78:貴族ママぁ……!
「行ってしまいましたね。」
プレアデス……彼は一回決めてしまえば止める間もなく次々と決めて行ってしまう。
彼を見ていて分かったことがあります。
以前とは少し彼の見方が変わりました。
彼はクルマに全ての情熱を注いでいるだけじゃない。
非常に仲間想いな方。
自分を捨ててでも他のために尽くす心。
こんな人なら恋焦がれる人が居たのじゃないかしら。
彼の前世に。
少なくとも今はそんな人はいないようですけど。
けど、前世だと実は天然の女たらしだったのかもしれませんね。
”そういうこと”には無頓着ですからね。彼は。
「……そういえば。」
私はすっかり冷めたコーヒーを小さく振るい水面の揺らぎを楽しみながら口に含む。
「私は、彼の過去を知らない。」
せいぜい知ってるのはフクダ平志。彼の親友だということ。
平志、彼の過去はこの世界に来てからなら知っている。
……そういえば。
「いつ来たのか、どうやって来たのかすら知らないわね。」
心の中を扉を半開きにして見せているように見える彼は、隠したいものを扉の裏に隠したまま。
結局彼の本当の姿はまだ隠されている。
彼はきっと人との間合いの取り方を熟知している。
……いえ、違いますね。
彼は、私たちの手を引っ張って親しみやすい領域へずいずいと引っ張る。
彼の愉快なあだ名によって。
「ほんとに、不思議な人。」
自らの領域に引っ張ってきているのにそれに気づかされない、不快感を覚えない。それどころかとても自然。
不自然であったとしてもまるでそれが自然のようにするりと懐に入ってくる。
不快感を全く与えずに。
「過去を語らない理由でもあるのでしょうか。」
それに、本当の名前すら知らない。
「もっと。彼のことを知りたいわよね。」
探らせても何にも大した情報は出てこない。革新的な者ならなおさら。
好きな食べ物、趣味、嗜好。
分かるのはそれくらい。
過去のことなんて全く喋らない。
ちょこっとそれをたまに口に出すか出さないか。その程度。
「プレアデスについて考えるのはいったんおしまい。」
せっかくコーヒーが目の前にあるんですもの。愉しんで飲まないと損というものよ。
冷めたコーヒーというのもアリじゃない。
「淑女は紅茶を楽しむべし……ね。」
残念だけど、私は普通が嫌いなの。
淑女っていうしがらみに捕らわれるのは面倒くさいじゃない。
それなら私は淑女をしないわ。
だって、私はもう子どももいるし、あんなひらひらした服に興味は無いわ。
私は公の場だとひらひらした服を着ているけど、普段は男性と似たような服を着ているし、そっちの方が気が楽だわ。
「あら、コーヒーがなくなってしまったわね。それじゃあ、もう少し仕事を頑張りますかね。」
休憩はおしまい。
仕事をしなくちゃいけないわね。
私は身体を伸ばし、上着を椅子に掛けると仕事にもう一度取り掛かる。
自然と頭がすっきりした。
彼は彼で、謎なままでいいじゃない。
それも彼の魅力の一つよ。




