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第6話 涙の剣士と、嫉妬する女神の誓い

 夜明け前、森は青い霧に包まれていた。

 鳥の声も、風の音もまだ眠っている。


 俺は焚き火の残り火を踏み消しながら、深く息を吐いた。

 セリアは夜のうちに戻らなかった。

 彼女の剣だけが、俺のそばに残っている。


 昨日の彼女の言葉――

 「あなたほど努力できる人なら、神様にも愛されるよね」

 あの笑顔の奥にあった痛みを、俺は見抜けなかった。


 努力は人を救うはずだと思っていた。

 でも、もしかしたら誰かを“追い詰める光”にもなるのかもしれない。


 「……俺の努力って、誰のためになってるんだろうな」


 呟いた声が霧に溶ける。

 胸の奥がずっとざわついている。

 リュミエルの言葉も、セリアの涙も、心に刺さったままだ。


 そのとき――風がざわめき、光が差した。

 空間のひずみから、柔らかな声が響く。


 「答えを探している顔ですね」


 リュミエルだった。

 昨日よりも静かな表情をしている。

 彼女は足元に降り立ち、そっと俺の剣を見つめた。


 「セリアはどこに?」

 「……姿が見えません。彼女は今、自分と戦っている」

 「自分と?」

 「あなたを見て、初めて“努力の美しさ”を知ってしまった。

  それが彼女にとっては、痛みなんです」


 リュミエルは目を伏せる。

 その横顔が、少しだけ寂しげに見えた。


 「あなたは罪のない人。でも、努力の光は人の心を動かしすぎる。

  ……だからこそ、私は心配になるんです」

 「俺を、心配?」

 「はい。あなたが誰かを救うたびに、私は怖くなる。

  “その人に取られてしまうんじゃないか”って」


 女神の声が、わずかに震えた。

 その一言が、胸に刺さる。


 「リュミエル……お前、本当に神なのか?」

 「もちろん、神です」

 「じゃあ、どうしてそんな顔をする?」


 リュミエルは答えず、ただ笑った。

 その笑みは、限りなく人間に近かった。


 「ねえ、レイン。神は“愛”を知りません。

  でも、あなたを見ていると、それがどんなものか少し分かる気がするんです」


 「愛……?」

 「努力って、誰かの幸せを願う力でしょ?

  なら、私はあなたの努力を見守ることが、愛の形なんだと思う」


 胸の奥が熱くなる。

 けれど、その熱は優しさと切なさの入り混じったものだった。


 「……俺は、お前に何を返せばいいんだ?」

 「努力を、やめないでください。それで充分です」


 リュミエルはそう言って微笑む。

 その瞳の奥に、ほんの一瞬“涙”が見えた気がした。


 ◇◇◇


 昼近くになって、セリアが戻ってきた。

 額に汗を浮かべ、目の下には夜通し剣を振った跡がある。


 「……おかえり」

 「待たせた?」

 「いや、ちょうど」


 俺は彼女の剣を差し出した。

 セリアは受け取りながら、短く息を吐く。


 「レイン、あなた……昨日、泣いた?」

 「泣くかよ。まさか」

 「じゃあ、その顔。誰かを失いかけた人の顔をしてる」


 図星だった。

 俺は言葉を探したが、うまく出てこない。


 セリアは剣を腰に戻し、視線を逸らした。

 「ねえ。努力って、どうすれば報われるの?」

 「報われないこともある。でも、それでも続けるんだ」

 「どうして?」

 「それしか、俺にはできないから」


 セリアは苦笑した。

 「……そういうとこ、ずるい。そういうあなたを見て、諦められなくなる」


 沈黙が落ちた。

 風が葉を揺らす音だけが響く。


 「ねえ、レイン」

 「なんだ」

「もし、神様があなたを好きだって言ったら……どうする?」


 ――心臓が止まりそうになった。

 まさか、昨夜のことを……?


 セリアはわずかに笑った。

 「冗談。そんなこと、ありえないよね」

 「……ああ、ありえない」

 けれど、その声が少しだけ震えていた。


 「でもね、私は神様なんかに負けない。

  努力で得たものは、努力でしか壊せないから」


 彼女の瞳が、強く燃えていた。

 その光は、昨日までの“剣士”のものではなかった。

 ――恋を自覚した、戦う人間の目だった。


 「セリア……」

 「勝手に誓うね。次に戦う時、私はあなたの隣じゃなくて、

  “同じ高さ”に立つ。努力で、追いつくから」


 そう言って、彼女は空を見上げた。

 雲間から差す陽光が、汗に濡れた頬を照らす。


 美しかった。

 でもその美しさの中に、ひと筋の涙があった。


 リュミエルの言葉が頭をよぎる。

 「努力の光は、人の心を動かしすぎる」


 セリアの決意は、まぶしすぎた。

 同時に、どこか危うかった。


 ――そして、その夜。


 俺が再び焚き火を囲んでいると、風が囁くように女神の声が届いた。


 「見ました。あの子の誓いを」

 「……見てたのか」

「ええ。あなたを追うように、努力しようとしていました。

  でも、その努力はあなたを苦しめるものになるかもしれません」


 リュミエルの姿が現れ、夜風の中に立った。

 彼女は静かに目を閉じる。


 「だから、私はここに誓います」

 「誓う?」

 「あなたの努力を守ります。たとえ、この世界が崩れても」


 彼女の手が光を放ち、俺の胸に触れる。

 心臓が一瞬だけ熱くなった。

 視界に文字が浮かぶ。


 〈努力補正:Lv3〉

 《努力の総量に応じ、周囲の人の能力を上昇させる》


 ……周囲の人?

 つまり、俺が努力すればするほど――仲間まで強くなる?


 「これが、あなたへの加護。

  でも同時に……試練でもあります」


 リュミエルは微笑んだ。

 その瞳は、どこか悲しげだった。


 「努力の光は、誰かを救い、誰かを壊す。

  それでも、あなたは歩きますか?」


 俺は迷わず頷いた。

 「歩くさ。努力が俺の全部だから」


 女神の唇が、かすかに震えた。

 「……そう、だからあなたは眩しい」


 その言葉を残し、光の粒が夜空に溶けた。


 焚き火が静かに弾ける。

 俺は拳を握り、空を見上げた。


 ――努力の先に何があるのか。

 その答えを知るために、俺はまた立ち上がる。


✨次回予告

第7話「努力が伝染する街」

努力補正Lv3の影響で、レインの周囲の人々が急激に力を得ていく。

だが、それは“神々の均衡”を崩す危険な進化でもあった――。

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