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まどろみの館

 

 安らかな寝息が聞こえる。


 一定のリズムで、ゆるやかに繰り返されるその呼吸は、窓辺から差す陽の光と調和して、穏やかな午後の空気を震わせていた。


 そんな長閑(のどか)な風景とは裏腹に、私の心臓はばくばくと跳ねて落ち着かなかった。


「あ、あの……」


 なんとか絞り出した声は、誰にも拾われることなく部屋の中へ溶けていく。


 寝息は、私の耳元で繰り返されている。

 ソファに腰かけた私に覆いかぶさるようにして、()は私の上で眠っていた。


 目の前まで迫った彼の顔は、まるで彫刻のように美しい。閉じられた(まぶた)から伸びるまつ毛は長く、まるで深窓の令嬢をそのまま男性にしたような儚げな風貌だった。


 傍目(はため)には、私たちは抱き合っているように見えるかもしれない。

 二人の男女が、ソファで仲睦まじく重なり合っているのだ。


 けれど、私はこの彼のことを何も知らない。

 そもそも、ついさっき初めて顔を合わせたばかりだった。


(どうして、こんなことに……?)


 混乱する頭で、ここに至るまでの経緯を必死に思い出す。


 私がこの館を訪れたのは、今から一時間ほど前。

 面談の約束をしていた、午前十一時まで遡る——。



          ◯



 急勾配の坂を上りきると、やがて開けた視界に飛び込んできたのは、異国情緒の漂う街並みだった。


 東西に伸びる通りに沿って、赤レンガの塀や白壁の洋館が建っている。

 街灯もアンティーク調で、そこに吊るされたバスケットの中から色とりどりの花が溢れていた。


(相変わらず、お洒落な所だなぁ)


 神戸の中心地・三宮(さんのみや)から北へ歩いて十五分ほどの位置にあるこのエリアは、『北野異人館街(きたのいじんかんがい)』と呼ばれている。

 六甲山(ろっこうさん)(ふもと)、瀬戸内海を遠く見下ろす高台に、歴史ある洋館がたくさん集まっているのだ。


 ここへ来るのはいつぶりだろう。

 確か小学生のときに社会科見学で訪れた覚えがあるので、かれこれ十年ぶりくらいになるのだろうか。


 周りを行き交う観光客たちに紛れて、私はさらに坂を上っていく。山の斜面を上る形になるので、傾斜はとにかくきつい。

 四月初旬の風はまだ少し冷たいけれど、今日のようなぽかぽか陽気に包まれながらここを歩けば、スーツの内側にじんわりと汗が滲んだ。


 そうして目的の場所に着く頃には、すっかり息が切れていた。

 近頃の運動不足を自覚しながら、私は目の前に聳える館を改めて見上げる。


 石造りの外壁に、アーチ型の窓。立派なバルコニーのある二階建てのその洋館は、まるでおとぎ話に出てくるお城のようだった。


(綺麗……)


 魔女が住んでいる、と言われても不思議ではないような雰囲気があった。


 北野異人館・旧エヴァンズ邸。

 通称『まどろみの館』。


 およそ日常から切り離されたこの空間で、これから私は働くことになる。

 

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