第7話 努力が伝染する街
その朝、俺は異変に気づいた。
街の空気が――少しだけ、違う。
鍛冶屋の青年が、朝からハンマーを振り続けている。
露店の娘が、開店前から掃除をしている。
老兵が、若者に剣の型を教えている。
どの顔にも、奇妙なほどの“集中”が宿っていた。
「……みんな、まるで努力してるみたいだな」
「そう。あなたの影響です」
背後から聞こえた声に振り返ると、そこにリュミエルがいた。
白いローブの裾が朝陽にきらめいている。
「〈努力補正Lv3〉――あなたの努力が、周囲に“伝わる”段階に入りました」
「伝わる……?」
「あなたを見て心を動かした者たちに、努力の加護が宿ります。
つまり、あなたが努力すればするほど、この街の人々も努力するようになる」
「それって……すごいことじゃないか」
「ええ。でも、同時に危険でもある」
リュミエルは静かに言った。
「努力は光です。けれど、光が強すぎれば、影も濃くなる」
――影。
その言葉の意味を、俺はまだ理解できなかった。
◇◇◇
昼頃、ギルドに行くとフィリアが目を輝かせて駆け寄ってきた。
「レインさん! 聞いてください!」
「どうした?」
「昨日から、街の討伐依頼の達成率が急に上がったんです。
みんな“諦めずに挑戦するようになった”って」
その笑顔はまぶしかった。
彼女自身も、どこか以前より活き活きして見える。
「私も……もっと頑張ろうって思いました。
昨日、あなたの言葉を聞いてから、なんだか力が湧くんです」
リュミエルの言葉を思い出す。
“あなたの努力が、他者を動かす”
――どうやら本当らしい。
「努力が、伝染してるのか……」
「え?」
「いや、なんでもない」
フィリアは首を傾げて笑った。
「あなたが笑うと、みんな頑張れる気がするんですよ」
「俺が笑うだけで?」
「はい。……だから、もっと笑ってください」
不意に胸が熱くなる。
笑うだけで誰かの力になるなんて、そんな馬鹿な。
けれど、フィリアの真っ直ぐな瞳を見ていると、
――それが嘘じゃない気がしてきた。
◇◇◇
その夜。
街は珍しく遅くまで明かりが灯っていた。
鍛冶屋の火は夜半を過ぎても消えず、
広場では子供たちが剣を構えて遊んでいる。
「なんか……活気づいてきたな」
「あなたの努力が、街の呼吸を変えている」
またリュミエルの声。
彼女は屋根の上に立ち、街を見下ろしていた。
夜風に揺れる銀髪が、星の光を反射する。
「でも、これが続けば世界の“均衡”が崩れます」
「均衡?」
「神々は“人が努力しても限界がある”前提で世界を作った。
あなたの存在は、その理を破壊している」
リュミエルの声がかすかに震えた。
「もし上位の神々が気づいたら――」
言葉の途中で、夜空に裂け目が走った。
眩い光が広場に降り注ぐ。
人々が悲鳴を上げる。
「な、なんだ!?」
光の中から現れたのは、黒い翼を持つ男だった。
金色の瞳が冷たく輝く。
「……やはり、“努力の女神”が動いていたか」
その声は、低く重く響いた。
リュミエルの顔から血の気が引く。
「……ルシエル。禁界の監察者……!」
「神の法を破り、凡人に力を与えた罪――女神リュミエル、貴様は地上に堕ちる」
男の声が夜空に響く。
街全体が震えた。
「待て! リュミエルは何も悪くない!」
俺は前に出た。だが、黒翼の神は冷ややかに俺を見下ろす。
「人間、貴様が“努力”を広めた。
だが、それは世界の秩序を歪める愚行だ」
「努力することが罪だっていうのか!?」
「努力には限界がある。神はそれを定めた。
貴様は“限界の外側”に踏み込んだのだ」
その瞬間、ルシエルが手を掲げる。
黒い光がリュミエルを包み、天へ引き上げようとする。
「やめろッ!」
俺は駆け出した。
咄嗟に剣を抜き、光の鎖を叩き切る。
ギィン――!
衝撃波が夜を裂いた。
ルシエルが目を見開く。
「人間が……この力を?」
俺の体の奥で、〈努力補正〉が燃え上がる。
力が溢れる。視界の端に、新しい文字が浮かんだ。
〈努力補正:Lv4〉
《努力の想いが強いほど、神性の力に干渉可能》
「リュミエルは……俺の努力を認めてくれた。
その気持ちを、否定させるわけにはいかない!」
黒翼の神が冷笑する。
「面白い。ならば証明してみせよ、“努力”が神を超えると」
夜空が光と闇に裂けた。
街の人々が祈るように見上げる。
フィリアが叫ぶ。
「レインさんっ!!」
その声に背中を押されるように、俺は剣を構えた。
「行くぞ……努力の証明だ!」
――この瞬間、
努力が世界の理を揺るがす戦いの幕を開けた。
✨次回予告
第8話「努力の戦場、神界にて」
ついにレインが神界へ。
努力という人間の意志が、神々の秩序を打ち破る“神戦編”が始まる。