精々、夢に踊って慣れなさい
カミサマが暇になってから、小1時間。
「ハァ。今回も、ハズレかな?」
アストラはため息を吐いた。
ー罪人の猛攻を避けながら。
「どうして、毎回こうなるのかな…。ワタシって完璧すぎて、よく嫉妬されちゃうんだよね。」
「そのまま、そのうさ耳を引きちぎってやるよ。」
「ヒィッ!」
キャワイイメイド姿の少女は、大変ご立腹であった。
「お前。アレは『チュートリアル』だって言ったよなぁ?ふざけんな。あんなの、ゲームだとエキストラモードだろ?!」
…相当口が悪くなっている。しかし、それも仕方のないことだろう。何故なら、彼女が「先程」行ってきた世界はとんでもなく過酷だったからだ。
「そもそも!チュートリアルで年月が分からなくなるくらい時間をかける馬鹿なんていないわ。完走しても忘れるだろうがっ。」
目を血走らせてアストラを睨みつける。
「まあまあ。落ち着きなさいな。弁明しようにも、この状況だと話せないだろう?」
アストラは必死に彼女を宥めようとするが、逆効果だったらしい。攻撃がより強力になった。
遂に、彼女が放った内の一撃がアストラの顔面にヒット…したのだが、違和感を感じたのはアストラではなく彼女の方だった。
(う、腕が。離れない…?)
メイドが放った拳が元の居場所に返ってくることはなかった。気がつくと、彼女の腕はアストラに吸収されていた。
「え?えっ?」
「アレェ。生命体って突然すぎると脳の処理が間に合わないんだっけ。ごめんね〜。」
今まで人間アピールをしていたこともあり、それはより奇怪な現象に思えた。それにしても、痛みよりも気持ち悪さが勝ってしまっているのは脳が混乱しているからだろうか。
行き場を失った腕のあった場所とその接続部分は静かに下す他なかった。彼女が大人しくなったので、アストラは大層ご機嫌になった。
「やったね。結局、人間を支配するには圧倒的な力が要るらしい。勉強になったよ。」
ニコリと笑うアストラは、どことなく不気味である。そこで、メイドは思い出した。ここは人間の常識が通じない空間だということを。
「そうそう。1つ、謝らなければならないことがあるんだよ。君の名前を決めてなかった☆」
それって、相当深刻な問題な気がする。今、目の前のカミサマは「名前を決める」と言った。つまり、記憶喪失前の名前はー。
「教えてあーげない。」
コイツっ…!!
「やっぱり、殴ってもいいデスカ?」
「ヤメテクダサイ。」
これでは、どちらが管理者なんだか。アストラは気を取り直して咳払いをする。
「さて。君の名前なんだけど。君の名前は、『リンネミカ』ね!可愛いでしょう?」
名前を付けることの定義は様々であるが、ファンタジーの世界での「名付け」は主従契約の行為だった気がする。…忘れよう。
「リンネ・ミカ…。なんか、輪廻転生と天使ミカエルから取った感じ?」
薄目でアストラを見つめると、アストラはそっと目を逸らした。
「いや、だって…。名付けしすぎて、もうネタ切れ寸前なんだもん。逆に今まで被ってないことに感謝してほしいぐらいだよ。」
アストラのネーミングセンスに呆れることとなったリンネだった。
▲▲▲▲▲
「戻って来たんだ?おかえり。」
「…え?」
リンネは混乱した。先程までアストラに仕返しをしようと必死になっていたはずなのに。
「な、なんで…?」
服装はメイド服のままだった。
「なんでって。君が戻ってきてくれたんじゃないか。死んでしまったかと思ってヒヤヒヤしたよ。」
男はニコリと笑う。男は血まみれだった。おまけに冷たい風まで吹くものだから、メイドの寒気は止まらない。
「いやあ。ビックリしちゃったなあ。あの家のメイドさんがこんなことで死ぬなんて、あり得ないもんね?」
その瞬間、アストラと再会するまでの出来事が頭の中で一気に想起された。
「あ…ああああぁぁあああ!!!」
半ば無理矢理頭の中を抜き出された痛みがまだ残っている。メイドなんて精々家の雑用(酷かったらパワハラかセクハラをされる)だけなんて考えていた自分を殴りたい。
アストラの用意したメイドというのは、俗に言う「戦闘メイド」だったのだ。「戦闘メイド」と言っても、漫画で見るような強くてかっこいい存在ではない。
何せ、リンネには戦闘経験がないらしい。雇い主に会った翌日に激戦区の中心地に送られた彼女は、恐怖と疲労のあまり動けなかった。銃弾が目を掠め、矢が胸に刺さり。死んだと思っても蘇って、また別の家へ送られる。捕まったら拷問紛いのことをされる。それらは、何も知らない彼女の精神を抉るには十分な出来事だったわけで。
力なく膝から崩れ落ちることしか出来なかったメイドを支えたのは、皮肉なことにメイドを遊びで壊した張本人だった。
「君、捨てられたんだね。ああ、心を痛める必要はないよ。だって、言っただろ?」
嫌だ。聞きたくない。
しかし、彼女に彼を止める余力は既に残されていなかった。それを慰めるように、敵兵は今日もメイドを可愛がる。
「痛みは愛の証なんだって。」
彼はもう一度だけ、世間にお見せできる笑顔をした後に無加工のダイヤモンドを取り出した。
「安心してくれ!殺すつもりはないよ。捕虜として、働いてもらわなくちゃならないからね。」
永遠に。
リンネにとっては、それは地獄の終わりを壊されることと同義であった。
▲▲▲▲▲
「えーっ。どうして、この先を見せてくれないの?」
水晶玉を覗くのを止めたアストラは、いささか不服そうな顔をして頬を膨らませた。
「…教育上よろしくないから?そんなんじゃ、同じ歴史を繰り返すだけじゃないか。それに「教育上」なんて、今更気にかけることかねぇ?御上様。」
心底冷たい目で誰もいない空間をただ見つめていた彼女だったが、生産性のないやりとりに意味を見出せなかったようだ。何処となく取り出した椅子にふんぞりかえり、もう一度水晶玉を見つめる。
「…ちゅーとりある?何それ。そんなものがあるわけないじゃない!人生は、毎日が本番。やり直しなんて出来ない。」
神は、曖昧な存在だ。存在し続けるためには自分達を創造してくれる生命体に認知され続けなくてはならない。しかし、神に生命体の機能は備わっていないので存在したい欲求はない。
要するに、何処かの誰かが気づかないうちに勝手に生み出し続けているナニカにすぎないのだ。
「…あのニンゲンにとっては、ある意味今は夢の中にいる気分だろうよ。自覚はしてないと思うけどさ。なんと言うか、真実を知るよりも都合の良い嘘で我々を恨んでる方が気持ちがいいって感じ?」
しかし、長く存在し続けた神たちは、次第に人間の心情を理解し始めていた。理解だけでは意味がないことは言うまでもないが。
「…え?どんなのだったか知りたい、って?嫌だね。だって、これは『チュートリアル』なんだろ。プレイヤー以外はチュートリアルなんて見ないでしょ?」
お前らもな…と、また何も無い空間を指差す。アストラって、かなり変なやつだと思う。全く。最近出来上がる神様は変態ばかりで参っちゃうね。
「残念だけど上様。やっぱり、今回もハズレだったね。ただ…いつもとは違うハズレだ。」
なんとなく頭を垂れた彼女の顔には、形容し難い笑みが浮かんでいた。




