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婚約破棄されたので辺境伯に拾われましたが、元婚約者と浮気女が国ごと破滅しそうです

作者: 結城斎太郎
掲載日:2026/05/11

「――リシェル・フォン・クラウゼル。お前との婚約を破棄する」


 夜会のど真ん中で、それを言われた。


 いや、マジで?


 普通こういうのって、もっとこう……密室とか、あるでしょ?


 なんで王城の大広間でやるの?


 しかも音楽止まってるし。


 貴族達、めちゃくちゃ耳そばだててるし。


「アルヴェルト殿下……理由を、お聞きしても?」


 私が静かに問い掛けると、アルヴェルトは鼻で笑った。


「お前は冷たい。可愛げがない。王妃には相応しくない」


 はぁ。


 出たよ。


 テンプレみたいな理由。


 しかも隣には、べったり腕を絡ませた女。


 男爵令嬢、ミレイナ・エスト。


 最近ずっと噂になってた。


 王太子と毎晩のように密会してるって。


「リシェル様は怖いんですぅ……殿下、いつも怯えてましたぁ」


 いやお前。


 この前三時間も殿下と抱き合ってたよね?


 庭園で。


 見たけど。


「だから私は真実の愛を選ぶ!」


 アルヴェルトが高らかに宣言した瞬間、会場の空気が凍った。


 真実の愛。


 便利な言葉だな。


 不倫の言い訳にも使えるんだ。


「……なるほど」


 私は静かに笑った。


「では殿下。私との婚約中にミレイナ様と関係を持っていたことを、お認めになるのですね?」


「なっ……!?」


「証拠ならございますが?」


 一瞬で、アルヴェルトの顔色が変わった。


 私は懐から封筒を取り出す。


 中には手紙。


 しかも大量。


『昨夜も最高でした♡』


『次は離宮で会いましょう♡』


『あの女、早く消えないかな♡』


 語尾の♡がウザい。


 死ぬほどウザい。


「そ、それは……!」


「筆跡鑑定済みです」


 貴族達がざわつく。


 ミレイナの顔が青くなった。


 でもアルヴェルトは、まだ諦めてなかった。


「だ、だからなんだ! 私は王太子だぞ!」


 うわぁ。


 最低。


「権力で押し切るおつもりですか?」


「当然だ!」


 開き直った。


 終わってる。


 するとその時だった。


「――その程度の頭で王になるつもりか?」


 低い声。


 会場の入口。


 そこに立っていた男を見た瞬間、空気が変わった。


 黒銀の軍服。


 鋭い灰色の瞳。


 氷狼辺境伯。


 レオニス・ヴァルディア。


 戦場帰りの英雄。


 冷酷無慈悲で有名な男。


 アルヴェルトですら一歩引く相手。


「レ、レオニス……」


「婚約者がいる身で不貞を働き、責任転嫁とはな。笑えん」


 レオニス様は私の前まで来ると、片膝をついた。


 え。


 待って。


 なんで?


「リシェル嬢。私の領地へ来ないか」


「……はい?」


「ちょうど有能な人材が欲しかった」


 会場がざわつく。


 いや私もざわついてる。


「君ほど頭が回る女は珍しい」


 真っ直ぐ見つめられる。


 灰色の瞳が、やけに熱い。


「……拾って、くださるのですか?」


「拾う?」


 レオニス様が眉を寄せた。


「違うな」


 そして。


「迎えに来た」


 ――その一言で。


 心臓が、うるさく鳴った。


◇◇◇


 辺境伯領は寒かった。


 でも、人は温かかった。


「リシェル様! 書類終わりました!」


「こっちの税率も修正しました!」


「早っ」


 いやマジで。


 この領地、仕事できる人しかいない。


 最高か?


 しかもレオニス様が、やたら優しい。


「寒くないか」


「食事は合うか」


「無理はするな」


 過保護。


 びっくりするくらい過保護。


 しかも顔がいい。


 暴力的に顔がいい。


「……そんなに見つめるな」


「いやだって顔が良すぎて」


「さらっと言うな……!」


 耳赤い。


 可愛い。


 戦場の鬼将軍とか言われてるのに。


 可愛い。


 ある日、私は執務室で倒れた。


 原因は過労。


 まぁ、働きすぎた。


 目が覚めると。


「……起きたか」


 レオニス様がいた。


 しかもずっと看病してたらしい。


「三日寝ていた」


「えっ」


「心配した」


 その声が、妙に優しかった。


「君がいなくなるのは嫌だ」


 ドクン、と胸が鳴る。


 あぁ。


 私、この人のこと――。


「リシェル」


「……はい」


「私は君を愛している」


 真正面からだった。


 逃げ道も誤魔化しもない。


 真っ直ぐな告白。


「政略でも同情でもない。君が欲しい」


 泣きそうになった。


 ずっと。


 ずっと欲しかった言葉だった。


「……私も、好きです」


 次の瞬間。


 抱き締められた。


 苦しいくらい強く。


「もう二度と傷付けさせない」


 低い声が耳元に落ちる。


「君を泣かせた連中は、全員潰す」


 あ。


 これ敵に回したらダメな人だ。


◇◇◇


 その頃、王都。


「どうしてこうなるのよぉ!!」


 ミレイナが絶叫していた。


 当然である。


 アルヴェルトは無能だった。


 書類仕事は放置。


 外交は失敗。


 税率は崩壊。


 今まで全部、私が処理してたからね?


「リシェルを追い出したせいだ!」


 いや自分で捨てたんだろ。


 責任転嫁するな。


 しかもミレイナ。


 金遣いが死ぬほど荒かった。


「新しいドレス欲しいぃ!」


「宝石ぃ!」


「旅行ぉ!」


 国庫、爆散。


 結果。


 王家への不満が一気に噴き出した。


 さらに追撃。


 辺境伯領との交易停止。


 主導したのはもちろん。


 レオニス様。


「泣いて縋っても遅い」


 その一言で王都経済は死んだ。


 怖。


 数ヶ月後。


 アルヴェルトは王太子を廃嫡。


 ミレイナは修道院送り。


 完全終了だった。


◇◇◇


「ざまぁみろ、とは言わないんですね」


 私が紅茶を飲みながら言うと、レオニス様は肩を竦めた。


「君が幸せなら、それでいい」


 そう言って。


 私の髪に口付ける。


「それに」


「?」


「復讐より、君を甘やかす方が楽しい」


 ……心臓に悪い。


「今日の仕事は終わりだ」


「え、まだありますけど」


「ダメだ」


 即答だった。


「今夜は私の隣にいろ」


「…………」


「嫌か?」


 そんな顔で言うのズルい。


「……嫌じゃ、ないです」


 レオニス様が笑った。


 氷狼辺境伯と恐れられた男は。


 私にだけ、とんでもなく甘かった。


 そして私は知る。


 婚約破棄は、人生の終わりなんかじゃない。


 ――最高の溺愛ルートの始まりだったのだと。

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