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【3】

「ーごちそうさまでした」

店の外に出、雅巳が全員に頭を下げた。

「また来てね」

「母さんの言う通りだ、いつでも来ていいぞ」

定と清が雅巳に温かい言葉を与える。雅巳は戸惑ったように、そして少しだけ恥ずかしそうにうなずく。そんな彼に対し、大雅がにこやかに言う。

「いつでもいいから、またご飯を食べに来なさい。この家族は君の家族だと思えばいい。悩みごとがあったら言いなさい」

「…。はい。ありがとうございます」

礼を言う雅巳は、どこか泣いているように見えた。それは悲しいものではなく、嬉しいもののように思えた。

「ーちょっと、お前」

「え? 私?」

凛に用があるのか、雅巳に手招きされたので近づいていく。他の3人は空気を読んだのか、店の中に入っていく。完全に外は暗く、半月に近いものが輝いている。吹きつける風は冷たく、凛は身震いする。

「どうしたの?」

2人きりになった凛は、少し緊張する。他の家も夕食時なのか、良い香りが漂ってくる。吹きつける風は冷たく、凛は身震いする。

「あの、その」

雅巳にしては歯切れが悪く、凛は辛抱強く待つ。綺麗に輝く星を見た後、雅巳はぽつりと言う。

「…これが家族なんだな」

「…」

凛は何も言えなかった。雅巳は少しはにかみながら言う。

「楽しかった。普通の家族ってこうなんだな」

「…普通か…」

頰が紅潮し、興奮する雅巳に対し、凛は抱きしめてあげたくなった。

ー普通の基準が分からないけれど、雅巳さんからするとそうなのね。

凛には当たり前のものだと思っていたが、そう言われると恵まれた環境にいるのだなと思い知らされる。雅巳はそんなことは知らず、続ける。

「その、普通っていうのが分からないんだけどな」

「…雅巳さん…」

この人はどこまで傷ついているんだと泣きたくなってくる。孤独な雰囲気を出す雅巳に対し、凛は努めて明るく言う。

「またご飯を食べにきてね。皆、歓迎だから」

「…ああ、ありがとう」

素直にうなずく雅巳は子どものように可愛いかった。その成人した男性に向かって思う言葉ではないのかもしれないが、愛しさが募ってくる。

「あの、それでな」

「うん?」

そろそろお別れかと思ったのだが、雅巳は何か言いたそうだった。

「どうしたの? 正直に言ってよ」

優しい声音で促すと、雅巳は意を決したのか、言ってくる。

「お礼がしたいんだけど」

「…お礼? いらないわよ、そんなもの。変な気をつかわないで」

雅巳の腕を叩くと、凛は強く言う。

「うちの家族に遠慮はいらないわよ。何でも言っていいからね」

「それはありがたいんだけど…その」

「何?」

雅巳が唇を舐め、言おうかどうしようか迷っているようだった。吐く息が白くなり始めたので、凛は自分の腕を擦る。雅巳が言い出すまで待つつもりだった。

「…昔を思い出したんだ」

独り言のような口調に、凛は黙って耳を傾ける。その態度は正解だったようで、雅巳は続ける。

「もう亡くなったんだけど、1人だけ良くしてくれたおばさんがいたんだ。ご飯を食べさせてくれたり、一緒に遊んでくれたりする人が」

「…」

雅巳が自分のことを語ってくれたのに驚くが、同時に納得する。どうりであの家族の中で、一番まともで情があると思った。

ーそうでなければ、雅巳さんはどうなっていたか…。

もしかしたら暗闇の中を彷徨っていたかもしれないと思い、その良くしてくれた人に対し、感謝する。そうでなければ、今頃、冷たい情のない人間に成長していたかもしれない。

「…そうなの。話してくれてありがとうね」

凛は自然と動き、雅巳の体を軽く抱きしめた。自分でもびっくりしたが、優しく背中を撫でてあげる。

「ーよく頑張りました。大丈夫、大丈夫」

小さな子どもに接するように、母性が勝手に出、慰める。雅巳はされるがままで文句を言わなかった。

「今まで苦労してきた分、良いことが待っているから。神様は平等だからね」

「ああ、そうだな」

雅巳の声が普段の落ち着いたものになったので、凛は彼を解放する。自分でも大胆なことをしたなと、恥ずかしくなってくるが、

ー大きな子どもみたいなんだもの。

つい動いてしまったのはそのためだった。しかし雅巳はもう元の年齢の青年に戻っており、凛にもう一度言ってくる。

「お礼がしたいんだけど…。駄目か?」

「駄目じゃないけど…。いいの?」

確認すると、雅巳はこくりとうなずいてくる。愛しさが増してきたが、ここはぐっと我慢する。雅巳は腹が決まったのか、

「ー温泉に行かないか?」

と言ってきた。凛が驚いた声をあげる。

「温泉? え? 何で急に…」

「そんなに遠くのところじゃなくて、ここから近い距離のものにするからどうだ?」

「どうだって…」

凛はどう返事をしていいのか困った。温泉に行ったことはなく、どんな場所なのか想像でしかない。

ー温泉って…お風呂の大きなもののことよね?

それくらいしか知らず、凛は戸惑う。しかし雅巳は強く聞いてくる。

「どうなんだ? 行くのか、行かないのか?」

そう口早に言った雅巳は、恥ずかしいようだった。凛は美しく輝く星を眺め、それから息を吐き出し、言う。

「あの、その、よく分からないけれど…。雅巳さんが望むなら」

今は雅巳を甘やかしてあげたかった。それに温泉にも興味がある。

「そうか。良かった」

本当に心から安堵したらしく、雅巳の表情が和む。辛くて我慢した表情よりも、こういう穏やかな顔が見たいんだよなと、凛は自分でも呆れるほど雅巳思いになっていた。

ーどんどん知っていくと、怖いのかしら?

ふと思ったが、すぐに打ち消す。今は雅巳が嬉しそうだから、それで満足だった。

「日程はあとで言うから。分かったか?」

「うん。楽しみにしている」

「よし。ーじゃあな」

雅巳が背中を向けたので、凛は慌てて言う。

「気をつけて帰ってね!! 分かった?」

雅巳は答える代わりに、手を挙げ、去っていく。凛も手に息を吹きかけ、こすりながら、店の中に入ったのだった。



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