第1話 追放の日
「――レイン・フォルト。お前のような無能を、これ以上学院に置いておくわけにはいかない」
その言葉が、俺の人生を変えた。
王立魔導学院の大講堂。
教師や貴族子弟たちが見守る中で、俺は「退学処分」を言い渡された。
ざわめきの渦。誰かが「当然だ」と笑った。
俺には、スキルがない。
この世界では、生まれた瞬間に授かる「加護」や「才能」が人生を決める。
火を操る者もいれば、風を呼ぶ者もいる。
だが、俺のステータス欄には、何も表示されなかった。
〈スキル:なし〉
それが、俺のすべてだった。
剣術訓練では最下位。魔力測定では最低値。
努力しても結果は出ず、貴族たちは俺を「無能フォルト」と呼んで嘲った。
それでも、俺は諦めなかった。
夜明け前に起き、誰もいない校庭で素振りを千回。
詠唱を百回。腕立てを二百回。
日が暮れるまで反復練習を続けた。
成果がなくても、積み重ねることだけはやめなかった。
だが、努力は笑われるだけだった。
「才能のない奴が何をしても無駄だ」
「汗の匂いしかしない男に、誰がついてくるか」
……分かっていた。
俺は誰より弱く、誰より遅かった。
それでも、努力だけは誰にも負けたくなかった。
そして今日。
学院長の冷たい声で、俺の居場所は正式に消えた。
「……わかりました。お世話になりました」
そう言って深く頭を下げた俺に、誰も返事はしなかった。
校門を出た瞬間、背中に笑い声が降ってくる。
「無能が一人減ってせいせいするな!」
「掃除の雑用係でもやってろ!」
俺は拳を握りしめたが、振り返らなかった。
夕暮れの街を抜け、郊外の荒野へと歩き続ける。
行くあてもない。
けれど、歩く足は止まらなかった。
その夜、森の奥で、俺は古びた石碑を見つけた。
苔むした表面には、かすれた文字が刻まれている。
――“努力を積む者に祝福を”。
瞬間、石碑が淡く光り、空気が震えた。
地面から立ち上る光の柱の中に、白い少女が現れる。
長い銀髪に、夜空のような瞳。まるで夢のような存在だった。
「……誰?」
思わず問いかけると、少女は微笑んだ。
「我が名はリュミエル。努力の女神です」
女神――? 俺は目を見開いた。
「あなた、毎日努力していましたね。誰も見ていなくても、誰も褒めなくても。
――だから、あなたにスキルを授けます」
眩い光が俺を包む。
視界の端に、久しく見なかったステータスウィンドウが現れた。
〈隠しスキル:努力補正〉
説明欄には、こう記されていた。
《努力によって得られたすべての行為の効果を、倍化させる》
……倍化、だと?
思わず拳を握る。
その瞬間、風が裂け、拳が岩を砕いた。
「な……なんだ、これ……?」
俺の努力が、報われた。
いや、“努力そのもの”が、力になったんだ。
涙がこみあげた。
誰にも認められなかった努力が、ようやく報われた。
「ありがとう、女神様……」
するとリュミエルは微笑み、ふわりと頬を染めた。
「お礼なんて、いいですよ。……あなたが努力する姿、ずっと見ていましたから」
――その日を境に、俺の“勘違いハーレム”は始まった。