居眠りおじいさん
◯
「申し遅れました。私はこの館で使用人のまとめ役を務めております、ルナと申します」
女性は私を建物へ招き入れると、手短にそう自己紹介した。
ルナさん。
素敵な名前……だけれど、もしかして下の名前だろうか。
いや、さすがにこういう場面では苗字を名乗るのが一般的だろう。
漢字ではどのように書くのかが気になるところだけれど、その辺は後で確認することにする。
館内は土足で、赤い絨毯が敷かれていた。
玄関の正面には幅の広い階段があり、それは踊り場から二手に分かれて上階まで続いている。
「まずは一階から見ていきましょう。基本的に一階はお客様の拝観スペース、そして二階が居住スペースとなっています」
言いながら、彼女はやや早足で廊下を左方向へ進んでいく。
やがて突き当たりにあった部屋に入ると、そこは想像以上に煌びやかだった。
「わぁ……。すごい」
思わず、そんな声が漏れる。
幾何学模様が施された絨毯の上に並ぶのは、アンティークのソファにテーブル。
壁際には暖炉と、その隣には食器棚があり、年代物の絵皿が所狭しと飾られている。
天井から吊るされた照明もレトロなデザインで、ずっと見ていたくなるような魅力があった。
「さて。次の部屋に移りましょうか」
ルナさんは見慣れているからか、特に私の反応も気にすることなく再び廊下に出る。
私も彼女に続いて隣の部屋に入ると、これまた豪華な装飾の家具がそこらじゅうに並べられていた。
そして、その隅っこに設置されたアームチェアには、一人のふくよかなおじいさんが腰掛けていた。
「あ……」
見知らぬ人物の登場に、私はたまらず緊張する。
けれどよくよく見てみると、そのおじいさんは瞳を閉じて、こくりこくりと船を漕いでいた。どうやら椅子に座ったままうたた寝をしているらしい。
「さて。次の部屋へ行きましょう」
と、ルナさんが全くおじいさんに触れずにスルーしようとしたので、私は「えっ」と反射的に声を上げた。
「あ、あの。あそこにいらっしゃる方は……?」
恐る恐る、私はおじいさんの方へ視線を送りながら尋ねる。
こうして昼間から居眠りをしているところを見ると、さすがに使用人ではなさそうだ。
もしかしたらこの館のオーナーかもしれないし、何か挨拶をするべきなのではと、私は心の準備をする。
しかしルナさんはおじいさんを一瞥すると、「ああ」と思い出したように言った。
「彼も私たちと同じ使用人ですよ。普段はチケットブースで受付をしていますが、今日は定休日ですから。きっと夜まであそこで寝ていることでしょう」
「ええっ?」
まさかの返答に、私はつい声を裏返らせてしまう。
彼も、この館の使用人らしい。
その割には堂々とこんな所で寝ているなんて、ちょっと神経が図太いというかなんというか……。
「我々使用人は皆、住み込みで働いていますので。今日のような休みの日には、こうして館内で寛ぐのが普通です。お客様の目に触れなければ、どんな醜態を晒しても問題ありません」
そういうものなんだ……と、ちょっとしたカルチャーショックを受ける。
なんだか不思議な感覚だけれど、もしかしたら、ここのオーナーがそれだけ寛容な人なのかもしれない。
そして、だからこそ私のような人間でも受け入れてくれるのかもしれない。
そう思うと、ここのオーナーがどんな人なのか、余計に気になってくるのだった。




