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時の流れは人それぞれだと言うけれど①

管理人の日常

「戻ってきたら約ひと月経ってたとかほんと何の冗談ですか…。私の…私の夏休みが……。」


自分のデスクに突っ伏したままギカが唸っている。机上のカレンダーはひと月前、艶やかな夏の絵柄のままだ。吹き出しを書き足されたスイカが、「夏だ!」と叫んでいる。


「そもそもないでしょ夏休み。てか、突然消えた同僚の代わりに誰が書類捌いてたと思ってんの。」


シクシクと泣くギカを横目に、山となった書類を運びながらラメキが淡々とした口調で答えた。


「連絡してもなんの音沙汰もないし…。一体どこに行ってたのよ。」


普段温厚なラメキだが、これは流石に怒っている…。

空気を察したギカが涙目で顔を上げた。


「まさか1ヶ月も経ってるなんて思わなかったんですよう!多めに見積もっても1日でしたよう?!」

「はいはい、1日しか経ってないほど充実した日々だったと…。」


流すような返答をしたラメキだったが、ギカは無言のまま再びデスクに突っ伏した。その場に流れた沈黙ののち、ラメキが静かに声を上げた。


「…えっ。ほんとにそうなの…?」


先ほどの淡々とした口調とは打って変わり、心配そうにギカの方を向く。

ギカは突っ伏したままうんうんと頷いた。


「朝出発して、日が落ちる頃には帰ってきましたよう。そしたら約ひと月経ってるし、デスクの上は書類で山積みだしで、もう何が何だか…。」

「なるほどこれがリアル浦島太郎か…いや花子か…?」


ギカは突っ込む気力もないようで、もはや顔だけをデスクに乗せ全身脱力していた。


「つまり時間感覚がこちらと違う系世界って事だよね。でも通知は?返事のひとつでもあったら状況も理解できたよ。」

「めちゃくちゃ鳴るんでスパムかと思ってミュートにしてました…。」

「なるほど…そうゆう感じなんだ…。」


異界(我々の住む世界とは異なる世界)には、それぞれの環境や常識がある事が多い。

ラメキはかつて読んだ時間感覚の異なる異界についての資料を思い出していた。確かじゃあねの法則…いや、ジャネだったか…?の説明があったような記憶が…あるようなないような…。


ギカの主張とこちらの世界の経過時間を考慮すると、12時間程度で約720時間分ということになる。

そのまま通信が可能となると1時間で約3日分の通知がくる換算になる訳だ。一体どれだけ通知が鳴っていたのだろう…私でもミュートにする気がする。


ラメキはやれやれと肩をすくめると、もはやデスクにめり込む勢いのギカの頭を撫でた。


「でも、なんかすごい物理的な感じなんだね。気づいたら時間経ってたーとかそんな感じじゃないんだ?」

「それ私も思いましたよう。結果的にそういう体感になっちゃってますけど、なんかタイムスリップ経験したような…時差ボケしてるような…拍子抜けのような…。」


ラメキの慰め(頭なでなで)で少し復活したギカが体勢を持ち直し顔を上げた。


「一緒に行った室長が平然と帰るから、私も今日出勤するまで気づかなかったんですよう…。さっき会った時も通常運転過ぎてなんだこいつ案件です…!私の夏を返せ!!」


段々と腹が立ってきたのか、ギカは拳を握りしめ天井に向かって突き上げる。

状況的に何らかの補填はありそうだが、恐らくギカが憤慨している理由は夏をエンジョイできなかったという点だろう。


といってもいつもとそんなに変わらない日常だったと思うが、手に入れられなかったものはついつい美化しがちというのが人のサガ…。

今度夏っぽいことでもしてあげますかね、とラメキは再び肩をすくめるとくすっと笑った。ひとまずいつものギカに戻ったようで何よりだ。


「そうと決まれば、早速夏を返して貰いにいきますよう!」

「うん、夏をね。………うん?」


夏っぽいことって何かしらと考えていたラメキは何となく返事をしてしまった。が、え、どういう意気込み??


「てってーてきに返して貰いますよう!丸々です!被害申請です!」

「えっ。あっ、休暇申請かな?」

「いえ、夏です。」

「夏…。」


ギカのいい事思いついたと言わんばかりのドヤ顔を前に、ラメキは訳が分からないといった様子で思考を巡らせた。

ここが()()()()()()なら、これはただの冗談で気持ちの問題だ。夏っぽいことしたいとか、例えばみんなでバーベキューしたいとか、なんかそんなことのあれだ。


しかし、ここは異界門の真横。

常識など世界の数だけある。

そしてギカのこの自信、これは……。


「完っ全にフラグですね………。」

「?」


ラメキは皺を寄せた眉間に手を当てて呟いた。

面倒事の気配しかしない。


しかしギカの機嫌はほとんど直ったようだ。まあずっと落ち込まれているよりいいか。


「休暇はいいけど、今度はちゃんと申請してから行ってきてよ?」


仕方ないな、という顔でため息混じりに微笑んだラメキに、ギカはキョトンとした顔を向けた。


「何言ってるんですか?ラメキも行くんですよう?」

「え?」


ぐいっとラメキの腕を掴むと、ギカは楽しそうに声を上げた。


「さあさー!夏休みにしゅっぱーつ!」

「ええええ?!」


引きずられるようにしてラメキはギカと共に部屋を後にしたのであった。

さて、夏は無事返却されるのか…?!

というか夏の返却ってなに…。

次回に続く。

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