可哀想と美味しいは最大のジレンマ ①
管理人の日常
「ああぁ〜〜。ディアサンド売り切れでしたよう…。」
しょもしょもとしょげながら、大きな紙袋を抱えたギカが切なそうな声を上げた。
「大人気だもんねぇあのサンド。あの時間じゃもう売り切れてるかぁ。」
結局あの後、休憩に入った技術課職員達も含めたお茶会が始まり、2人が部屋を後にしたのは昼休みが終わる直前であった。
まあ、遅くなったのは次々と出てくるクッキーやケーキやらに当の本人が釣られたからなのであるが…。
「次こそは勝ち取ってやりますよう…!!!」
そんなに買ったならもういいんじゃないかな、と、ギカの抱えた袋を見てラメキは思ったが、視線を前に戻し見なかったことにしたようだ。
「そうだね。応援してるよ!」
「うん!!!」
うおおおと気合いを入れ拳を握っていたギカだったが、「あ。」とふと何かを思い出したようにラメキの方を向いた。
「今からあの炎上王子んとこ行くんだよね?私も行っていい?」
「いいけど、担当してる方はいいの?」
「ナノサンね、色々準備が必要みたいでも少しかかるみたいなんだよう。」
そういえばさっき技術課職員間でも議論が起きてそうな感じだったな、と、ラメキは思い返していた。
「あいつが来てるってことは…あのちびちゃんたちも…ふふ…。」
「?」
不穏な笑みを浮かべたギカを見てラメキは少し不思議そうな顔をした後、……いつものスルースキルを発動して微笑んだのであった。
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場所は変わって待合室。失礼します、と中に入ると、癖のあるオレンジの髪に、まるで炎を宿したような瞳の色をした体格のいい青年が「よ。」と手を挙げた。
「お待たせしてすみません。こちらご説明した薬剤になります。」
黒いレザーのような手袋をつけた手で薬剤一式を受け取ると、青年は「ありがとな。」と朗らかな声で答えた。
手袋と同素材と思われる全身を覆う黒いコートを着ていることもあり、鮮やかな髪が溶岩を彷彿とさせる。肩まで垂れるその髪はまるで生き物のように波打ち、毛先から時折ぽたりと滴る雫は、床の上に落ちると黒く変色し岩のように変わっていく。
見るからにその物体が高温であることが分かるが、彼が座っている椅子もテーブルも焼け焦げた様子はなかった。
一見少し豪華なただの個室であるが、異界からの来訪者用に作られた特殊な部屋なのだ。
「おー!ギカ!久しぶりだな!」
ラメキの後ろにいたギカに気づいた彼は、嬉しそうな声を上げた。
「どの宮殿にするか考えてくれたか?どれも流行を取り入れた俺様のイチオシだぜ!」
「流行を取り入れない方向でお願いしますです。」
紙袋を抱えたままのギカがため息混じりに答えると、彼は「え〜。」と困ったように頭を掻いた。ボタボタと落ちる雫が床の上に黒い塊を増やす。
「まずは薬剤を塗布していただけますと幸いです。」
「あっ。ハイ。スミマセン…。」
にっこりと微笑むラメキの圧を察したのか、彼は大人しく櫛を手に取り作業を始めた。手袋を外し薬瓶の中身を手に取ると、おもむろに髪に馴染ませ櫛で梳かしていく。ジュウウと音を立て薬剤が蒸気と化していく様子から、かなりの高温なのが見て取れる。
「お手伝いができず申し訳ないですが、できるだけ丁寧にお願いします。」
気にするな、とラメキに微笑むと、彼は少しのけぞってギカの方に視線を送る。
「ギカ〜〜暇なら手伝ってくれよ。」
「恐れながら今は食べ損ねた昼食を食べるのにスーパー多忙中なのですよう。」
ギカは抱えてきた紙袋からパンやら果物やらを取り出し頬張っているところだった。スマホを片手にモゴモゴと口を動かしている。
彼は「ちぇ。」と残念そうに呟くと、正面に向き直り作業の続きを始めた。ギカの食い意地については理解しているようだ。
「そいえば今日はあのおちびちゃん達いないのです?」
「あー、あいつら?そろそろ目が覚める頃だと思うけど…。」
やったあ!と目を輝かせるギカに対し、ラメキは不思議そうに首を傾げた。
「あの、おちびちゃん達とは…。」
ドーーーーーン!!!!
ラメキの質問を遮るようにして、周囲に大きな音と地鳴りが響き渡った。
「キャッ!えっ。なに!なに?!?!」
「なんだあ?!」
「……!!」
ギカは齧りかけていたりんごを落とすと、短い悲鳴を上げキョロキョロと周りを見渡した。髪を梳いていた彼も手を止め、あたりを見渡している。
ラメキは咄嗟に身構え、無言のまま耳を澄ましていたようだったが、音の発生源を突き止めたのか静かに声を上げた。
「……食堂の方ですね。」
窓を覗くと、カフェスペース横からもくもくと煙が上がっていた。
②へ続く…!