【8】
「ー赤ちゃん!!」
散歩で落ち合った雅巳に言うと、彼は酷く驚いたようだった。
「そうなのよ。それで実はー」
これまでの経緯を簡単に説明すると、雅巳は腕を組む。
「居候か…。事が事だけに、手を差し伸べるのは分かるけど…」
「そうなのよね。…お人好しだと思う?」
「いや、お前らしくていいと思う。俺も助けてもらったから」
「そんなこと…。別に私は恩着せがましくないわよ?」
「分かっている」
雅巳は言葉が少なめだった。深く事情を聞いてこないのはありがたいことだと感謝する。
「雅巳さんと散歩の時間は、お母さんが優と美明ちゃんを見ていてくれているらしいし。それに暴力夫の慎二って奴も諦めたのか、最近、見なくなったし」
「気をつけろよ、お前。ただでさえ、猪突猛進なんだから」
「うん。こめん。心配かけて」
素直に答えると、雅巳が黙り込んだ。凛も黙る。そんな2人を優しい光が包み込む。神が正解とばかりに、褒めているように感じ、心が穏やかになっていく。
「ー雅巳さん」
「…うん?」
「赤ちゃん、欲しい?」
「…は?」
雅巳が酷く驚いたように言い、体をのけ反る。ぽっと出てしまった言葉に、凛自身も恥ずかしくなる。
「こめん、忘れて」
「馬鹿。変なことを言うな」
少し頰が赤いのか、それとも夕日が当たって赤いのか、判断がつかない。しかし雅巳は真剣に続ける。
「人1人育てるには大きな責任がいるんだよ。子どもだからって馬鹿にしちゃいけない。大人の言動をよく見て聞いているんだから。気をつけて育てないと」
「…」
雅巳の言葉が、凛の心に強く響いた。あの家族で育ち、苦労しているから言える言葉だと受け止める。
「ごめん。軽率だった」
「次から気をつけろよ。ーそれより」
雅巳は空咳すると、凛を見つめてくる。彼の周りだけ空気が違うような感じがし、高貴な雰囲気を醸し出す。
「温泉には行けるのかよ?」
「うん!! 大丈夫だと思う。…あ、このことは優に話しちゃった。いなくなると、困ると思って」
「別に構わない。じゃあー」
いつ行くのか、耳打ちしてくる。凛は少し恥ずかしそうに受け取る。
「分かったわ。その日はあけとくから」
「そうしろ。せっかく行くんだから、楽しみにしてもらわないと」
「皆に言っていい? その日に行くって」
「仕事があるんだ。休むってちゃんと言え」
「分かったわ。…うーん、気持ちいい」
沈みゆく太陽を眺めながら、伸びをする。この暖かな光景はいつ見てもいいものだと安堵する。
「よし、行くか」
「うん。暗くなる前に帰って来よう」
2人は歩き出したのだった。




