【17】
結局、優も去っていき、いつもの雑貨屋の生活に戻ったのだった。
ーあ…この感じ。いいのよね。
天気のいい日、外を歩く人を眺めながら、凛はぼうっとする。眠たくて眠たくてしょうがなかった。雅巳とも会っていたが、彼もすっかり立ち直ったのか、いつも通りだった。
ーこういう暖かい時に散歩すると、気持ちいいのよね。
なぜか雅巳がふらりとやって来ないか、期待してしまう。どうしてなのか、自分でも分からず、顔を上げ、首を振る。
ー何、期待しているのよ、私。馬鹿じゃないの?
少し頬を染めていると、誰かがやって来た。
「ーやあ、凛ちゃん」
「あ、李さん」
商売仲間の登場に、凛は立ち上がって出迎える。大雅に用だろうかと奥へ行こうとすると、李に止められた。
「いいの、いいの。ただ、ふらりと来ただけだから」
「は、はあ…。そうなんですか?」
それなら大雅のほうがいいのにと思ったが、あまり深く考えずに、李の側に寄る。そうすると、彼がくすりと笑った。
「凛ちゃん、可愛い」
「え…? あの?」
そんなことを言われたことがないので、凛はびっくりする。大体は大人しくしなさいとか、もっと女らしくしろとか、言われるのにである。
ー男はけだもの、男はけだもの。
大雅の言葉を思い出し、少し李と距離をとる。しかし、これが雅巳だったらどうだろうかと考える。
ー雅巳さんから、けだものの感じはしないのよね。
男らしくないとか、そういうのじゃなくて、どうも凛の前では本心をあらわしてくれている気がする。だからつい頼ってしまうのだが、そういう目で李を分析すると、どうやら大雅の見込んだ通りだった。
「凛ちゃん」
「は、はい…? …!!」
急に近寄ったかと思うと、いきなり尻に触れられ、固まってしまう。何が起きたのか、とっさには分からなかったが、大雅の言葉を思い出し、つい頬を叩いてしまう。
「痛っ!! 叩いたな、この野郎!!」
「きゃ!!」
李の本性を垣間見た気がし、距離を取ろうとした時、大雅がやって来る。どうやら李が凛の尻に触れたのを見たらしく、激しく怒っている。
「出ていけ!! 大事な娘に触れるな!!」
「ふん!! いいじゃないか。減るものでもないし」
「何…!! お前とは縁をきる!!」
大雅のはっきりした声に、凛は感動し、何とか体を動かそうともがく。しかし、尻に触れられるなんて初めてのことで、さあっと血の気が引いてしまう。
ー怖い!!
突然、男性全部がそういうように見え、心臓が激しく動く。大雅はほうきを持ち、李に向かって振り回す。
「ほら、ほら、ほら」
「ちっ。この爺!! もう来ないよ」
口汚く言うと、李は大股で去って行った。凛はようやく安心し、その場に座り込んでしまう。
「凛…!! 大丈夫か?」
「お、お父さん…」
泣くのは負ける気がして嫌なので、歯を食いしばる。大雅が側に来て腰を下ろし、頭を撫でてくる。
「ああ、凛。怖かっただろう?」
「そ、それはそうだけど…。お父さん、大げさ過ぎ」
「どこがだ!! 俺が来なかったら、もっと酷い目に遭っていたかもしれないんだぞ!!」
「…ごめん。ごめんなさい」
凛は素直に詫びると、大雅に体を預ける。李に触れられた箇所が、今になって不快感を与えてくる。
「ああ、凛、凛。もう大丈夫だ、大丈夫だ」
よしよしと大雅が抱きしめてくれる。凛はそれに甘えることにし、ぽつりと零す。
「…いい人だと思っていたのに」
「いい人…。あのな、凛」
「何? お父さん?」
「いい人なんて完全にはいないんだよ。どんな人でも心に闇を抱えているものだ。欲だってある。だから、その対象になっては駄目だ。嫌なものは嫌だとはっきり言いなさい。そうしないと、人間、分からないものだから。いいね?」
「…うん。そうする」
無防備な子どもではもういられないのだと、凛は一抹の淋しさを感じる。
ー今度は気をつけなきゃ。
凛は大雅に体を預けたまま、目を閉じると、安心感をもらおうとする。大雅も何も言わず、受け入れる。そのまま2人はしばらく動かなかったのだった。




