表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/12

第8話 努力の戦場、神界にて

 目を開けた瞬間、世界が白かった。

 天も地も、形を持たない光の海。

 足元にあるのは透明な床のようなものだが、踏みしめる感触はない。


 ――ここは、どこだ。


 「神界です」

 背後から聞こえた声に振り返ると、リュミエルが立っていた。

 彼女の羽はかすかに傷ついている。

 あの戦いのあと、俺と彼女はルシエルの光に包まれ、そのままこの場所へ引きずられたらしい。


 「無事か」

 「ええ、少し痛むだけです。でも……あなたを巻き込むつもりはなかったのに」

 「巻き込まれたのは自分の意思だ。守りたかっただけだ」


 言うと、リュミエルは何かをこらえるように笑った。

 「あなたは、そういう人ですね。――だからこそ、ここまで来てしまった」


 遠く、鈍い鐘の音が響く。

 白の空間に、幾重もの輪が現れ、天を突くような柱が立ち上がった。

 その中心に、七体の存在が浮かんでいる。


 神々の議会。

 人間の世界に干渉する権限を持つ最高位の存在たちだ。

 その一人、ルシエルが一歩前に出た。


 「努力の女神リュミエル。

  汝は禁を破り、凡人に神性を触れさせた。その罪、重大なり」


 他の神々が静かに頷く。

 リュミエルは膝をつき、頭を下げた。

 「私がすべての責任を負います。レインには罪はありません」


 「だが、現に彼は“人間でありながら神力を振るった”」

 「それは、私の加護のせいです」

 「加護を与えたのは汝。ゆえに、両者ともに裁かれるべき」


 重い沈黙。

 俺は一歩踏み出した。


 「待て。それが神の正義か?」

 七つの視線が同時に俺へ向く。

 圧が空気を押し潰す。呼吸さえ重くなる。

 だが、言葉は止めなかった。


 「努力することが罪だって言うなら、そんな正義は間違ってる!」


 神々の一人が嗤う。

 「努力とは、神々が人間に与えた“試練”のための手段にすぎぬ。

  限界があるからこそ人は祈る。汝のように限界を越えれば、神への信仰が崩れる」


 「信仰を守るために、人の努力を殺すのか」

 「秩序とはそういうものだ」


 その言葉に、胸の奥が冷たくなった。

 リュミエルが小さく囁く。

 「レイン、もういい。これ以上は――」

 「いや、言わせてくれ」


 俺は拳を握った。

 「努力は、祈りと同じだ。

  誰かに認めてほしいとか、守りたいとか、信じたいって気持ちで続けるものだろ。

  それを否定するなら、神なんて――ただの怠け者だ!」


 静寂が弾けた。

 次の瞬間、天から黒い光が降り注ぐ。

 ルシエルが羽を広げ、剣を抜いた。


 「人間が神を侮辱するとは。ならばその“努力”とやら、我らが試そう」


 彼が振りかざした刃から放たれる斬撃が、光の海を裂いた。

 反射的に剣を構える。

 ――重い。

 世界そのものを押しつぶすような力だ。


 膝が沈む。

 それでも立ち上がる。

 視界の端に、リュミエルの姿が見えた。彼女は震えながら両手を合わせている。


 「レイン、あなたの努力に、私の願いを重ねます」


 光が俺の胸に流れ込んだ。

 ステータスウィンドウが弾ける。


 〈努力補正:Lv5〉

 《他者の願いを受け取り、努力の総量として加算する》


 体が熱い。

 力が、限界を超えてあふれ出す。


 「行くぞ……!」


 剣を振るう。

 ルシエルの一撃とぶつかり、空間が砕けた。

 光が炸裂し、天の柱がひとつ崩れる。


 神々の間に、ざわめきが走った。

 「人間が……神の刃を受けた……?」

 「バカな、そんなことが……」


 ルシエルが後退し、歯を食いしばる。

 「愚か者。お前の力は“他者の祈り”を食らっているだけだ。

  それは一時の奇跡にすぎぬ」


 「一時でもいい。誰かの想いが俺を動かすなら、それで十分だ!」


 剣を振るう。

 光が迸り、再び衝突する。


 爆音。閃光。

 そして、静寂。


 気づけば、俺は片膝をついていた。

 ルシエルもまた、剣を地に突き刺し、荒い息をついている。


 「人間……侮れぬ」


 神々の一人が低く呟いた。

 「努力とは、ここまで強い意志を生むものなのか」


 リュミエルが俺の傍に歩み寄り、肩に手を置いた。

 「レイン、もういい。あなたは証明した」


 「いや、まだだ。

  努力が間違いじゃないって、ちゃんとこの世界に刻みたい」


 ルシエルが目を閉じる。

 「……愚かだが、見事だ。

  汝の“努力”が真実ならば、いずれこの神界さえ変えるだろう」


 白い光が、ゆっくりと俺たちを包む。

 次の瞬間、足元の透明な床が消え、風が吹いた。


 視界が反転する。

 再び、地上の青空。

 森の匂い、風の温度。


 俺は膝をつき、深く息を吸った。

 ――戻ってきたのか。


 リュミエルが微笑む。

 「おかえりなさい、レイン」

 「……ただいま」


 空を見上げると、薄い雲の隙間から一筋の光が降りていた。

 まるで、神々がまだ見ているように。


 けれど、その光はもう恐ろしくなかった。


 努力は、神さえも届く祈りだ。

 それを胸に、俺はまた歩き出した。


次回予告:第9話「神々の余韻と、新たな誓い」

神界での戦いが終わり、地上に戻ったレイン。

しかし“努力の光”が残した余波は、まだ消えていなかった――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ