第2話 努力の代償と、初めての勘違い
翌朝。
森の中に差し込む光が、やけに眩しかった。
昨夜、女神リュミエルから授かったスキル――〈努力補正〉。
夢じゃない。俺の手のひらには、砕けた岩の欠片がまだ残っている。
「……本当に、俺がやったのか」
信じられない。
だが、現実だ。力が、確かに体の奥から湧いてくる。
腕を握ると、筋肉が応える。剣を振るえば、空気が裂ける。
努力が、形になったんだ。
嬉しさと同時に、胸の奥が熱くなる。
――誰も見ていない場所で積み上げた時間が、無駄じゃなかった。
「これなら……もう誰にも笑われない」
俺は森を抜け、隣町を目指した。
冒険者ギルドで登録して、力を試してみるつもりだった。
◇◇◇
昼過ぎ、グラスベルの街。
王都より少し田舎だが、人々の声と商人の呼び声がにぎやかだ。
ギルドの扉を開けると、喧噪と木の匂いが押し寄せた。
受付嬢の少女が顔を上げ、にっこりと微笑む。
「いらっしゃいませ。冒険者登録ですか?」
「はい。……お願いします」
金色の髪を揺らすその少女は、驚くほど整った顔立ちをしていた。
おそらく俺と同年代。清楚で、けれど芯の通った瞳をしている。
「お名前をお願いします」
「レイン・フォルトです」
名前を告げた瞬間、彼女の表情が少しだけ変わった。
「もしかして、王立学院の……?」
俺は苦笑した。
「はい。無能のレインです」
「……そんな言い方、やめてください」
思わず顔を上げると、彼女の頬がほんのり赤い。
「あなたの努力、知っています。学院にいた頃、毎朝訓練場で見てましたから」
「え……?」
心臓が跳ねた。
まさか、誰かが見ていたなんて。
いつも一人で汗を流していたあの時間を。
「見てたって……どうして」
「朝早く起きて、毎日同じ時間に訓練してる人がいて……最初は不思議で。
でも、その姿が、なんか……かっこよくて」
彼女は視線を逸らし、指先をもじもじと弄ぶ。
「努力する人って、好きなんです。報われてほしいなって……」
……え?
俺は何かの聞き間違いかと思った。
だが、彼女の耳まで真っ赤だ。
これは……もしかして、俺に惚れて――いや、そんなはずはない。
たぶん“尊敬”だ。
努力してる人を応援したいって、そういう意味だ。
――うん、きっとそうだ。
「ありがとうございます。でも、本当にただの落ちこぼれですよ」
「落ちこぼれが、そんな優しい目で笑うわけないです」
……やめてくれ、その台詞は刺さる。
照れくさいのか、気まずいのか分からない。
「レインさん、ステータスカードを作りますね」
彼女が差し出した水晶板に、俺は手をかざした。
光が弾け、文字が浮かぶ。
――ステータス欄の数値を見て、少女が固まった。
「……えっ、攻撃力……こんな数値、見たことありません」
「まさか……壊れてるんじゃ」
「いえ、認証済みです。すごい……」
ギルド内の空気がざわめく。
近くの冒険者が覗き込み、口笛を鳴らした。
「新人がA級並みの数値だと? 何者だよ」
「まぐれだろ」「いや、顔がいいから受付嬢が盛ったんじゃないか?」
勝手なことを言うな。
俺はただ、努力しただけなのに。
けれど、その視線の中に一人だけ、真っ直ぐな眼差しを向ける人がいた。
――受付嬢の少女、フィリア。
「レインさん、きっとあなたは特別です。
努力する人に、女神さまはちゃんと味方するんですね」
女神……
俺は思わずリュミエルの微笑みを思い出した。
まさか、彼女まで女神の関係者とか?
――いやいや、考えすぎだ。
俺は深く息を吸い、笑って答えた。
「ありがとうございます。これからも努力を続けます」
「……その言葉、好きです」
その瞬間、ギルド中の視線がこちらに集中した。
――また、勘違いされている気がする。
俺はただ努力を褒められただけなのに。
でも、不思議と悪い気はしなかった。
こうして、俺の“最初の勘違い”が生まれた。