【1】
秋が深まった頃、風がひんやりしている。その風を受けて、池の水面が波立っていく。池は透明度が高く、橙色に染まった木々が映えているのだった。
「ーふう」
その池のほとりに、一人の少女が立っていた。名前は葉凛。雑貨屋の娘だった。今は遊んでいるのではなく、ダイエットのために散歩している最中だった。
ー日が短くなってきたな。
夕日の美しさに目を細める。近づいて水面を覗めば、自分の顔が映る。波紋がわずかに広が中、凛の顔は鏡に映したかのように、正確に反応するのだった。
そんな彼女の後ろから手が伸び、急にうなじに触れられる。
「ひゃ!!」
悲鳴に近い声が上がり、凛は体をびくつかせる。すると行為をした相手が面白そうにくっくと笑う。
「感じやすいんだな。いいものを見た」
そう言ったのは、1つ年上の青年ー玉雅巳だった。彼は長身で、目立つ存在だった。今も池の側を通る人達が、息をもらすほどで、整った顔をしている。夕日の橙色が、彼をさらに際立たせようと、光を与え続ける。
「…あのね」
凛は頬を膨らませ、雅巳に向き合う。彼は凛がダイエットしている時の護衛役みたいなものだった。それなのに、いたずらするなんて、と抗議する。
「いきなり触らないでよ。誰だってびっくりするでしよう?」
「そうか? 俺はそんなことにはならないけどな」
澄ました言い方に、凛はかちんとくる。しかし雅巳はどこ吹く風で話を変えてくる。
「髪の毛、早く戻るといいな」
「…」
髪に触れられ、凛はどきりとしながら、させたままにする。先日、とあることがあって、短くなってしまったのだった。母親の葉定に揃えてもらったのだが、やはり髪が長くないと、少年のように見えるのだった。
ー雅巳さんの言う通り、早く伸びないかしら。
2人で並んでいると、凸凹に見える。1人は美形で高貴な猫みたいで警戒心が強く、もう1人の凛はというと道でゆっくり歩く、どこにでもいる普通の猫のような感じだった。
ーでもこの人、自覚がないのよね。
自分がかなり目立つことに気づいていない雅巳だった。側にいるとどうしても比べられてしまうのは、仕方のないことだった。
ー夕日が脇役みたい。
そんな風に思うほど、夕日に照らされた雅巳は、無駄がない存在だった。
「行くぞ」
声をかけられ、凛は側に寄る。散歩の道順は、とある事件で変えていたのだが、元に戻ったのだった。
「ちょっと待って。歩くのが速いわよ」
足の長さの問題か、どうしても凛が遅れてしまう。この男、憎しと思いつつ、少し小走りで近づく。
「普通だ、普通。せっかく美加さんに少し早めにあがらせてもらっているのに、暗くなったら元も子もないだろう?」
美加の名前に、凛も急がなければと焦る。美香とは流美加といい、甘味処の女主人で、雅巳の雇い主でもあった。とても仲が良く、何でも相談できる美人の姉みたいなものだった。
ーそうね。せっかく美加さんが気を遣ってくれているんだから。
凛は文句を言うのをやめ、雅巳についていく。深まった秋は朝に霧が出て明るくなるのも遅く、逆に夕方は暗くなるのが早かった。息が凍るくらい冷たい風が吹いていく。
「急ごうか」
「ああ」
2人は応援する夕日を背に、その場を後にしたのだった。




