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今日から妹

関所を越えるためには、砂漠の土地とこちらの緑の土地を隔てる大河を渡らなくてはいけないという。この大河がいろんな国に続いていて、船が行き来して、べらぼうにたくさんの国を繋いでいると、男は語った。


「だから人間のるつぼだ。何が居ても驚かれないが、何を見ても驚かないようになるには経験ってのが必要だ」


男はとんでもなくおしゃべりだった。あれだこれだと飛び飛びにあれこれ話しまくり、疲れないのかと思うほど喋る。

でもそれがありがたかった。深い事を考えないで歩く事が出来たからだ。

母を失ってからの事を色々考えたくないし、思い出したくない私には気遣いに等しかった。


「それからだな、お前の生活に関しては、まあ神殿関連でどうにかできらぁな」


「神殿って、助けてくれないんじゃないの」


王都の神殿は助けてはくれなかった。そもそも、あの大火災のせいで、手が回っていなかった可能性もあるけれども、親を失った子供に、手を差し伸べてはくれなかったのに、この男は神殿がどうにかすると自信満々だ。

その自信はどこから来るのだろう。とちょっと思った。


「砂漠側の神殿は子供を助ける事も神への奉仕って話だからな。特に砂漠の雨の神は子供を虐げる事を嫌うのさ」


「神様なんていやしないって、お母さんが言ってたよ」


私が大真面目に言うと、男はげたげた笑った。笑ってばかりの男だ。笑って怒鳴って。一人で芝居みたいな事をして。感情の振り幅が大きすぎやしないだろうか。疲れないのだろうか。

そんな事を六歳の子供にも思わせる男は、笑ってからこういった。


「神様の基準の問題だな」


いきなり意味不明な言葉を投げられた気がした。神様の基準って何を言いたいのだろう。そもそも……神様って基準があるのだろうか。

難しい問題をいきなり投げられた気分になった。


「なあにそれは」


それでも、不思議過ぎたから問いかけた。


「神様ってのをどんな存在かって人間が考える時に必要な基準だな。おれは、人間がどうあがいても立ち向かえない力を持った、人間に左右されない存在を神様って砂漠の神殿が崇めてんのを知っている」


「神様ってぜんちぜんのーっていうのじゃないの」


「全知全能の神様がいるなら、人間なんて作りゃしないし、崇めさせたりしねえだろ」


「なんで?」


「こーんな不出来な生き物に崇められても面白かねえだろ。ありがたみってのがねえな」


男の神様論はよくわからないけれども、故郷で人々が信じたりしている神様と、男が存在を確信しているらしい神様は、何もかもが違うらしいな、とここでなんとなく知ったのだった。


「疲れた」


「気合いれろ」


「足が痛い」


「それは生きてるから痛いんだ」


よくよく後から冷静に考えると、六歳程度の子供がこうして延々と足場の悪い街道を歩き続けるのは相当な負担だった。

しかし男は歩幅も合わせないし、とにかく雑な歩き方をしている。それで絶対に手を離さない。引きずられるように歩き続けた私が、そういうのも当たり前だった。

疲れて息が切れてきて、ふらふらしてきて、目が回って、そこで男は私の状況に気づいたように見下ろしてきた。


「ちっこいのってまじでこれっぱかりで疲れるんだな」


「疲れたって言った!」


私は男に噛みつくように文句を言った。男は不思議そうに私の睨む目を見ている。


「おれのガキの頃とえらく違うな、やっぱりおれのガキの頃は大人が言っていたように体力オバケだったのか? まあ兄貴と比べても兄貴もなよっちかったしなあ」


「もう歩けない」


「でも森は抜けたいんだろ」


「抜けたい」


「しょーがねえなあ」


男はそう言うと、ひょいと私を抱き上げた。私の重さなどないような扱い方で、一気に視線が高くなる。男の背丈が異様に高いせいだ。足がつかなくて怖いくらいに高い。


「走るぞ」


「え」


「森抜けたいんだろうが。だったら荷物になれ。自分は荷物だと思って静かにしてろ、全力で走ってやる」


この男は走れば森を抜けられるという大言壮語を言いたいらしい。そんなに早く走れるのかと疑った矢先だ。

一気に男が走り出したのだ。おかしい。……木が男を避けるようにたわんでいる。

森が、この男の走りを邪魔しないように避けている?

そんな事を考えたくなるくらいに、男は直線的に突っ走っている。とても人間の走る速さなんかじゃない。

この速度は何なんだ。この男はそもそも人間じゃなかったのか?

ぐるぐると色々な考えが、六歳ながらも頭に浮かんでくる。

どれくらい走っていただろう。男が足を止めたら、もうお日様は高く高く登っていて、ちょっと夕刻に傾きかけていて、相当な時間男が走り続けていたことが明らかだった。

そして。


「街だ……」


「関所の街だって言ってんだろ」


私の目の前に広がったのは、王都に負けないくらいに人がたくさんいる、そんな街だった。

人間のるつぼというのは本当だった。いろんな肌の色をした人が行き交っていて、いろんな髪の色をした人が喋っている。

服装も色々、被り物も色々、身につけているものも色々。

目が回りそうなくらいに色々なものがひしめき合っている。


「お前たちは何が目的だ?」


関所の街の入口の大きな門の前の行列に並んで待って、門のところにいる人が私達に声を掛ける。私は言葉を持っていない。男はしれっとした調子であるものを差し出した。


「この依頼を砂漠のギルドから受けてこっちに来てたんだ。依頼のものが手に入ったから、これから砂漠に戻るんだ。こっちは生き別れのおれ様の妹さ」


妹がどこにいるのだろうと、思った。でも、今、それを言ったら色々なものがぱあになりそうだと言うのは感じた。だから黙って、兄にしがみつく妹みたいに、男の上着にしがみついた。

疑われやしないだろうかと思ったのに、門のところの人は頷いてこういった。


「なるほどわかった。通っていいぞ」


「ありがたいぜ」


男が私を担ぎ上げたまま、ありふれた人間ですという態度で門をくぐる。門を抜けて少し進んで、私は大きく息を吐きだした。緊張したのだ。


「あんな事言っていいの」


「面倒見るっつったろ。なら妹分だ妹分。ちょっと盛ったところで何が悪い。似たような赤毛だ、だーれも疑いやしないだろ」


そんな適当でいいのだろうか。と思ったが、私はだんだん眠くなってきていた。明け方からずっと起きていて、途中水は飲んだけれども、食事は朝にかじった小さなパン半分なのだ。

お腹もとても空いていた。でも眠かった。


「ふああ」


「おい、まだ寝るな」


「……」


街に入った事で安心してしまったのか、私は、この後の事を覚えていない。寝てしまったからである。

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