婚約破棄されたので辺境伯に拾われましたが、元婚約者と浮気女が国ごと破滅しそうです
「――リシェル・フォン・クラウゼル。お前との婚約を破棄する」
夜会のど真ん中で、それを言われた。
いや、マジで?
普通こういうのって、もっとこう……密室とか、あるでしょ?
なんで王城の大広間でやるの?
しかも音楽止まってるし。
貴族達、めちゃくちゃ耳そばだててるし。
「アルヴェルト殿下……理由を、お聞きしても?」
私が静かに問い掛けると、アルヴェルトは鼻で笑った。
「お前は冷たい。可愛げがない。王妃には相応しくない」
はぁ。
出たよ。
テンプレみたいな理由。
しかも隣には、べったり腕を絡ませた女。
男爵令嬢、ミレイナ・エスト。
最近ずっと噂になってた。
王太子と毎晩のように密会してるって。
「リシェル様は怖いんですぅ……殿下、いつも怯えてましたぁ」
いやお前。
この前三時間も殿下と抱き合ってたよね?
庭園で。
見たけど。
「だから私は真実の愛を選ぶ!」
アルヴェルトが高らかに宣言した瞬間、会場の空気が凍った。
真実の愛。
便利な言葉だな。
不倫の言い訳にも使えるんだ。
「……なるほど」
私は静かに笑った。
「では殿下。私との婚約中にミレイナ様と関係を持っていたことを、お認めになるのですね?」
「なっ……!?」
「証拠ならございますが?」
一瞬で、アルヴェルトの顔色が変わった。
私は懐から封筒を取り出す。
中には手紙。
しかも大量。
『昨夜も最高でした♡』
『次は離宮で会いましょう♡』
『あの女、早く消えないかな♡』
語尾の♡がウザい。
死ぬほどウザい。
「そ、それは……!」
「筆跡鑑定済みです」
貴族達がざわつく。
ミレイナの顔が青くなった。
でもアルヴェルトは、まだ諦めてなかった。
「だ、だからなんだ! 私は王太子だぞ!」
うわぁ。
最低。
「権力で押し切るおつもりですか?」
「当然だ!」
開き直った。
終わってる。
するとその時だった。
「――その程度の頭で王になるつもりか?」
低い声。
会場の入口。
そこに立っていた男を見た瞬間、空気が変わった。
黒銀の軍服。
鋭い灰色の瞳。
氷狼辺境伯。
レオニス・ヴァルディア。
戦場帰りの英雄。
冷酷無慈悲で有名な男。
アルヴェルトですら一歩引く相手。
「レ、レオニス……」
「婚約者がいる身で不貞を働き、責任転嫁とはな。笑えん」
レオニス様は私の前まで来ると、片膝をついた。
え。
待って。
なんで?
「リシェル嬢。私の領地へ来ないか」
「……はい?」
「ちょうど有能な人材が欲しかった」
会場がざわつく。
いや私もざわついてる。
「君ほど頭が回る女は珍しい」
真っ直ぐ見つめられる。
灰色の瞳が、やけに熱い。
「……拾って、くださるのですか?」
「拾う?」
レオニス様が眉を寄せた。
「違うな」
そして。
「迎えに来た」
――その一言で。
心臓が、うるさく鳴った。
◇◇◇
辺境伯領は寒かった。
でも、人は温かかった。
「リシェル様! 書類終わりました!」
「こっちの税率も修正しました!」
「早っ」
いやマジで。
この領地、仕事できる人しかいない。
最高か?
しかもレオニス様が、やたら優しい。
「寒くないか」
「食事は合うか」
「無理はするな」
過保護。
びっくりするくらい過保護。
しかも顔がいい。
暴力的に顔がいい。
「……そんなに見つめるな」
「いやだって顔が良すぎて」
「さらっと言うな……!」
耳赤い。
可愛い。
戦場の鬼将軍とか言われてるのに。
可愛い。
ある日、私は執務室で倒れた。
原因は過労。
まぁ、働きすぎた。
目が覚めると。
「……起きたか」
レオニス様がいた。
しかもずっと看病してたらしい。
「三日寝ていた」
「えっ」
「心配した」
その声が、妙に優しかった。
「君がいなくなるのは嫌だ」
ドクン、と胸が鳴る。
あぁ。
私、この人のこと――。
「リシェル」
「……はい」
「私は君を愛している」
真正面からだった。
逃げ道も誤魔化しもない。
真っ直ぐな告白。
「政略でも同情でもない。君が欲しい」
泣きそうになった。
ずっと。
ずっと欲しかった言葉だった。
「……私も、好きです」
次の瞬間。
抱き締められた。
苦しいくらい強く。
「もう二度と傷付けさせない」
低い声が耳元に落ちる。
「君を泣かせた連中は、全員潰す」
あ。
これ敵に回したらダメな人だ。
◇◇◇
その頃、王都。
「どうしてこうなるのよぉ!!」
ミレイナが絶叫していた。
当然である。
アルヴェルトは無能だった。
書類仕事は放置。
外交は失敗。
税率は崩壊。
今まで全部、私が処理してたからね?
「リシェルを追い出したせいだ!」
いや自分で捨てたんだろ。
責任転嫁するな。
しかもミレイナ。
金遣いが死ぬほど荒かった。
「新しいドレス欲しいぃ!」
「宝石ぃ!」
「旅行ぉ!」
国庫、爆散。
結果。
王家への不満が一気に噴き出した。
さらに追撃。
辺境伯領との交易停止。
主導したのはもちろん。
レオニス様。
「泣いて縋っても遅い」
その一言で王都経済は死んだ。
怖。
数ヶ月後。
アルヴェルトは王太子を廃嫡。
ミレイナは修道院送り。
完全終了だった。
◇◇◇
「ざまぁみろ、とは言わないんですね」
私が紅茶を飲みながら言うと、レオニス様は肩を竦めた。
「君が幸せなら、それでいい」
そう言って。
私の髪に口付ける。
「それに」
「?」
「復讐より、君を甘やかす方が楽しい」
……心臓に悪い。
「今日の仕事は終わりだ」
「え、まだありますけど」
「ダメだ」
即答だった。
「今夜は私の隣にいろ」
「…………」
「嫌か?」
そんな顔で言うのズルい。
「……嫌じゃ、ないです」
レオニス様が笑った。
氷狼辺境伯と恐れられた男は。
私にだけ、とんでもなく甘かった。
そして私は知る。
婚約破棄は、人生の終わりなんかじゃない。
――最高の溺愛ルートの始まりだったのだと。




