第3話 神の嫉妬と、努力の限界値
夜風が冷たい。
街の外れ、小川のほとりで焚き火を囲みながら、俺は今日の出来事を反芻していた。
ギルド登録初日で、まさかのA級相当判定。
受付嬢のフィリアが頬を染めながら「好きです」なんて言ってきたのは……たぶん、気のせいだ。
いや、絶対そうだ。きっと“努力する人を尊敬してます”って意味だろう。
……そうだよな?
薪をひとつくべながら、俺は自分に言い聞かせる。
その瞬間、空気が微かに震えた。
淡い光が夜を照らす。
「……また、会いましたね」
振り返ると、あの銀髪の女神――リュミエルが立っていた。
月明かりの下、彼女の髪は星屑のように輝いている。
昨日よりも、少し機嫌が悪そうに見えた。
「どうしたんだ、女神様」
「“女神様”なんて他人行儀。……リュミエル、って呼んでください」
どこか拗ねたような声。
俺は苦笑した。
「……リュミエル。急に現れて、どうしたんだ?」
「気になって、来ました」
「気に……?」
「今日、あなたが女の子と仲良く話していたから」
……は?
「え、いや、別に仲良くなんて」
「頬を赤くしていました。あの子。『好きです』って言ってました」
まさか、見られてた? いや、女神だし、空から全部見えるんだろうけど。
「ち、違うんだ! あれはたぶん誤解で――」
「誤解でも嫌です」
リュミエルはぷいと顔をそむけた。
まるで人間の少女みたいに頬を膨らませている。
「努力の女神が、嫉妬なんてするのか?」
「……しません。でも、“努力を見守る存在”として、放っておけません」
言葉と裏腹に、声は震えていた。
俺は少しだけ笑ってしまった。
「ありがとう。でも、俺はただ努力してるだけだよ」
「それが、いちばん困るんです」
彼女の瞳が揺れた。
「努力は、誰かを惹きつける光なんですよ。
あなたは、それに気づいていない」
……惹きつける光?
何を言っているんだ、この女神は。
「俺なんて、昨日まで“無能”って笑われてたんだぞ」
「その無能を“努力で覆した”から、光るんです」
彼女は俺の手を取った。
柔らかな光が、指先から流れ込んでくる。
暖かい。けれど、どこか切ない熱だった。
「あなたの努力は、もう人間の限界を超えました。
……それでも、まだ続けるつもりですか?」
「当たり前だ。努力に終わりはない」
「本当に……そうなんですね」
リュミエルは目を伏せた。
次の瞬間、彼女の姿が淡い光となって消える。
残されたのは、夜風と焚き火の音だけ。
胸の奥が妙にざわついて、落ち着かない。
――女神の手、温かかったな。
その翌日、俺のスキルが再び進化した。
〈努力補正:Lv2〉
《努力によって得た効果を、三倍にする》
限界なんて、まだ遠い。
そして、俺の周囲には――
また新たな“勘違いヒロイン”が現れ始める。