第11話 努力の炎、王都決戦
視界が真白に染まり、音が消えた。
光の奔流の中に、俺は立っていた。
腕に刻まれたスキルの刻印が焼けるように熱い。
〈努力補正:Lv6〉――その光が脈打つたびに、
胸の奥にあるものが燃え上がる。
「……レイン!」
リュミエルの声が響いた。
彼女の羽が炎に焼かれながらも、必死に俺の手を掴んでいる。
「このままではあなたの体が――」
「いいんだ。俺はもう、逃げない」
炎の向こうで、ルシエルが立っていた。
黒い翼を広げ、周囲に無数の光弾を浮かべる。
「人の努力をもって神を打つとは、傲慢の極みだ」
「傲慢でもいい。
俺は誰のためでもなく、“自分のために”努力してきた」
ルシエルが微笑んだ。
「ならばその意志、秩序に試されよ」
瞬間、光弾が一斉に放たれた。
轟音。
大地が裂け、神殿の柱が崩れる。
リュミエルが結界を展開するが、その光が揺らぐ。
「持たない……!」
「下がれ!」
俺は剣を振り抜いた。
努力補正の炎が剣身を包み、爆発的な衝撃が走る。
光弾が霧散し、衝撃波が王都の空へ抜けた。
市街地の人々がその光を見上げ、祈るように手を組む。
その瞬間、スキルウィンドウが再び弾けた。
〈努力補正:Lv7〉
《他者の努力を共鳴させる。祈りを力に変換する》
胸の奥に、無数の声が流れ込む。
「諦めないで」「あなたの努力が見たい」「一緒に戦う」
それは街の人々の声だった。
祈りでも信仰でもない。
――ただ、努力する者たちの声。
「これが……俺たちの力だ!」
炎が膨れ上がり、剣が黄金色に輝く。
ルシエルが一瞬、目を見開く。
「人間が……世界の意志と繋がった、だと?」
「神が人を導く時代は終わった。
これからは、人が“努力”で道を拓く時代だ!」
剣と剣がぶつかる。
光と闇が弾け、天を裂く。
世界が悲鳴を上げるような音が響いた。
ルシエルの剣が砕け、黒い羽が散る。
「……馬鹿な。努力ごときが、神を……」
「努力“ごとき”じゃない」
俺はゆっくりと剣を下ろした。
「努力は、生きようとする力だ。
お前たちが作った秩序も、最初は誰かの努力でできたはずだろ」
沈黙。
ルシエルが目を伏せ、剣の柄を握りしめた。
「……我らが忘れていたものを、人間が思い出させるとはな」
その身体が光に包まれ、ゆっくりと崩れていく。
「秩序の修復は……お前に託そう、努力の子よ」
光が消えたあと、静寂だけが残った。
リュミエルが膝をつき、涙をこぼす。
「終わった……の?」
「ああ。でも、これは始まりだ」
街の鐘が鳴る。
遠くから歓声が聞こえた。
「勝ったぞ!」「レインが神を倒した!」
――いや、違う。
俺は誰も倒していない。
ただ、“努力の意味”を伝えたかっただけだ。
◇◇◇
数日後、王都の広場には無数の人が集まった。
焦げ跡の残る神殿の前で、俺は一歩前に出る。
「俺の努力は、誰かに誇るためのものじゃない。
誰かの努力も、俺が奪うものじゃない。
努力は、自分の明日を信じるためにある。
それだけでいい。
報われなくても、無駄でも、続けることで世界は少しずつ変わる」
言葉の途中で、風が吹いた。
その風の中で、人々が一斉に頭を下げた。
――誰かのために努力したいと思う心。
それが、世界の新しい“秩序”になっていく。
◇◇◇
その夜。
屋上でひとり、俺は星を見上げた。
隣には、リュミエルの光が淡く揺れている。
「あなたの努力は、世界を変えましたね」
「変わったのは世界じゃない。俺たちの心だ」
リュミエルは微笑んで、小さく頷いた。
「努力の神が生まれる日も、そう遠くないかもしれませんね」
「そんなの、まだ早い」
「でも、あなたならきっと……」
風が吹き、夜空の星が瞬く。
リュミエルの姿が薄れていく。
「どこへ行くんだ?」
「神々の国を、もう一度作り直します。努力の意味を取り戻すために」
光が散る。
その中で、彼女の声が優しく響いた。
「――努力を、続けてください」
空を見上げる。
流星がひとすじ、夜空を渡っていった。
俺は剣を握り、深く息を吸った。
「ああ、これからも努力するさ。
神様にだって、胸を張って言えるようにな」
夜風が頬を撫でる。
その感触が、どこか懐かしく、優しかった。