第一話 やってやるんだから!エンゼ・ゴースト!
朝7時、けたたましく目覚まし時計の音が部屋全体を貫くように鳴り響く。ベッドがもぞもと動くと右腕が一本伸びベルを叩くように止まると、右手はベッドの中に引っ込み再び眠りにつこうとする。するとドタバタと階段を上がってくる音が聞こえる。扉が勢い開かれると母親がフライパンを持ちベッドの中の人物に怒る。「こら!早くしないと遅刻するわよ!」ベッドの中の人物は嫌々ベッドから出ると大きく背伸びをし制服に着替える。タンスの中に入っている年相応の服や下着は自分で選んだ訳ではない。全て母親が買ってきたセンスもくそもない物ばかりだ。そろそろ自分で買ってこようかなと思い始める今日この頃である。制服に着替え終わりスカートを整えるとリビングへと降りる。そこには自分以外の家族が起きており仲睦まじく食事をしていた。父親は昨日の疲れがもう朝なのにじんわりと滲み出ている。サラリーマン、しかも部長ともなるとストレスはちょっとやそっと寝ただけじゃ取れないのだろう。妹はというと今日も家でのんびりするのだろう。時間なんて意識せずバターの染み込んだパンをじっくりと味わっている。そういえばそろそろ妹の誕生日だ。何かお祝いの物でも買ってあげようかと悩んでいる。母親は皿を洗っている。もう朝ご飯を食べ終わっていた。母親はとにかくテキパキしている人間だ。行動に移すまでの時間を長引かせずやると決めた瞬間から既にやっている。その性格は見習いたいとは思うが、テキパキすぎるが故に非常にせっかちなのが玉に瑕というかなんというか。急いで朝ご飯を食べると鞄を持って家を飛び出る。幸運な事に家と学校は全力ダッシュすれば10分くらいで着く。今日も今日とて全力ダッシュ。もうそろそろ高校生になるというのにこんな時間管理能力で大丈夫なのだろうか。正直自分は時間にルーズなのかもしれない。こういうのって男の子にモテないのかな。とりあえず学校への一本道を走り抜け校門を抜けると教室までスピードを落とすことなくダッシュする。鳴り響く心臓に手を当てて教室へ入り花瓶をどけると自分の席へ座る。今日もあまりにも変わりのない一日が始まると思うと鬱になりそうになる。8時までやることがないので教科書を取りに裏庭に行く。教科書に付いた土を払うと今日の学習内容を軽く読む。今日は桃太郎の善悪の問題についてだ。内容は桃太郎の行為は侵略か否かという絶対に誰しも一回は考えたことのあるような内容だ。つまらないわけではないが不毛極まりない。正直こんなこと考えても特にも損にもならないので保健室で寝ていたい。教室に戻り鞄にかけられた牛乳を拭くと保健室へ向かった。保健室に着き事情を話して今日はここで過ごすことにした。右眼にかけてる黒い眼帯を外すとベッドに潜り込む。保健室の先生は気を遣っているのか何も聞かなかった。保健室の先生が出るとベッド内で叫ぶと自慰行為をし眠りについた。目を覚ますと3時間目が終わっておりもうそろそろ給食の時間だった。保健室の先生は何かの資料を書いており自分のことなど気にしていない様子だった。この世界は本当につまらない。この世界は変に狭いくせして人でぎゅうぎゅうになっている。まるでピーマンの肉詰めのような世界でこんな退屈な感覚を覚えながら毎日生きているのが辛くて辛くてたまらない。肉体に自傷行為はしないが自らの心にこうやって追い詰めるような言葉を言いまくるのは、一種の自傷行為なのだろうけどそれはあまり気にしていない。生きる原動力というのは今保健室に入ってきた彼女の存在だ。彼女の名前はというと「神楽 白木」小学校の時からの幼馴染だ。彼女はベッドに座ると自分の顔を見て微笑む。「今日は早退するの?」「…うん」「わかった!じゃあノート後で送るね」「ありがと」神楽はこの学校で一番私に優しい。私みたいな呪われた存在をわざわざ気にかけてくれる変な人間でもある。彼女は私と同じ力を持つ「エンゼ・スノー」だ。今は神楽とその他のエンゼ達に任せてしまっている。自分もそろそろ復帰しなきゃいけないのに中々その元気が出ない。レートのことも気にしなきゃいけないけど面倒くさい評判は好みではない。皆私に何かを求めすぎなのだ。エンゼで活躍してた時は他の人達と違って変な気持の悪いファンがついてしまい、活動するたびにそいつらがSNSや出待ちで興奮しながらダメ出ししてくるのがウザくて仕方がなかった。神楽が自分にキスをすると教室へ戻って行ってしまった。保健室の先生は神楽が出ると鍵をかけカーテンを全て閉めるとベッドに入って身体を触ってくる。ハッキリ言うと私は保健室の先生に性的な嫌がらせを受けている。最初は頭を撫でるなどの軽いものだったが次第にエスカレートしていき今では膣内に指や物を入れられ無理矢理絶頂させられている。男にやられるよりかはマシかもしれないけど、やっぱり好きでもない人間から受ける性的行為はいい気分がしない。受けるだけならまだ耐えられるけど一番いやなのは責めることを強要されることである。陰部に指を入れさせられたり舐めさせられたりと吐きそうになることばかりをさせられる。そんな苦痛に耐えて給食の時間になるが当然食べられるわけもなくそのまま早退した。帰宅途中街の人に復帰をお願いされたり応援しているとかいうコメントをもらったが今の自分にそれに答える権利はない。吐き気に耐えながら家へ帰るとトイレに行き思い切り吐いた。舌に残る膣内の感覚をとにかく取りたかったので血が出るまで歯磨きをした。その後部屋に籠りカーテンを閉めベッドに入った。やる気なんてないし何かをする気も起きない。未来に希望もない。私は何で生きてるんだろう。そこに溜まっている埃の方がよっぽど目立っているし意味を成している。私はもう「エンゼ」にはなれない。なりたくない。どこかで何かが暴れまわってても行く気になれない。どうせどこかの誰かがエンゼの力でそれを倒す。私の存在価値とは何なのだろう。エンゼとして活躍していたあの頃の自分にはもう戻れない。死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい全てが憎い。そして夕方17時神楽がノートを届けてきてくれた。感謝を伝えるとベッドに引き入れて抱きしめる。神楽は私にはないぬくもりがある。疲れも取れるし心が安らぐ。10分程抱きしめると神楽を見送り部屋に戻る。そのまま特に何事もなく夜ご飯を食べて深夜まで希死念慮に耐えながら眠る。その日夢を見た。神楽がどこかに連れ去られ殺される夢を見た。自分は上空からのアングルでしか見れず近づいたり助けられることもない。深夜3時過呼吸になりながら目が覚める。嫌な予感がしながらも気のせいだと言い聞かせながらベッドに倒れこむ。次の日また保健室に行き机に座っていると先生が近付いてきて悲しそうな目でこちらを見てくる。理由を聞くと神楽が死んだらしい。先生が言うに帰宅中に誘拐されそのまま殺害され路地裏に遺棄されたのだとか。「…やけに詳しいですね」「…ニュースで見たのよ」「…正直に聞いてもいいですか」「いいわよ~?私と貴方の仲じゃない?」先生はにこやかに微笑みこちらを見ながら頬杖を突きながら話を聞く。「殺しましたか」その言葉に先生の顔が一瞬真顔になり黒い目がこちらをじっと睨む。「…誰を~?」「神楽を」「…そうよ~あの子邪魔だから殺したわ」「…何でですか」「だってぇ~貴方の日々成長していく身体を楽しむ権利があるのはこの私よ?あんな中坊に貴方の綺麗な身体を汚されたくないのよねぇ」「神楽が持っていたイヤリングは」「あぁエンゼ~なんちゃらみたいなやつ?あんなの壊してどっかに捨てたわよ」「…それでどうするんですか」「さぁねぇ~私のことを殺したかったら殺してみなさい?でも~それって『あの子』の時みたいになっちゃうわね~」「私はもう殺すことに躊躇はない」「流石エンゼ・ゴーストの安野 暗音ちゃ~ん」もう我慢できなかった。私は無意識にポケットに入っていた黒いひし形のイヤリングであるエンゼル・リングを取り出し右耳につけていた。「復帰戦が民間人相手なんて~あなたらしいわねぇ」「うるさいうるさいうるさい!!ぶち殺してやるくそビッチ野郎!!!」エンゼル・リングを押すと全身が黒く光りだしエンゼットウェアを身体に纏う。上半身はフリルが何重にも重なったドレス調のトップス。色は黒や紫系で統一されていて胸元には大きめのリボンがあり、その中央にハート型の装飾がついている。首元にはチョーカーがあって小さな宝石みたいな飾りがぶら下がっている。袖は短めだけど、腕には肘あたりまでの長いグローブをつけていてこれも黒系で少し光沢がある。ところどころレースや透け感のある素材が使われていて可愛さと不気味さが同時に出てる。スカートは一番特徴的でプリキュアみたいにふわっと広がるシルエットだが裾がボロボロに裂けている。布は何層にもなっていて本来は綺麗なフリルのはずなのに破れたりほつれたりしている。全体の色味は暗めで統一されていて普通の明るいエンゼ衣装とは違って影の中で映えるデザイン。可愛さの中に不穏さが混ざってる感じ。つまり一言でいうと「闇落ちしたプリキュア風の戦闘衣装」ってイメージ。破れたタイツは気にしないで。長々と語ったが私は昔からプリキュアが好きで自分もいつかプリキュアみたいにかわいい衣装を纏って戦いたかった。しかし今の自分はゴスロリを着ている痛い中二病の女みたいな見た目である。「あらあら可愛いじゃないのぉ!ひさしぶりに見たけどかわいいわぁ」「うるさい…あんたを倒してやる」久しぶりに動いてみるが運動不足のせいか思うように身体がついてこない。思うように身体が動かない。一歩踏み出した瞬間、足がもつれるように揺れた。昔なら考えられない。ほんの少しの重心移動で、敵の懐に入り込めたはずなにの。「どうしたのぉ?ブランクってやつかしら~?」先生は余裕の笑みを崩さない。その顔がどうしようもなく気持ち悪かった。胸の奥がぐちゃぐちゃになる。今までとこれからの怒り。自分の身体を散々弄んだ嫌悪。そして神楽を守り切れなかった後悔。そして自分の力に対する恐怖。(…怖い? 私が? あいつに?)その瞬間、自分で自分に吐き気がした。「ふざけるな…」かすれた声が漏れる。神楽の笑顔が頭の中に浮かぶ。ノートを渡してくれた時の何でもない繕ってないはじけた笑顔。あれが最後だった。「……返せよ」一歩、また一歩。ぎこちなくてもいい。遅くてもいい。止まる理由なんて、もうどこにもない。「返せよ!!」叫びと同時に身体の奥から何かが弾けた。黒い光が一瞬だけ強く脈打つ。すると視界が変わり世界が遅くなる。先生の動きがはっきりと見えた。「っ…!」振り下ろされた腕を今度は避けられた。遅れて風圧が頬をかすめる。(見える…!)呼吸が荒く心臓はうるさいくらい鳴っている。でもそれでもいい。「いい目になったじゃない」先生の声が少しだけ低くなる。「その顔、やっぱり最高よ。壊しがいがあるもの」「……黙れ」今度は自分から踏み込む。足はまだ鉛のように重い。でも拳は届く距離にある。振り抜いた一撃は先生の頬をかすめて壁に叩きつけられた。コンクリートがひび割れる。「…やるじゃない」軽く避けられた。それでもこのままいけば勝てるという絶対的確信があった。昔の感覚が少しずつ戻ってきている。「でもねぇ」先生の姿がふっと消える。次の瞬間耳元に背後から囁く声が聞こえる。「まだ甘いのよぉそ・こ・が」首筋に冷たい気配が凄まじい早さで駆け巡る。自分のされた凌辱を一瞬思い出してしまい反応が一瞬遅れる。だがその瞬間イヤリングが強く光った。身体が勝手に動き振り返りざまに肘を叩き込む。「ぐへっ…!」今度は確かに当たった。先生の身体が少しよろめく。「へぇ…」初めて余裕な表情が崩れる。そのわずかな隙を見て暗音は息を吐いた。「私はもう逃げない」声は震えていたが言葉ははっきりしていた。「神楽の分も!ぶん殴ってやる」震える拳を誤魔化すように強く握る。「全部終わらせてやる!」教室の空気が張り詰める。壊れた窓から風が吹き込みカーテンが大きく揺れた。静かな保健室の中で二人の対峙だけが異様に浮いている。「いいわぁ…」先生はゆっくりと笑う。「もっと見せてちょうだい。あなたの本気の姿を!!!」黒い光と歪んだ欲望がぶつかる。その戦いはもう後戻りできない場所まで来ていた。「本気、見せてやるよ…」暗音の声は低く沈んでいた。床を蹴ると今度はさっきより速く一直線に距離を詰めるとそのまま拳を叩き込む。「っ!!」鈍い音が教室に響く。先生の身体が後ろへ吹き飛び机ごと壁にぶつかる。「ぐっ…!」初めて苦しそうな声が漏れた。「どうしたのぉ…?さっきまでの余裕は」息が荒くなるけど止まらないし止まれない。止まる理由がない。「これは…神楽の分だ」もう一歩踏み込む。腹部に膝を叩き込みそのまま掴んで床に叩きつける。床がひび割れる。「これは…今までの分だ」さらに拳を振り下ろす。一発。二発。三発。拳に伝わる感触なんてどうでもいい。「やめ――」「うるさい!!」叫びながらさらに振り下ろす。黒い光が暴れるように揺れる。「私がどんな気持ちで…!!」言葉が途切れる。怒りなのか悲しみなのか自分でもわからない。ただ止まれなかった。「……っ」ふと手が止まる。目の前の先生はもうさっきの余裕なんて欠片もなかった。息も絶え絶えで動くことすらままならない。静寂が落ち荒い呼吸だけが響く。(……これで、終わり?)拳が震える。あと一撃で簡単にこの目の前にある生きる価値のないゲスの命を終わらせられる。その時、神楽の顔が浮かぶ。笑っていた。いつもみたいに自分を待っているような顔だった「……」ゆっくりと拳を下ろす。「私は……あんたとは違う」声はまだ震えていた。「もう壊さないし…壊させない!」黒い光が少しずつ落ち着いていく。「私は…あなたみたいな人からみんなを守る」その言葉を聞いた瞬間、先生がかすかに笑った。「甘い…わね……」「そうかもね」一歩距離を取る。教室の窓から風が吹き込むとカーテンが揺れる。長い沈黙のあと暗音は背を向けた。「……さよなら」そのまま家へと歩き出す。壊れた教室を後にして何事もなかったかのようにトボトボと歩く。戦いは終わったしスノーも取り返せた。あの教師は噓をついていた。ホントは捨ててなんかいなかった。神楽のスノーを隠し持ってた。こんな汚らわしい奴が触れていていいわけがない。変身を解除すると神楽の家へ向かう。インターホンを押し両親が出るといきなり神楽の父親が私の胸ぐらを掴み頬を一発重たい拳で殴りつける。「お前が送り届けさえすればうちの娘は死ななかった!!死ねこの疫病神が!!!」「あなたやめて!!!暗音さんだって色々事情があったのよ!!」「ねぇよ!!このくそ野郎!!!お前が死ねばよかったんだ!!!」暗音はそんな言葉には慣れているし想像はできていた。「お父様お母様…娘さんのエンゼル・リングです………」「いらねぇよこんなもの!!!」「あなたぁ!!もうやめてぇえ!!!」お父様をお母様が必死に押さえつけている様子を見てエンゼル・リングをお母様に預け一礼するとその場をあとにした。「逃げんなぁ!!死んじまえ!!!!!!」お父様の声が閑静な住宅街に鳴り響く。想定していたとはいえあそこまで言われると少し傷つく。今日の夜ご飯なんて考える余裕もない。私なんて死んだほうがいいのだ。家に着いたら死のう。そんな気分の中で自らのピリオドに向かって歩いていると先輩エンゼである「エンゼ・ロケット」さんが空から降りてきた。「やっほー久しぶり!」「お久しぶりです………」「ん~?どうしたの?その傷…もしかして!復帰してくれるのぉ!うれし~!!いつか一緒に戦おうね!じゃあ待ったねぇ~!!」そういうとロケット先輩は空へ戻りどこかへと突き進んでいく。その進みに迷いはなく確実に明日へと進んでいっている。私はあの姿に憧れを抱いていた。しかしながら今ではただ眩しいだけの鬱陶しい存在でしかなかった。だけど何かさっきまでの辛さ吹き飛んだ。死ぬかどうかは家に帰ってから決めよう。いつかはこの力をまた使わなきゃいけなくならないという時が来ると予感していた。その時が最悪の時に来た。これが私の運命なのだろう。その運命に従うしかなさそうだ。神楽の顔を思い描く。「…もう少し頑張ってもいいかな」頬をふわっと風が吹き抜け背後を振り返ると神楽のお父様が息を切らせて立っていた。手には血に濡れた包丁を持っていた。そして叫び声を上げながら私の腹を貫いた。でもこれが私の運命で私が受けるべき報いなのだ。次第に薄れる意識の中で微笑む神楽の姿が見えた気がして手を伸ばす。なんか今すごい気分が良い。全部綺麗に終わって凄く良い。あぁ良い死に方できてよかった。




