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【12】

湯からあがると、事件が起きた。

「ーない。ない。ない!!」

優と一緒に着替えていると、一緒に湯につかっていた女性陣が慌て出す。雅巳はもう着替えており、腕を組みながら、そちらに注目する。

ー何かしら?

襦裙を新しくし、凛も声の主に注目する。まだ20代だろうか。本当なら温泉からあがって、赤い顔のはずなのに、青い色をしている。

ー大事なものでもなくしたとか?

慌てる女を横目に着替え終わると、凛は雅巳に言う。

「ありがとう。その、目を瞑っていてくれて」

濡れた下着を着替えたくて、見ないようにお願いしたのだが、雅巳はこころよく従ってくれたのだった。

「いや、いい。それよりも行くか」

「うん! 気持ちよかった。あの、雅巳さん、腰は…?」

「大丈夫だ。むしろ調子がいい」

雅巳は腰に触れ、傷のある箇所を撫でる。時間をかけてやって来て良かっと、凛は安堵する。

「そう。じゃあー」

「ー待ちなさいよ」

突然、声をかけられ、凛達は驚いて固まる。一緒に入っていた女性陣の1人が、怖い顔で言ってくる。

「お金と指輪がないのよ。あなた達がとったんじゃないでしょうね?」

「はい? どういうことですか?」

とっさに意味が分からず、凛は目を瞬かせる。女は舌打ちすると、凛達に言ってくる。

「ちょっと身体検査と荷物を調べさせてくれる?」

「何で…? 疑われるようなことはしていません!!」

凛は強く言い返し続ける。

「先に入っていたのは、あなた達ですけど、着替え中にとるわけでもないし、あがるのだってあなた達の後なんですから」

「凛、まずいよ…」

優が襦裙を引っ張り、やめさせようとする。しかし凛は負けじと胸を張る。ここておどおどしたら、ますます疑われる。

ー面倒くさいから、向こうの要求を飲むか。

そのほうが解決するだろうと、雅巳に言う。

「身体検査しても大丈夫?」

「大丈夫だ。別にやましいことをしたわけではないし。ーほら、早くやるならなれ」

女達が凛を取り囲み、身体検査をおこなう。少しくすぐったかったが、我慢して結果を待つ。

「…ないわ」

女達が今度は荷物を調べ始める。中に入っているものを細かく調べながら進めていくが、凛達はじっと見つめたままだった。

「…駄目だわ」

1人が言いだすと、他の女達も降参と手を広げる。笑ったのは、凛達のほうだった。

「だから盗んでないって言ったのに!!」

「そうよ。あたし達は湯につかりに来ただけなんだから」

優も応戦してくれ、凛はふんと鼻を鳴らす。せっかくのんびりしに来たのに、とんでもない目に遭って不快だった。しかも雅巳が連れてきてくれたのに、と唇を噛む。

「…すみませんでした」

女達が謝るが、気がおさまらなかった。

「あのね、人を疑う前に、自分を疑いなさいよ!! なくした責任は自分にあるんだから!! 人のせいにしたら駄目よ」

「…」

凛の言葉に、全員沈黙する。やっと無実だと分かったかと気を楽にしていると、雅巳も一言告げる。

「自分が可愛いのは分かるが、人を攻撃していい理由にはならない」

「そうよ。盗んだのだって、ふらりと入りに来て脱衣室だけで出て行った人がいるかもしれないじゃない」

優の機転に、凛は「そうか、その可能性があるのか」と受け止める。確かに凛達が風呂に入っている最中に、事が起きたのかもしれない。

「大事なものは手から離すな。しかも出入りが激しい場所に、持ってくるな。分かったな?」

雅巳が結論を出し、踵を返す。凛達も従おうとした途端、別の女が叫ぶ。

「役人を呼んでやる!! 絶対、あなた達なんだから」

「はい? あのね…」

「いいから行くぞ」

「でも!! 疑われるのは、悔しい!! ちゃんと納得させないと」

「どうやって? もう全部調べた後だし」

2人でやり取りしていると、叫んだ女が動き出す。

「あたし、行って来る」

あっかんべえを凛達にし、出て行ってしまった。まずいと凛は雅巳に告げる。

「外まで追おうか? どうする?」

「そうだな…。困ったな。来るとしたら、派出所の人間だと思うんだが…」

「あんた達、大人しくしなさい」

女達に注意されても、無視することにした。それよりも足止めされるのが、気に食わなかった。

ーせっかく湯に入って、気持ちよかったのに。

最悪の展開になりそうだと、凛は頭を痛める。

「どうしよう。変な展開になってきたわね」

「そうだな。何で俺達なんだ?」

意味不明とばかりに、雅巳がため息を吐く。せっかく体がほてって気持ちよかったのに、なぜと凛は思うのだった。

「俺達から行くか。派出所に」

「え? 何で?」

「無実ですって言いにいくんだよ。荷物を持って」

「そうか。そういう考えもあるのね」

人間、色んな考え方があるんだなと、凛は感心する。優も静かにうなずき、行動に移そうとする。その途端、

「ちょっと待った!! 逃げるつもり?」

金切り声に、凛は頭にきて、振り返り言う。

「うるさいわね。こちらから派出所に行こうとしているのよ」

「へえ…。わざわざどうも。捕まりに行って来れるなんて」

「な…。違うわよ!! 無実なんだってば!!」

「もういい。静かにしていろ。犯人扱いしたければ、すればいい。ただ、違っていた後のことは分かっているんだろうな?」

「分かるわけないでしょ!! 馬鹿」

「馬鹿はお前らだ。腹が立つから行くか?」

「そうね…。でも悔しいし」

迷っていると、優が告げてくる。

「もう少し待って、役人さんに無実を訴えようね?」

「…まあ、いいか。時間はたっぷりあるし」

「そうね。無実だって決定づけましょう」

3人の意見が一致し、役人が来るのを待つ。その間、雰囲気はとげとげしており、最悪だった。

ーもう早くしてよ。

指のささくれを構いながら、時間が経つのを待つ。

どれくらい経ったころだろうか。ようやく女が1人の男を連れてきた。さっと見ただけだが、体格が良く、筋肉がしっかりしているようだった。

「馬車を飛ばしてやって来てみれば」

文句をぶつぶつ言う声は、面倒なことに巻き込まれたなという態度としてとれた。凛はすかさず言う。

「私達は無実なんです!! 調べてください!!」

「そう言われても…。荷物を調べても出てこなかったんだろう?」

「そうなんですけど、もう一度、調べて」

女達が急かし、役人はやれやれといった感じで従う。本当は男性に触れさせたくないのだが、文句を言っている場合じゃない。

「ーうーん、ないようだぞ?」

役人の答えに、凛達が顔を見合わせ、喜ぶ。しかし次の言葉にがっかりする。

「証拠はないが…1日、派出所にいてもらうか」

「え…。それはつまり?」

「逮捕するわけじゃないが、念のため一緒に来てもらう」

「そんな…!! 困るんですけど!!」

違うと言っているのに、なぜ疑ってくるのか謎だった。

「確かに疑うのが仕事らしいが…それはな。俺、仕事あるし」

「私だってそうよ。お父さん達に怒られちゃう」

「あたしは美明が…その、気になるんだけど」

3人は困ったように顔を見合わせるが、役人は聞いていないようだった。

「早く馬車に乗って。抵抗すると、即逮捕するぞ」

「…。どうする?」

凛が2人に顔を向けるが、それは迷子のようにどうしたらいいのか、分からない顔だった。3人が戸惑っていると、役人が苛ついたように言う。

「早く!!」

「…分かりました。行くぞ、2人とも」

「え? 何もしてないのに行くの?」

「ここで逃げたと思われたら、それこそ面倒くさいことになる。仕方ないが…ここは従うしかないと思う。どうだ?」

「そうね…」

凛は天を仰ぎ、少し考えたから言う。

「しょうがないわね。容疑がはれるまで、一緒に行きましょうか」

「ーよし、決まったな」

役人のにやりと笑った顔に反応したのは、女達だった。「頑張って」とか「よく決断した」とか言われて、役人は少し鼻の下を伸ばす。

ーこいつ…。本当に大丈夫なんだろうね?

凛は逆に疑いの目を向ける。他に違う人はいないのだろうかと思っていると、雅巳が肩を叩いてくる。

「行くぞ」

「ああ、うん」

急いで風呂敷を持ち、3人はその場を後にしたのだった。


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