【4】
家の中に戻った凛は、家族が茶を飲んで休んでいるところに出くわす。
「凛もお茶を飲む?」
「うん。お母さん、ありがとう」
席につくと、暖かな雰囲気に安堵する。凍りついた体も徐々に和らいでいく。
「ーはい、凛」
「ありがとう、お母さん」
茶碗を受け取り、茶をすする。定の淹れてくれた茶は美味しく、自慢の一品だった。
「それで? 雅巳と何を話していたんだ?」
清が茶碗を置き、聞いてくる。凛は茶を一口飲んだ後、
「温泉に行かないか誘われた」
正直に内容を告げる。定がりんごを剥きながら、びっくりした声を出す。
「温泉!! まあ、それはそれは」
「なるぼど。温泉か」
にやりと清が笑い、剥きたてのりんごを口にする。凛は清の方へと向くと、真面目に聞く。
「温泉って、2人で行っていいものなの?」
「別にいいんじゃないか? 雅巳の腰の傷にも良さそうだし」
「傷にもいい? 温泉ってそういう場所なの?」
「そういう場所だ。楽しみだな」
にやにや笑う清に対し、凛は頬を膨らませる。
「もう!! 真面目に聞いているんだから!!」
「俺も真面目に答えているつもりだぞ。ありがたく思え」
「どこがよ。もうお兄ちゃんったら!!」
唇を尖らせ、卓を叩く。それでも清のにやけた表情は変わらない。
「行けば分かる。なあ、父さん?」
「そうだな。温泉か」
「お父さんは行ったことがあるの?」
「あるさ。なあ、母さん?」
「ええ。良い思い出がありますわ」
少し頬を赤くし、定がりんごを口にする。それを咀嚼してから、彼女は大雅に意見を求める。
「どうするんです? 行かせるんですか?」
「うーん、どうするか」
「俺は賛成。行って来い」
清はすぐさま手を挙げ、言ってくる。
「知らない世界を知ったほうがいいと思う」
「そうなのよね…。凛もいい歳ですし、温泉くらいなら…」
「まあな。悪い場所ではないわな」
3人がああでもない、こうでもないと意見をかわす。凛は少し体を小さくし、りんごを一口かじる。
「…温泉って、そんなに楽しいの?」
おずおずと聞いた凛に対し、3人の会話がぴたりととまる。何事かとびっくりしたが、皆の意見が聞きたかった。
「お父さんとお母さんはどうなの?」
「それはな…。なあ、母さん?」
「私は行ってもいいと思いますよ。ただし…」
「そうなんだよな…」
大雅が腕を組み、唸る。何か問題があるらしい。
「何? 何? お父さん、何を悩んでいるの?」
「何でもない。それよりも雅巳くんを甘やかせてあげたいしな…。うーん」
「いいじゃない、父さん、母さん。行かせてやれよ。凛もそろそろ知るべきだ」
「何を知るべきなの?」
「行けば分かる。頑張れ」
頭をぽんと叩かれ、ますます謎が深まる。清は尚も言う。
「雅巳と2人っきりで、遊びに行って来い」
「2人っきりって…その」
頰が赤くなるのを感じ、凛は茶を飲むことで誤魔化す。
ーそうなのよね。雅巳さんと2人っきりなのよね。
今頃、気づき、顔を手で扇ぐ。お茶のせいか、体まで熱くなってくる。
「遊びか…。そうだな、凛も色々知ったほうがいいと思うし」
「じゃあ父さんは賛成なんですか?」
「お前はどうなんだ、定」
「私は普通に入るくらいならいいと思いますけれど」
「そうなんだよな。普通に入るくらいならな」
茶化す清を無視し、大雅と定を見る。
「じゃあ行っても…?」
「たまにはいいか。行って来い」
「真面目に毎日働いてくれているんですもの、ゆっくりして来なさい」
「雅巳くんをのんびりさせてあげなさい」
凛がこくりとうなずくと、話がまとまったと思ったのだが、それよりももっととんでもない話になってくる。
「なあ、凛」
「何? お父さん」
「お前、そろそろお見合いしないか?」
「ぶー」
口に含んだ茶を吐き出してしまった。話が飛躍しすぎてついていけなかった。
「汚いな。ほら、手巾」
「ありがとう、お兄ちゃん」
襦裙を拭っていると、大雅が真面目に言ってくる。
「花嫁修業、そろそろしたらどうだ? 母さんに教わって、なあ?」
「そうですわね。そろそろ始めても…」
「いい!! いい!! まだいい!!」
「良くないわよ。ちょうどいい頃合いよ。ねえ、父さん?」
「そうだよな。母さんが俺のところに来たのも…」
「あ! 私、忙しいんだった。ごちそう様!!」
急いで席を立つと、自室へと駆けて行ったのだった。




