【11】
馬車は速すぎず、遅すぎず、ちょうどいい快適さだった。
ーうわ。気持ちいい。
秋のなめらかな香りが吹いてきて、凛は目を細める。街から出ると、稲刈りしている人達がのどかな風景として映り込む。
ー新米、食べたいな。
凛のうちも田があるのだが、人に任せているので、稲刈りしたのかどうか分からなかった。しかし、新米の柔らかで甘い感触や味を思い出し、よだれを慌てて止める。
「すぐ着くから大人しくしてろ」
雅巳の忠告に、凛は素直にうなずく。2人きりならば色んな話題を話せるのだが、3人となると難しい。しかも雅巳と優は初対面なので、雅巳はぶすっとし、優は緊張気味だった。
ー両方に面識があるのは、私だけだものね。
ここは自分の出番かと、凛は2人を見比べる。
「気持ちいいわね。空気もどんどん新鮮になっていくし」
「そうだな」
「そうね」
それで会話が途切れてしまった。奇数の人数の会話は難しいなと感じ、凛も黙ることにした。
ーせっかく楽しみにしていたのに、2人とも無口だし。
仕方のないことかもしれないが、雅巳の張り切る姿など想像ができなかった。また優のほうも、もじもじしていて、凛と2人きりの時と違い、困っているようだった。
ー一緒に来るのは、やめればよかったか。
残された美明の心配もあるのだが、優にもせっかく外出するのだし、楽にして欲しかった。
ーどうすればいいんだろう、この雰囲気。
1人で焦っていたが、結局は凛も黙った。外の動く景色を眺めているほうが楽しかった。しかも温泉に行くのを楽しみにしていたので、わくわく感が強かった。
ーどんな温泉なんだろう? 楽しみ!!
のどかな光景を楽しみながら、馬車に揺られている。御者の腕がいいのか、あまり揺れることはなかった。
「あ、あれだ」
雅巳の短い言葉に、凛は大げさに反応する。馬車の端に手をつき、子どもみたいに目をきょろきょろさせる。
「ほら、あれだ、あれ」
「え、あれがそうなの?」
見た目は岩で囲まれた頑丈そうな作りだった。例えるなら、小さな城の大きさといえばいいのだろうか。湯気らしきものも確認でき、ついに着いたのかと凛は安堵する。
「ー到着です」
御者が馬車を止め、言ってきた。凛は風呂敷を手にすると、
「ありがとうございます」
と礼を言い、1番はじめに降り立つ。その途端、風がざわりと動き、安らぎを与えてくれる。穏やかな日光に対し、神が「休みなさい」と言っているように聞こえる。
「少し待っていてもらえますか?」
雅巳はそう言うと、御者にいくらか払ったようだった。
「それなら私も…!」
「いいから。よし入るか」
肩を押され、先を促される。しかし気になることがあった。
「あの、雅巳さん?」
「何だ? どうした?」
「その…どこまで一緒なのかなと思って」
恥ずかしげに言うと、雅巳はけろりとして軽く答える。
「どこまでって、中まで、一緒だ」
「…は? 中までって…!?」
「温泉は混浴なんだよ。ほら行くぞ」
「ちょっと待った!!」
凛は慌てて手を前に出し、雅巳の体を押す。どうりで兄の清がにやつくはずだ。さすがに混浴の意味くらい知っているのでだった。
ー男女が一緒に入るってことよね? …もしかして裸じゃ…。
何も知らなかった自分を恥じ、雅巳に一応聞く。
「あの…。何か着て入るとか…?」
恐る恐る聞く凛に対し、雅巳は素早くうなずいてくる。
「下着着用だ。安心しろ」
「下着着用…。…良かった」
多めに持ってきて良かったと、凛は風呂敷を抱きしめる。優が困ったようにしているので、そっと耳打ちする。
「私ので良ければ貸すね」
「…ありがとう」
優の頰は少し赤く、雅巳のことをちらりと見ている。確かに恥ずかしいよなと思いつつ、凛は優と腕を組む。
「行こう!!」
「うん。凛がいるから大丈夫」
「そう? それならいいけど」
外まで硫黄の香りが漂ってくる。中はどうなっているのかと興味がわく。
ーお兄ちゃんも意地悪だな。ちゃんと教えてくれればいいのに。
心の中で文句を言うと、優と一緒に歩いていく。どうやら脱衣室も同じらしく、凛は温泉をちらりと眺める。先に女性陣が数名入っており、下着姿で楽しんでいるようだった。
ーなるほど。あの姿でいいのね。
納得すると、脱衣室の籠の中に風呂敷を置き、着替え始める。それを真似して、優もおずおずと脱ぎ始める。雅巳は慣れているのか、躊躇せず、袍を脱ぎだし、下着姿となる。下着姿といってもふんどしではなく、軽い襦袢を一枚羽織ったかのような姿だった。
ーもう雅巳さんったら、大胆なんだから。
ちらりと見てしまうのは、雅巳が目立つからだった。女2人いて、緊張しないなんて、どういう風に考えているのだろうかと思ってしまう。
「先に行くな」
雅巳が木の戸を開け、行ってしまった。残った凛と優は慌てて脱ぎ始める。
「…雅巳さんって、かっこいいのね」
優にこっそりと言われ、少しむっとする。褒められたのは嬉しいが、今いる凛の立ち位置を邪魔して欲しくなかった。
「そうね。もてるからね」
「そうよね…。ああ、照れる」
優の言葉がいちいち気になり、凛は自己嫌悪に陥る。
ー自分って、意地悪なんだな。
反省しつつも、今は優に賛成するべきだと、胸に秘める。
「行こうか、優」
「うん、ちょっと待って。…よし」
2人とも下着姿になると、浴室へ入っていく。その途端、もわっと湯気が襲いかかり、熱さが伝わってくる。中は洗い場と、木の枠で囲まれた温泉で、雅巳が先につかっていた。
「早く来い。いい湯だぞ」
「うん。…ん?」
返事をすると、「ち」と、舌打ちが聞こえた。見れば先に入っていた女性陣が、雅巳に注目しているようだった。ちらちらと見ては、何か言っているようだった。
ーさすが、目立つ男よね。
雅巳の運命かもしれないが、一緒にいるとどうしても比較されてしまうのはしょうがなかった。雅巳も悪気があるわけではなく、他人に興味がなさそうな感じだった。
ー話しかけてもらえるだけ、ありがたいと思うことにするか。
散歩中は雅巳を独占できるのだし、それで良しとしようと勝手に結論づける。女性陣をちらりと見れば、下着姿でも透けて見えるようだった。大きな胸をしているなとかそんなことを気にしながら、なるべく見ないように入る。
ーあ、気持ちがいい。
湯はさらりとしており、木や岩の自然な香りが鼻に届いて来る。嫌な感じはなく、湯船に浮いている葉を1枚とり、優を呼ぶ。
「早くおいでよ」
「う、うん。ちょっと待って」
優もしずしずと湯船に入ってくる。細いなと見ていると、彼女がぴたりとくっついてくる。1人は嫌なようだった。
「ここの温泉は肌にいいんだよ。よく浴びておけ」
「そうなの? じゃあ」
肩に湯をかけ、体を楽にする。ようやく優も落ち着いたのか、凛から少し離れ、お湯を楽しむ。
「汗をかけば痩せるかもな」
「本当に? じゃあ長く入ろう」
なるべく雅巳を見ないようにし、答える。やはり下着姿でも恥ずかしいものは、恥ずかしい。透けて見える筋肉が美しかった。
ーいい女になれますように。
願いを込めて、湯を浴び続ける。壁も岩で作られており、自然の中の癒しといった感じだろうか。あまり入っていると、今度出るのが惜しくなるようなそんな感じだった。
ーゆっくりしよう。
いつも忙しいのだし、せっかく雅巳が誘ってくれたのだからと、凛は湯を顔に浴びせ、落ち着いたのだった。




