 昨日午後二十時頃、梅枝町三丁目の市道で帰宅途中の女子中学生(13)が、刃物を持った男に腕など二箇所を切り付けられる事件が発生した。

 男は現場にいあわせた女子高校生らに取り押さえられ、駆けつけた署員が殺人未遂容疑で現行犯逮捕した。

 男は県内来迎市に住む会社員、鹿野禎一容疑者(47)。業務用カッターナイフ一本(全長約二十センチ)を所持していた。

 調べに対し鹿野容疑者は「殺すつもりはなく、脅かすつもりでやった」と供述している。

 女子中学生は身を守る際、腕や手などに全治二週間程度の怪我を負い、近くの病院に搬送された。


「――だってさ。『あのこと』は表沙汰になってないね」

 俺はアルトに命じ、クアデルノに情報共有を行う。

 下御門さんは視野に展開された新聞記事を読み、物憂げな溜息を吐いた。

「良くも悪くも未成年だからね。そういうのを面白可笑しく書いて、同年代の子が影響されたらと配慮したんじゃないかなぁ……」

「相手のおっさん、別の新聞では妻子持ちってことになってるけど」

「お父さんより歳が上だったんだ。世も末だよね……」

 先程下御門さんは登校してきて、先に登校していた俺を見つけると前の席を陣取って腰掛けた。

 なにか話したいことがあったのだろうけれど、先に事件の顛末を話しトーンダウンさせてしまった。

 今更感ありありなのだが、彼女の話を聞いてやらねば不完全燃焼になる。

「そういや下御門さん、なにか話があったんじゃないのか?」

「あっ、そうそう」

 下御門さんは自分に起きた変化を口にした。

 彼女は昨晩の内にクアデルノの特性を、何度も繰り返しテストして調べていた。

 霊力を溜めるチャージや情報検索など、興味は尽きることを知らなかったらしい。

「昨日は何時まで起きてたんだ?」

「三時。思い出したら眠くなっちゃった」

 彼女は軽く欠伸をかみ殺し、目元に涙を溜めて苦笑した。

「クアデルノは未知数だから、下御門さんの感想が全てだ。何か分かったのか?」

「ん……。日頃の余剰霊気を溜める恒常的なチャージと、昨日みたいにカウントダウン付きの急速チャージがあるってこと」

「ますますもって充電器そのものだな」

「恒常的なチャージは見鬼の力やクアデルノとの会話に使われて、思い切った能力を使えるほど溜め込めないの」

「――ってことは、格闘の時は急速チャージを使ったのか?」

「うん……。能力を使う前に二十秒のカウントダウン、実はギリギリ間に合ったんだよね……」

 女の子が襲われてチャージ開始、目の前に立ち塞がって時間を稼ぐ。肝が据わってないと出来ないことだ。

 俺達の前で見せた時には二分近く保っていたが、アクセラレートを使用した時は二十秒ほどで霊気切れになった。

「能力を使えば使うほど消耗も早い……か。アクセラレートは滅茶苦茶疲れるからな……」

「クアデルノちゃんが言うには、霊気量は訓練次第で増やせるらしいんだけど、今は少ない霊気でやり繰りするしかないって……」

 そう言った当の本人クアデルノは、下御門さんの頭の上に座って我関せずといった態度だ。

 だが話をしているのは気付いていて、時折耳がピクピクと動くから、彼女なりに気にしてはいるのだろう。

 シンクレアがお調子者の馬鹿で、アルトがちょっとドジな優等生タイプだとすると、こいつは無口の照れ屋といったところだろうか。

 電子の精霊ってのは色々な個性を持っているものだ。

「あっ、そういえば、もう一つ話したいことがあったんだ!」

 彼女はポンと手を叩き、膝の上に置いていた本を机の上に広げた。

「あのね、家具を色々調べてみたんだ。このカーテンなんかどうかな?」

 広げられた本は家具や調度品を特集した雑誌のようで、気に入ったページに付箋が挟み込まれていた。

「栞さんって、マジでそういうのに疎いみたいだからな。カーテンだって、前に住んでいた人が置いてったものらしいし……」

「ちょっと黄ばんでたもんね」

 ちょうどその時、教室の扉を開けて一人の女子が登校してきた。下御門さんが今陣取ってる席の主、桜井奈々さんだ。

「あっ、ごめんなさい」

 下御門さんは慌てて席を立ち、桜井さんにペコリと頭を下げた。

 桜井さんはチラリと机の上を一瞥すると、クスクスと笑って彼女の肩を叩く。

「購買に行く用事があるから、始業まで座っていていいよ。がんばってね」

 何をがんばるのかと小首を傾げた下御門さんだったが、机の上に開かれた本を見て顔を赤らめる。

「い、い、い、いや。そういうのじゃなくて! 誤解だから、本当に誤解だから」

「あら? クラスの女子は全員応援しているわよ。でも、そういうのは早いと思うけどね」

「だっ、だから違うってば」

 そのやり取りを聞いて、何のことだか理解した。

 仲のいい男女に見える俺達が、朝から家具を選び合っている。

 まあ、桜井さんが誤解するのも無理はない。俺だって第三者なら『そういうことか』と納得してしまうだろうから。

 彼女も実は購買に用事なんて無いのだろう。気を使って遠慮してくれたのだ。

「桜井……。お前の心遣いには感謝するが、変な噂を広めるんじゃないぞ?」

「分かってるって」

 桜井さんはそういって立ち去り、女子達が雑談する輪に飛び込んだ。

 そしてしばらくの後、彼女らから悲鳴に似た黄色い声が沸き上がる。どうやら桜井さんは全然分かっていなかったらしい。

「もう……」

 彼女は真っ赤になった頬を手で扇ぎ、そして俺の手を見て小首を傾げた。

 手の甲には絆創膏が二つ。今朝のトレーニングで怪我をしたのである。

「あ、これ? 特訓でハリキリ過ぎちゃってね。擦り剥いた程度だけど、血で服が汚れるのも嫌だし、絆創膏を貼ってるんだ」

「……特訓?」

「ん、ああ。下御門さんには言ってなかったね。今はそうでもないけど、アクセラレートの反動が酷くて、朝早く起きて体を動かしているんだよ」

「朝練!? 私もやりたい!」

 彼女は目を輝かせて見つめ返す。

 体育会系の彼女は今、病気を理由に部活から遠ざかっている。

 事件の元凶ともいえるバスケ部だから、彼女も楽しめないというか、あの時のことを思い出して辛くなるのだろう。

 何か発散できることがあればと口にしていたが、まさか……。

「マジ? 五時起きだよ?」

「朝練の時とか、それくらいに起きてお弁当作ってましたよ。なにせ一年生の下っ端ですからね、先輩より遅く顔を出せないでしょ?」

「……いや、体育会系独特の縦社会って、よく分からないから」

 だがしかし、一人では限界を感じていたのも確かだ。

 もう一人同じように動ける人がいたらと思っていたところだ。

「ガード下の公園でやっているんだけど……」

「秋篠くんの通ってる駅の近く?」

 アルトは気を利かして地図検索を済ませ、クアデルノに情報共有を行ってくれた。

 ツーと言えばカー、アルトの息が合ってきたような気がする。

「運動するのはいいとして、汗を掻いたまま家に帰るのか? 下御門さんて栞さんと同じ駅だし、ちっとばっかり遠くないか?」

「ん……、それはちょっと困るな」

 彼女は目を彷徨わせて考え込み、ふと俺を見つめてニヤリと笑う。

「秋篠くんはどうしているの?」

「俺は風呂に入って――って、なっ、なんだその、期待に満ちた目は?」

「小さい小さいって言いながら、離れのお風呂って脚を伸ばして浸かれるんだよね」

 勝手知ったるなんとやらだ。

 泊める訳じゃないし、婆ちゃんに断りを入れておけば問題ないと思うけど、同じ風呂に入るってのは……色々と不味いだろ。

「お願い。秋篠くん! 運動不足で死にそうなの!」

 手を合わせて懇願されれば、無下に断る訳にもいくまい。

 彼女が付き合ってくれれば、トレーニングの幅が広がるのは間違いないのだから。

「婆ちゃんに言っておく。その代わり間違いなく朝ご飯を食えって言われるから、覚悟しておいてくれ」

「やった。秋篠くん、大好き!」

 額をぶつけるんじゃないかというくらい身を乗り出し、手を掴んでブンブンと振り回す。

 大好きと無意識に発した一言、教室中をシンとさせたのは言うまでもない。

 

 

 

 家具屋に向かう道すがら、ふと城戸健次郎爺さんのことを思い出して足を止める。

「下御門さん、ちょっと待ってくれないか。用事を思い出した」

「えっ、うん。いいよ」

 爺さんには柏木女史のパンストを持って行かれ、それ以来なしのつぶて。正直詐欺にでも遭った気分だ。

 爺さんの座るガードレールに向かい、下御門さんを肘で小突いた。

「あそこ、見鬼の目で見てごらん」

「……クアデルノちゃん、調整お願い」

 クアデルノは三つ叉の槍を振り回し、彼女の頭部に突き立てる。

 とっても痛そうな光景だが、平然と目を細めて指差す先を見つめた。

「あれは城戸健次郎爺さん。体術を教えるとか言っておきながら、なんにもしなかった詐欺師……もとい詐欺幽霊だ」

 そう説明して、つかつかと爺さんの前に歩み寄る。

 爺さんは俺をチラリと一瞥したかと思うと、ニヤニヤと笑いながら下御門さんを見つめる。

「めんこいのう。化粧気がなくてええ匂いがするわい」

 爺さんはスンスンと鼻を鳴らして身を乗り出し、彼女は困ったような顔をして後退る。

 俺は覚え立ての技を駆使し、右手に霊気を集中させて身構える。

「爺さんのような霊体は霊気と相性が悪いらしいぞ」

「そんなもん知っておるわ。じゃが、ワシに効くかのう?」

 爺さんは受けてやるとばかりに手を広げて待ち受ける。

 余裕の表情、虚勢を張っているようには見えない。もしかすると調べた文献に誤りがあったのだろうか。

「実は準備に手間取っておってな」

「準備? なんの?」

「修行場が荒れてしもうておってな。息子の夢枕に立って、手入れせいと命令しておったところじゃ」

「――修行場? 爺さん専用のそういう場所があるのか?」

 爺さんはニヤリと笑って無精髭を手で擦る。

「南川上という場所にワシの山があるんじゃ。寝泊まり出来る山小屋もあるし、泊まりがけで鍛えてやるわい」

「泊まりがけっていったら週末だけど、明後日だぞ? 間に合うのか?」

「息子は『親父が夢枕に立った!』と大騒ぎしての、仕事を休んでその日の内に山に向かいおったわ」

「南川上の辺りは山ばっかりじゃないか。なにか目印でもあるのか?」

「南川上の駅を出て、こう行って、ここで折れる。そのまま真っ直ぐ行けば山に着くわ」

 爺さんは豪快かつ適当に指で地図を書き出す。

 俺は視界に出た地図と爺さんの指を合致させた。

「南川上、千早山って言われてるところか?」

「そうそう、そうじゃ。おぬし、よう知っておるの。その中腹に山小屋があるわ」

 目の前に等高線付きの立体画像が展開される。

 登山道はなだらかな斜面だし、軽装備で登れそうな感じだな。

 ちょんちょんと袖を引かれて振り返ると、会話の内容を全く理解していない下御門さんがいた。

 蚊帳の外に置かれ、ちょっと拗ねたようにジト目で睨む。

「あー、ごめん。かくかくしかじかで――」

 婆ちゃんから聞かされた城戸健次郎爺さんの話、与えられた課題をクリアして弟子入りした経緯を話して聞かせた。

 彼女は素直に感心し、爺さんを見つめる。

「こやつは姑息な手段を講じてのう。女教師のパン――」

「口は災いの元だ、ジジイ!」

 俺は爺さんの口を押さえ、それ以上の言葉をシャットアウトした。

 運良く下御門さんは目を彷徨わせて思案中。話半分しか聞いていなかったようだ。

 彼女はしばらく考え込んで、ニコリと微笑んで爺さんに頭を下げた。

「あの……、私も教わりたいんですけど、構いませんか?」

「お嬢ちゃんか、ええよええよ。大事に育てちゃるわい」

「おいっ、即答かよ!」

 栞さんの時もそうだったが、ジジイは女子高生に弱いようである。

「そういえば大事なことを聞き忘れた。教えてくれる体術ってどういう流派だ?」

「おぬし……、何か勘違いしておらぬか?」

 爺さんはガードレールから飛び降り、ポケットに手を突っ込んで背を向ける。

「流派といえば甲賀流。体術ではなく忍術じゃぞ……」

「忍者……ハットリくんか!」

「いや、ケムマキケムゾウの方じゃ」

 爺さんはそう即答して人の波に姿を消す。

 爺さんはハットリくんを見ていたのか。そうツッコミを入れる暇さえ与えてくれなかった。



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