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【10】

温泉へ行く当日、凛はそわそわしていた。

ーお金は持ったし、下着とかも用意したし。

お気に入りの襦裙を着た凛は、空を見上げ、晴れて良かったと天に感謝する。

ー日帰りだけど、どきどきする。

優がくっついていくのだが、それでも雅巳と出かけるというと緊張する。

ー化粧したし、頬も大丈夫ね。

手鏡を見つめ、安堵する。慎二に叩かれた頬は、すでに癒えていた。

ー一時は腫れて痛かったけど、もう大丈夫。それに…前の自分とは違って、綺麗になったわね。

自分で思うのも何だが、薄化粧した凛は、秋の柔らかな光を受け、美しく見えた。

「凛、どうしたの? 顔を見つめて」

「何でもない。それよりもーあ、来た来た」

雑貨屋の前で集合なので、雅巳が歩いてやって来た。雅巳も風呂敷を持っており、手がける気が強いようだった。

「待ったか?」

「ううん。今、外に出たところ。ね?」

「…うん」

優は雅巳を見、緊張し始めたようだった。初めて会う相手が神のように美しく、周りをまとう空気も眩しければ、そうなるだろう。

「こちら、玉雅巳さん。ーで、こっちが友達の高優」

簡単に紹介させてもらうと、雅巳が優を凝視してくる。何か気になることでもあるのかと、心配すると、

「ー一緒に行くって…厚かましくないか? 今日、初めて出会うんだぞ?」

小さな声で耳打ちされた。だから凛も小声で返す。

「ごめんなさい。でも悪い子ではないから」

「そうか? 友達はちゃんと選べよ」

その一言が胸に刺さり、凛はこくりとうなずく。それから雅巳は優を見、手を差し出す。

「よろしく。玉雅巳です」

「あ、あの…!! はじめまして!!高優と言います!!」

裏返った声で優は言い、顔を真っ赤にする。こんな美形、身近にいるわけないわよねと同情しつつ、ちょっと嫌だなと思った。雅巳がもてるのは分かるが、他の女が触ったり、それを喜んだりするのが悔しかった。

ー…嫉妬しているのかな? まさか。

そう思いつつも、気に食わず、早く手を放せと文句を言いそうになる。たった数秒でも、凛以外を見るのが許せなかった。

ー私、心の狭い人間だ。

反省していると、雅巳が興味をなくしたのか、優から凛へ顔を向けてきて、じろじろ見た後に言ってくる。

「…いつもと違うな。女らしい」

「…。そう? あの、ありがとう」

褒めてくれたのに対し、凛は恥ずかしさを覚え、早口で返す。こういう無意識に言葉を述べるから、たちが悪いんだよとため息を吐く。

「どうした? 何があるのか?」

「う、ううん。いいの、気にしないで」

頬を赤く染め、手を大きく左右に振る。凛自身、女扱いされたことがなんてないので、雅巳の言葉は強烈だった。その時、後ろの店の中から、赤子の泣き声がし、雅巳が視線を向ける。

「…赤ちゃん、置いていって大丈夫なのか?」

「…。そうなんだけど、本人がどうしてもって…」

「そういう母親もいるんだな。薄情な奴」

小声のやりとりは、優には届かなかったらしい。大雅が出てきて、見送ってくれる。

「雅巳くん、凛を頼んだよ」

「はい。任せてください」

心強く言われ、凛は嬉しくなった。と、その時、1台の馬車が店の前にやって来る。

「悪い。遅れたか?」

兄の清が中から出てきて、心配そうに聞いてくる。雅巳が頼んだらしく、彼が深く頭を下げる。

「どうもありがとうございます」

「はいはい。ありがとうな。ちゃんと感謝してくれて」

清がにやにやしながら、雅巳の胸を肘で突く。麗達の馬車に比べれば見劣りするかもしれないが、庶民的な雰囲気に、凛は気に入った。御者も穏やかそうな人で、礼をしてくる。

「よろしくお願いいたします」

「はい。安全運転を心がけます」

短いやり取りをすると、凛は清に対し、

「お兄ちゃんの顔が広くて良かった」

と続けた。それに対し、清は胸を張り、にこやかに笑う。

「無事に行って来い。楽しみにしていたんだろう?」

「うん!! 行って来る」

3人は次々と馬車に乗ると、手を降ってくる大雅と清に、同じく振り返す。

「行って来ます」

凄く楽しみな調子で言うと、馬車が動き出したのだった。


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