32:先輩が、死んだ。
先輩が豪雨の中インプレッサに乗ってから一日たっても帰ってくることはなかった。
「先輩……。」
不安な気持ちが私の胸の中で張りつめていた。
「ダメ……先輩が死んじゃう…!」
そう思った私はすぐさまRX-8のエンジンをかける。
FRの8ではスピンして事故るかもしれない。
いてもたってもいられない。
私は、暖気を待つことすらできず、ガレージから飛び出した。
嫌な予感が今の私を支配していた。
何か……何か……先輩の生命に関わる事が起こるような気がする。
「何事も……ありませんように。」
私は、サイクルサーキットに来た。
中に入ろうとすると係員が止めに来た。
「ちょいちょいちょい!何やってるんですか!?」
「さっきインプレッサが入りませんでしたか?」
「インプレッサ?……そういえばさっき1台入っていったな。ただ、ものすごい自信でな。熱量に負けて入れちまった。」
「……!」
「だが嬢ちゃんはあの兄ちゃんと比べて確実に事故るだろう?」
「なんでッ……!」
「嬢ちゃんだからって訳じゃない。他の奴でも事故るだろう。嬢ちゃんの車は後輪駆動。こんな豪雨の中で走ればスピンして事故る。」
「私はそんな速度は出しません!私は、そのインプレッサに乗っている先輩が心配で……!」
「あの兄ちゃんか……」
「隣に乗っても構いません!」
「そ……そうかぁ……」
RX-8は慎重に走り、最悪なものを見つけてしまった。
「おい……嬢ちゃん。あれを見てくれ……!」
係員がコーナーを指さす。
「まさか……」
そう、一か所だけガードレールが折れて無くなっている箇所があった。
「まさかっ!?」
コーナーをでRX-8を止め、雨に打たれることも顧みず、飛び出して覗き込む。
そして、そこにあったのはぐしゃぐしゃのインプレッサ。
先輩の、青い……インプレッサ。
「先輩……、先輩……!先輩ぃぃぃぃぃぃぃ!」
崖から見下ろした私の慟哭は遠くまで響き渡っていたのだった。
「兄ちゃん……クソッ!俺がもっと強く止めていれば……ッ!」
呆然と彼らはその現場を見るしかなかった
「…警察を呼んで!」
「普通、救急車じゃないか?」
「崖から落ちてるのよ!?どうやって搬送するの!?まずは車を吊り上げないと!」
「そう……だな。そうだな!」
係員はその気迫に気圧されてまず警察、その次に救急車を呼んだ。
その後のことはもう覚えてない。
吊り上げられたインプレッサの中に先輩はいた。
しかし、そこに既に来ていた医師は既に亡くなっていることを伝えた。
仕方もない。事故でボコボコになったインプレッサのハンドルシャフトが胸に深々と突き刺さっていたから。
それ以前に折れた木が車内を破壊し尽くしており、その過程で前に突き出された先輩の目の前にあったドライブシャフトが刺さったのが死因と判明した。
「先輩……。私は……私は。先輩を忘れて生きていけません。」
箱の目の前で私は墓石にしがみつきながら泣いて言った。
「けど、先輩は言ってましたよね。」
「絶対に自ら命を絶つな。クルマを置いて身勝手な理由で逝くなって。」
「私、RX-8を置いて逝けません。RX-8と身勝手な理由で心中もしません。ただ、心に忘れず、先輩の工場を継ぎます。継がせてください……!それが、あの日先輩を止められなかった私の贖罪です。」
ハンドルシャフトってあれです。クルマのハンドルにそのままつながってるシャフトなんですけど、それがぶっ刺さりました。




