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第六話

 静かな午後、鬼塚探偵事務所の窓から柔らかい陽光が差し込んでいた。


 蓮司はデスクに座り、古い資料をめくりながらコーヒーを飲んでいる。里沙はパソコンに向かい、依頼の整理をしていた。


「最近、またちょっと平和すぎません?」里沙がぼやく。


「依頼がないなら、それに越したことはない」蓮司は煙草を咥えながら肩をすくめる。「だが、そういう時に限って厄介な案件が舞い込んでくるもんだ」


 その言葉が終わるか終わらないかのうちに──事務所のドアがノックされた。


「ほらな」蓮司が苦笑しながら立ち上がる。


「ようこそ、鬼塚探偵事務所へ」里沙がドアを開けると、そこには一人の若い女性が立っていた。


 依頼人は二十代前半と思しき女性。肩まで伸びた黒髪に、端正な顔立ちを持つが、何か怯えたような表情を浮かべていた。


「す、すみません……こちら、鬼塚探偵事務所さんですよね……」


 女性は少し戸惑いながら、事務所の中を見渡した。


「はい。どうぞ、お入りください」里沙は優しく微笑み、ソファに案内する。


「ありがとうございます……」女性はおずおずと中に入り、ソファに腰を下ろした。


「私が所長の鬼塚蓮司です。こっちはアシスタントの本間里沙」蓮司が椅子に腰掛けながら名乗る。


「よろしくお願いします」里沙も丁寧に頷く。


「それで、依頼の内容は?」蓮司がストレートに話を促した。


 女性は少し緊張しながら、自分の手をぎゅっと握りしめた後、静かに口を開いた。


「……私、宮原美咲と言います」


「宮原さんですね。よろしくお願いします」里沙がメモを取りながら答える。


 美咲は息を整え、震える声で続けた。


「実は……最近、誰かに見られている気がするんです」


「……ほう?」蓮司が煙草を咥えたまま目を細める。


「見られている?」里沙が尋ねる。「ストーカーとか?」


「いえ……そういうのとは違って……」美咲は首を振る。「何か……もっと違うものなんです」


「詳しく聞かせてもらいましょう」蓮司は腕を組んだ。


 美咲の話によると、最近、自分の部屋の中で奇妙なことが起こっているという。


 夜中に誰もいないはずの部屋の隅に人の気配を感じる。


 鏡を見ると、一瞬、背後に"誰か"が映っているような気がする。

 

 寝ている間に、誰かが耳元で囁くような感覚がする──しかし、起きると誰もいない。


 スマホで撮った写真に、知らない"手"が写り込んでいる。


「……これって、ストーカーじゃないですよね?」美咲が不安そうに呟く。


「……そうだな」蓮司は重い沈黙の後、言葉を発した。「それは……霊的なものの可能性が高い」


 美咲の顔が青ざめる。「やっぱり……」


「ところで、美咲さん」里沙が慎重に尋ねる。「これらの現象が起こり始めたのは、何か特定の出来事の後じゃないですか?」


 美咲は一瞬、考え込むように俯いた。そして、ゆっくりと顔を上げる。


「……そういえば、一ヶ月前、私、ある古い家を訪ねたんです」


「古い家?」蓮司の目が鋭くなる。


「ええ……友達と一緒に、ちょっとした肝試しみたいな感じで……。街の外れに、"呪われた家"って噂されている廃屋があって」


「まさか……そこで何かを持ち帰ったとか?」里沙が察する。


 美咲はビクッとし、「……はい……」と震えた声で答えた。「家の中にあった、古い鏡を……」


 蓮司と里沙の表情が一変した。


「それだ」蓮司は確信を持って言い切る。


「その鏡、今どこにありますか?」里沙がすぐに質問を投げかける。


「部屋に……私の部屋にあります」美咲は怯えながら答えた。「でも……最近、その鏡が……おかしいんです」


「おかしい?」蓮司が聞き返す。


「最初は普通だったんです。でも、最近になって、夜中にふと目を覚ますと、鏡の中の私が、"私じゃない表情"をしているんです……」


 蓮司は深く息を吐いた。「それは……もう完全にヤバいやつだ」


 里沙も顔を引き締め、「蓮司さん、すぐに美咲さんの部屋を調査しましょう」と提案した。


「だな」蓮司は椅子から立ち上がり、コートを羽織った。「宮原さん、これからすぐに案内してもらう。もう時間がないかもしれない」


 美咲は不安そうに頷きながら、「はい……お願いします」と小さく呟いた。


 こうして、鬼塚探偵事務所にまた新たな依頼が持ち込まれた。


 蓮司と里沙は、美咲の部屋に残る"呪われた鏡"の正体を突き止めるため、現場へと向かう──。



 夜、宮原美咲のマンション前。


 蓮司、里沙、美咲の三人は、静かな住宅街の一角にあるマンションの前に立っていた。


 外はすでに日が暮れ、街灯の光がアスファルトを淡く照らしている。


「ここが……私の部屋です」


 美咲は震える声で呟きながら、震える手で鍵を取り出した。


「この時間帯、ほかの住人に怪しまれないように気をつけよう」蓮司は周囲を一瞥しながら低く言った。


「了解です」里沙も慎重に頷く。


 美咲が鍵を回し、扉をゆっくりと開けると、室内からひんやりとした空気が流れ込んできた。


「……ん?」


 蓮司はその冷気に違和感を覚えた。「エアコンはつけてないんですよね?」


「はい……今日は仕事で外に出ていたので……」美咲は不安そうに答えた。


 蓮司と里沙は互いに目を合わせ、無言で部屋の中へと足を踏み入れた。


 美咲の部屋は、整理整頓が行き届いたシンプルな空間だった。


 だが、どこか居心地の悪さを感じさせる冷たさが漂っている。


「問題の鏡はどこにありますかる?」


 蓮司が問うと、美咲はゆっくりと部屋の奥を指差した。


「……あそこに」


 指し示した先に、古びた鏡が静かに置かれていた。


 鏡は高さ約1メートルほどのスタンドミラーで、縁には古めかしい模様が彫られている。


 しかし、鏡面は妙に歪んでおり、まるで"何か"が奥に潜んでいるように見えた。


「……これは、ただの鏡じゃないな」


 蓮司は近づき、鏡の前で手をかざす。


「どう見ても"呪物"ですね……」里沙も慎重に鏡を観察する。「普通の鏡と違って、奥が不自然に暗く感じます」


「……そもそも、この鏡を持ち帰ったのはいつでした?」蓮司が美咲に尋ねる。


「一ヶ月前です。あの古い家で見つけて……なんとなく、綺麗だったから……」


 美咲は声を震わせながら答えた。


「それが原因で、奇妙な現象が始まった、と」


 蓮司は腕を組み、静かに鏡を睨みつける。「さて、どうするか……」


 ──その時だった。


 ギィ……


 部屋の隅で、家具が微かに軋む音がした。


「……?」


 蓮司と里沙は同時にそちらを向く。

「な、何の音……?」美咲が怯えた声を上げる。


 ギ……ギギ……ギィ……


 音はだんだんと大きくなり、まるで"誰か"がそこにいるかのように部屋の空気が重くなる。


「蓮司さん、来ます!」


 里沙が警戒を強める。


 蓮司は無言で手を上げ、結界を張るための呪符を準備する。


 そして──鏡の中が、ゆっくりと"変化"した。


 鏡の中の"美咲"が、微笑んでいる。


「……っ!!!」


 美咲は息を呑んだ。


 本来の美咲は怯えた表情をしていたはずなのに、鏡の中の美咲は不気味な笑顔を浮かべていた。


「……やっぱりな」


 蓮司は低く呟いた。


「まさか……」


 里沙が眉をひそめる。


「この鏡……"向こう側"と繋がってやがる」


 蓮司は呪符を鏡に向けて放った。


 バチッ!!


 だが、呪符が鏡に触れた瞬間、鏡面が黒い霧を纏い、呪符を弾き飛ばした。


「くっ……!」


 里沙が驚く。


「こいつは普通の封印じゃダメか……!」


 蓮司は身構えながら、鏡の前に立つ。


 ──その瞬間、鏡の中の"美咲"が、"こちら側"に手を伸ばした。


「きゃっ……!!」


 美咲が悲鳴を上げる。


 鏡の中から、無数の手が飛び出してくる。


「来るぞ!」


 蓮司が叫び、霊的な結界を即座に展開する。


 ガンッ!!


 黒い手が蓮司の結界に叩きつけられ、部屋中に不気味な音が響いた。


「……こいつは、普通の霊じゃねぇな」


 蓮司は鋭い目つきで鏡を睨む。


「何か、"別の存在"が憑いてます!」里沙が呪符を取り出す。


「美咲さん、後ろに下がってろ!」


 蓮司が叫ぶ。


 美咲は震えながらも、蓮司の後ろに隠れるように下がる。


 その時──


「お前は……私だ……」


 鏡の中の"美咲"が、まるで本人に語りかけるように囁いた。


「違う……違う!! 私はお前なんかじゃない!!」


 美咲が恐怖に満ちた声で叫ぶ。


「お前は私のものだ……」


 次の瞬間──


 黒い影が鏡から飛び出し、美咲の体に襲いかかる。


「くそっ!!!」


 蓮司は瞬時に呪符を構え、美咲の前に立ちはだかった。


「霊的障壁、展開!!」


 蓮司が呪符を広げると、黄金の光の結界が生まれ、黒い影を弾き飛ばす。


「ぐぁああああ!!」


 影が悲鳴を上げ、鏡の中に後退する。


「蓮司さん! 今のうちに封印を!!」


 里沙が叫ぶ。


「分かってる!!」


 蓮司は呪符を鏡の四隅に叩きつけ、最後の一枚を中央に刻み込んだ。


「この場に縛りし者よ、現世より去れ!!!」


 蓮司の声とともに、鏡が激しく震え──


 ──バキィィィン!!!


 鏡は砕け散った。


 黒い霧が消え、室内は再び静寂に包まれる。


「……終わりましたか……?」


 里沙が息を整えながら尋ねる。


「……ああ」


 蓮司は砕けた鏡を見下ろしながら、静かに呟いた。


 美咲は震えながらも、涙を流しながら安堵の表情を浮かべた。


「……本当に、ありがとうございました……!」


 こうして、呪われた鏡の事件は解決を迎えた──。


 しかし、この事件にはまだ"真の黒幕"が潜んでいることを、蓮司たちはまだ知らなかった……。



 宮原美咲の部屋で呪いの鏡を破壊し、黒い霊を封じた後も、鬼塚蓮司はまだ違和感を拭えずにいた。


 確かに鏡を砕き、霊的な存在を祓ったはずだが……妙な感覚が残っている。


「……蓮司さん?」


 里沙が不安そうに声をかける。


「……まだ何かある」


 蓮司は鏡の破片をじっと見つめた。「終わったはずなのに、霊的な波動が残ってる」


「そんな……あの鏡を壊したんですよ? まだ何かが?」


 里沙が眉をひそめる。


 美咲は震えながら、「ま、まさか……また何か起こるんですか?」と怯えた表情を浮かべた。


「……いや」


 蓮司は慎重に床の破片を指で拾い、観察する。「こいつは"本体"じゃなかった」


「どういうことですか?」里沙が尋ねる。


 蓮司はため息をつきながら、「この鏡は"媒介"だったってことだ」と答えた。「本体は、別の場所にある」


「つまり、これはまだ終わっちゃいないってことだ」


 美咲の顔がさらに青ざめる。「そ、そんな……」


「宮原さん」


 蓮司は美咲を見つめ、冷静に尋ねた。「あなた、この鏡を持ち帰った時、何か他にも"気になるもの"を見つけませんでしか?」


 美咲は少し考え込み、ゆっくりと頷いた。


「実は……その廃屋の奥に、もう一枚、大きな鏡があったんです」


 蓮司と里沙は顔を見合わせる。


「……そっちが本命か」蓮司は呟く。


「でも……それはそのまま置いてきました。持ち帰ったのは、この小さい方の鏡だけで……」


「それでも十分だったんだろう」蓮司は破片を手に取りながら言う。「こっちは"分身"みたいなものだ。本体のある場所から霊が影響を及ぼせる、いわば"送信機"ってところだな」


「つまり、本体の鏡を壊さないと、本当に終わらないってことですね」里沙がまとめる。


「そういうことだ」蓮司は煙草に火をつけながら、ゆっくりと煙を吐き出した。「……行きましょう。問題の廃屋へ」


 美咲は驚いた表情で、「えっ……私も行くんですか?」と尋ねた。


「当然です」蓮司は真剣な表情で答えた。「あなたにとっても他人事じゃない。こいつのせいであなたは呪われかけた。一人にしておくことは出来ない。何があるか分かりませんからね」


 美咲は唇を噛み、しばらく黙っていたが──やがて意を決したように頷いた。


「……分かりました」



 翌日、街の外れにある問題の廃屋。


 周囲は木々に囲まれ、今にも崩れそうな古びた洋館が静かに佇んでいる。


 屋根は半分崩れ、壁の一部には黒ずんだ染みが広がっていた。まるで"何か"がここに長年巣食っていたかのように──。


「……うわ、想像以上に不気味ですね」


 里沙が鳥肌を立てながら言う。


「ここか」


 蓮司は建物をじっと見つめる。「さて、行くぞ」


 美咲は緊張した面持ちで、「私、ここに来た時は怖くてあまり奥まで行かなかったんです……」と呟く。


「それでいい。霊が宿っている場所は、感じればすぐに分かる」


 蓮司は建物の入り口に手を触れた。


 その瞬間、ぞわりとした悪寒が背筋を駆け上がる。


「……いるな」


「間違いありませんね……」里沙も霊的な気配を察知し、慎重に呪符を取り出した。


 三人は慎重に建物の中へと足を踏み入れる。



 洋館の奥に進むと、大きな広間に辿り着いた。


 そして、そこには──


 "本物の鏡"があった。


「これが……」美咲が息をのむ。


 目の前の鏡は高さ二メートルほどあり、まるで異次元へと繋がっているかのような深い闇を湛えていた。


 縁には奇妙な刻印が掘られており、まるで"生きている"かのように鏡面が揺らめいている。


「……この鏡が、呪いの本体だ」蓮司が言った。


「近づかない方がいいですよ」里沙が警告する。「何かが"こちら"を見てます……」


 美咲は息を呑んだ。「……見てる?」


 ──その時、鏡の表面が波紋のように揺れた。


 そして、鏡の中から"黒い影"が這い出してきた。


「やっと……来たか……」


 低く響く声が広間に響く。


 蓮司は呪符を構えながら、霊体を睨みつける。


「やっぱり、まだ消えちゃいなかったな」


「この場所に……閉じ込められて……長い時を過ごした……」霊体は不気味に笑う。「だが……やっと……解放される……」


「お前たちの"魂"と引き換えにな!!」



 霊体が広間全体に闇を広げ、黒い手が無数に伸びてくる。


「来るぞ!!」蓮司が叫び、霊的な結界を展開する。


 ズドンッ!!


 黒い手が結界にぶつかり、激しい衝撃音が響く。


「こいつ、今までの霊とは桁違いに強い……!」里沙が警戒しながら呪符を構える。


「だったら、それ相応にぶちかますしかねぇ!」蓮司は呪符を霊体に投げつける。


 バチバチバチッ!!


 呪符が霊体に触れた瞬間、光が炸裂し、霊体が苦しげに呻く。


「ぐぅぅ……!」


「里沙、今のうちに封印を準備しろ!!」蓮司が叫ぶ。


「はい!」里沙は巻物を広げ、封印の呪文を唱え始める。


「悪しき魂よ、この場より退け──」


「許さぬ……!!」霊体は怒り、鏡の力を解放する。


 鏡面が激しく揺れ、強烈な霊的エネルギーが解放される。


「くそっ……こいつ、鏡から無限に力を吸収しやがる!!」蓮司が歯を食いしばる。「だったら……鏡ごとぶっ壊すしかない!!」



 洋館の大広間──鏡の間


 鬼塚蓮司、里沙、そして依頼人の宮原美咲の三人は、呪いの本体である"巨大な鏡"と、その内部から這い出してきた霊体と対峙していた。


 霊体は黒い霧のような姿をしており、時折人間の形に変わる。顔は無数に変化し、叫び声や呻き声が幾重にも重なって響いている。


「貴様らの魂を……いただく……」


 霊体は低く唸りながら、大広間全体を黒い霧で覆い尽くした。鏡の中からは、さらに無数の"黒い手"が伸びてくる。


「くそっ……こいつ、厄介な野郎だ!」


 蓮司はすかさず呪符を取り出し、霊体に向かって投げつける。


 バチバチバチッ!!!


 呪符が霊体に触れた瞬間、電撃のような霊的な光が発生し、霊体は苦しげに叫ぶ。


「グアァァァ!!!」


「呪符は効いているようだが」蓮司は冷静に言いながら、さらにもう一枚の呪符を準備する。


 しかし──


「それだけで、我を止められると思うな……!!」


 霊体は鏡の中へと戻ると、鏡面が不気味に歪んだ。次の瞬間、鏡の中から"異形の怪物"が出現した。


 それは巨大な影の塊であり、無数の目と口が浮かび上がっていた。鏡の中の霊が、自らの力を増幅させて形を成したのだ。


「ヤバいですね、蓮司さん!! こいつ……完全に覚醒しちゃいました!」


 里沙が焦りながらも呪符を準備する。


「ちっ……こいつは今までの霊とは格が違う」


 蓮司は苦い顔をしながらも、霊的な結界を展開する。「だが、倒せないわけじゃない……!」


「どうするんですか!?」美咲が怯えながら叫ぶ。


「こいつは、"鏡"を媒介にして霊力を増幅させている」


 蓮司は鏡を指さしながら言った。「だから、"本体の鏡"を破壊すれば、コイツも消滅する」


「でも、この鏡……異様な霊的エネルギーを持っています! 普通の攻撃じゃ壊せませんよ!」


 里沙が叫ぶ。


「だから、"封印"と"物理破壊"を同時に仕掛ける」


 蓮司は霊符を取り出し、結界を張る準備を始めた。


「里沙、今すぐ封印の呪文を唱えろ!」


「了解!!」


 里沙は巻物を広げ、呪文を詠唱し始める。


「悪しき魂よ、この場より退け──封印を持って、永遠に縛られよ!!」


 ズズズズ……!!


 鏡全体が震え始め、霊体が苦しげに呻く。


「グォォォォ!!!」


「効果ありですね!!」


 里沙が呪文を続ける。


 しかし──


「貴様らが封印しようとも……私は……消えぬ……!!」


 霊体は激しく暴れ、鏡面からさらに黒い触手を伸ばしてくる。


「くそっ……こいつ……!!」


 蓮司は即座に防御の呪符を展開し、霊的障壁を作り出す。


 ズドンッ!!!


 黒い触手が蓮司の結界に激突し、激しい衝撃音が響いた。


「こいつ……霊力が増している……!!」


 里沙が息を切らしながら叫ぶ。


「なら……こっちも奥の手を使うしかない!!」


 蓮司はポケットから"特製の霊符"を取り出した。


「まさか……蓮司さん、それを使うんですか!?」


 里沙が驚く。


「今までの呪符じゃ足りない。この"霊滅符"を使う」


 蓮司は霊滅符を鏡の前に構えた。


「この場に縛られし悪しき魂よ──完全なる消滅を迎えよ!!!」


 蓮司が叫びながら霊滅符を鏡に叩きつけると──


 ゴゴゴゴゴゴゴ……!!!


 鏡全体が激しく振動し、黒い霊体が苦しげに叫び始めた。


「グアァァァァ!!! ヤメロォォォォ!!!!」


「里沙、今だ!! 最後の封印を!!」


 蓮司が叫ぶ。


「了解!!」


 里沙は巻物を掲げ、最終の呪文を唱える。


「封印・絶!!」


 ズドォォォォン!!!!


 鏡が激しく爆発し、黒い霧が弾けるように四散した。


 美咲が驚いて後退する。


 そして──


 鏡は完全に砕け散った。


 黒い霊体は、最後の悲鳴を上げながら消滅し──


 全てが終わった。



 事件が解決した後、蓮司たちは宮原美咲を無事に家まで送り届けた。


「本当に……ありがとうございました……」


 美咲は涙ぐみながら、深く頭を下げる。


「気にするな」蓮司は煙草を咥えながら言う。「もう呪いは解けた。安心しろ」


「でも……あの鏡、一体何だったんでしょうか?」


 美咲が不安そうに尋ねる。


「……おそらく、"誰か"が意図的に作ったものだ」


 蓮司は静かに答えた。「廃屋に放置されていたとはいえ、呪いが強すぎる。自然発生したものとは思えない」


「まさか……誰かが意図的に?」


 里沙が眉をひそめる。


「"呪物を作る存在"がいるってことだな」


 蓮司は夜空を見上げながら呟く。「そいつが、また次の事件を生み出すかもしれない」


「……じゃあ、また似たような事件が起こる可能性も?」


 美咲が不安そうに尋ねる。


「ああ」蓮司はゆっくりと煙を吐き出し、「その時は、また俺たちが動くさ」と静かに言った。


 美咲は小さく微笑み、深くお辞儀をした。


「本当に……ありがとうございました」


 こうして、"呪いの鏡"の事件は幕を閉じた。


 しかし、鬼塚探偵事務所には、また新たな事件が待ち受けていた──。



 事件が終わり、宮原美咲は無事に呪いから解放された。


 しかし、鬼塚探偵事務所の仕事に"完全な終わり"はない。


 蓮司と里沙は、美咲を送り届けた帰り道、コンビニに立ち寄っていた。


「やっぱり甘いもの食べたいですね……」


 里沙はスイーツコーナーを物色しながら言った。「こんな怖い事件の後は、気持ちをリセットしないと」


「……ったく、お前はどんな時でも食い気かよ」


 蓮司はため息をつきながら、レジに缶コーヒーを置いた。


「そりゃあ、探偵業はストレスが多いですから。甘いものぐらい食べないとやってられませんよ!」


 里沙はにこりと笑いながら、チョコレートパフェのカップを手に取る。


 会計を済ませた二人は、事務所に戻るべく夜道を歩いていた。


 その途中──


「蓮司さん……気のせいですか?」


「ん?」


 里沙の言葉に反応し、蓮司は振り向いた。


 通りの向こうに、"誰か"が立っている。


 街灯に照らされた人影は、じっとこちらを見つめていた。


 しかし、目を凝らすと──それは"影"のように薄れ、瞬きをした瞬間に消えた。


「……今の、見たか?」


 蓮司が低く呟く。


「はい……確実に"何か"いました」


 里沙は警戒しながら、辺りを見回した。


 呪いの鏡の事件は、終わったはずだった。


 だが、完全にすべてが消えたわけではないのかもしれない。


 蓮司は煙草に火をつけ、静かに煙を吐き出した。


「……まだ"何か"が残ってるってのか」


「可能性はありますね」


 里沙は慎重に言葉を選びながら続ける。「宮原さんが言ってましたよね。"廃屋には他にも奇妙な物があった"って」


「……ちっ、面倒な話になりそうだな」


 蓮司はポケットから携帯灰皿を取り出し、煙草を揉み消した。


「ま、今すぐどうこうする必要はないですけどね」


 里沙はそう言って、チョコパフェのスプーンをくわえながら歩き出す。


「おいおい、気楽すぎんだろ」


 蓮司は呆れながらも、里沙の後を追う。


 そうして二人は事務所へ戻っていった。



 美咲は久しぶりに安眠できた夜を過ごしていた。


 あれ以来、鏡の呪いは消え、奇妙な現象も起こっていない。


「……本当に、終わったんだよね」


 そう自分に言い聞かせながら、鏡台の前で髪を梳く。


 鏡には、疲れが取れた自分の顔が映っている。


 ──その時。


 鏡の"奥"で、"何か"が動いた気がした。


「……?」


 美咲は僅かに身を引き、目を凝らす。


 鏡には、自分の姿だけが映っている……はずだった。


 だが──


 "鏡の隅に、見知らぬ手の指が映っていた。"


「……っ!!!」


 美咲は驚き、思わず椅子から飛びのいた。


 しかし、もう一度見直すと、そこには何も映っていなかった。


「気のせい……?」


 心臓の鼓動が速くなる。


 だが、何も異常はない。


 ──そう、美咲は自分に言い聞かせる。


 深呼吸をして、静かに部屋の電気を消し、ベッドに入った。


 だが、鏡の中では、"消えたはずの手"が、ゆっくりと動いていた。


 事件は、本当に終わったのか……?


 ──鬼塚探偵事務所には、また新たな呪いの事件が迫っていた。



 鬼塚探偵事務所──翌朝


 朝の光が窓から差し込み、鬼塚探偵事務所の室内をぼんやりと照らしていた。


 里沙はデスクで書類を整理しながら、コーヒーをすすっている。


「いやー、久しぶりに大きな事件だったなぁ……」


 里沙は伸びをしながら呟いた。「でも、これでしばらくは平和な日々が続くんじゃないですか?」


「……それがそうとも言えねぇんだよな」


 蓮司は腕を組み、じっと机の上に置かれた"砕けた鏡の破片"を見つめていた。


「……まだ何か気になるんですか?」


 里沙が眉をひそめる。


「この鏡、確かに砕いたが……」蓮司は指先で鏡の破片を軽く弾いた。「霊的な波動が完全に消えてない」


「えっ……? でも、あの呪いの霊は封印したはずですよね?」


「ああ、普通ならそれで終わるはずだ」


 蓮司はため息をつきながら、煙草に火をつけた。「だが、こいつはただの呪物じゃねぇ。元々"何か"の力が込められた特別なものだったはずだ」


「"何か"……?」


 里沙は少し不安そうに聞き返す。


「例えば、この鏡が"呪いを拡散させる道具"だったとしたら?」


 蓮司は煙を吐きながら続ける。「俺たちは一つの鏡を壊したが……もし同じようなものがまだ残ってたら?」


「……まさか、呪いがまだ終わってないってことですか?」


 里沙が身を乗り出す。


「そんな気がするな」


 蓮司は煙草の火を消し、ゆっくりと立ち上がる。「宮原さんの件は片付いたが……ちょっと確認しておく必要がありそうだ」


「ってことは、また現場に戻るってことですね?」


 里沙は溜め息をつきながら言う。


「まあな」


 蓮司はコートを羽織り、ポケットに呪符を忍ばせる。「お前も準備しろ。念のため、封印用の道具も持って行くぞ」


「はぁ……やっぱり平和な日々なんて来ないんですね」


 里沙は苦笑しながら、道具をバッグに詰め込み始めた。



 その頃、宮原美咲は再び不安に襲われていた。


「……おかしい……何か、おかしい……」


 美咲はリビングの椅子に座りながら、昨夜の出来事を思い返していた。


 ──"鏡の中に映った手"。


 一瞬の出来事だったが、確かに見た。


 しかし、もう一度確認しようとした時には、何もなかった。


「あれは……気のせいだったのかな……」


 美咲はそう自分に言い聞かせようとした。


 だが、心のどこかで"まだ何かが残っている"という不安が拭えなかった。


 ──そして、その不安が的中する。


 コン……コン……


 静まり返った部屋の中で、微かな音が響いた。


「……?」


 美咲はハッと顔を上げる。


 コン……コン……コン……


「……どこから……?」


 音の出どころを探そうと部屋を見回す。


 だが、どこにも人の気配はない。


 ──「……鏡だ」


 美咲は気づいた。


 音は──寝室に置いてある鏡から聞こえている。


 "何かが、鏡の向こうから叩いている"。


 「……嘘……」


 美咲の心臓が大きく跳ねる。


 恐る恐る寝室のドアを開け、鏡を見た。


 ──そこには、白い手が鏡の向こう側から這い出していた。


「ひっ……!!!」


 美咲は悲鳴を上げ、後ずさる。


 ──その時、鏡の中から声が響いた。


「……助けて……」


「え……?」


 美咲は思わず息をのむ。


 鏡の中にいる"何か"が、自分に助けを求めている……?


「……誰……?」


「……助けて……お願い……ここから……出して……」


 美咲は混乱しながらも、鏡に近づこうとした。


 ──その瞬間、"別の声"が聞こえた。


「ダメ!! 近づいちゃダメ!!!」


「えっ……!?」


 美咲は足を止める。


 次の瞬間──鏡がバリッと音を立て、ヒビが走った。


「きゃあああっ!!!」


 美咲は思わず部屋から飛び出し、ドアを閉める。


 ──だが、まだ聞こえる。


「助けて……お願い……」


「ダメ……それに触れちゃダメ……」


 二つの声が、重なり合うように響いていた。


 美咲は恐怖で震えながら、すぐに携帯を取り出し、"鬼塚探偵事務所"の番号を押した。



「蓮司さん、電話です!」


 里沙が携帯を手に取り、画面を見る。


「宮原さんか?」


 蓮司が尋ねる。


「はい……」


 里沙は通話ボタンを押し、美咲の声を聞いた。


「鬼塚さん……!! 鏡が……まだ、何かが……!!!」


「……やっぱりな」


 蓮司は不敵な笑みを浮かべる。「終わっちゃいなかったってわけだ」


「どうします?」


 里沙が問いかける。


「決まってるだろ」


 蓮司はコートのポケットに呪符を詰め込む。


「再調査だ。今度こそ、呪いの元を完全に潰す」


 こうして、鬼塚探偵事務所は再び動き出した。


 "鏡の呪い"の真の核心に迫るために──。



 宮原美咲のアパート──深夜


 蓮司と里沙は、慌ただしく宮原美咲のアパートへ向かっていた。


 道中、里沙は電話で美咲の様子を確認していたが、返事が途切れがちになり、最終的に何も聞こえなくなってしまった。


「……マズいですね。通話が切れました」


 里沙が不安そうに言う。


「クソッ……!」


 蓮司はアクセルを強く踏み込む。「急ぐぞ!」



 宮原美咲のアパート前


 二人が到着した頃には、建物の外観に何の異常も見られなかった。


 だが、蓮司はすぐに異変を察知した。


「霊的な気配が濃くなってる……」


 彼は歯を食いしばりながら、ドアに手をかけた。


 ガチャ……。


 扉は、鍵がかかっていなかった。


「……開いてる?」


 里沙が小声で言う。


「気をつけろ」


 蓮司は手に呪符を忍ばせながら、静かに中へ入る。


 中は静かだった。だが──


 明らかに"空気が重い"。


「……この感じ、尋常じゃないですね」


里沙が背筋を震わせながら呟く。


「宮原さん……!」


 蓮司はリビングへ進み、美咲の姿を探した。


 だが、そこに彼女の姿はなかった。


 代わりに──寝室の扉が、わずかに開いていた。


「……そこですね」


 里沙が警戒しながら言う。


 蓮司は頷き、ゆっくりと扉を押し開ける。



 寝室の中では、美咲がベッドの隅で震えていた。


 そして、中央には"問題の鏡"が異様な姿を見せていた。


 ──鏡面に無数の黒い手が浮かび上がり、蠢いている。


 まるで、"何か"が向こう側から出ようとしているかのように……。


「宮原さん!!」


 蓮司が駆け寄ると、美咲は涙目で顔を上げた。


「鬼塚さん……! さっき……"何か"が……鏡から……!!」


「ようこそ……」


 その瞬間、鏡の中から不気味な声が響いた。


 蓮司と里沙が鏡に目を向けると──


 鏡面には、"誰か"が映っていた。


 それは、美咲にそっくりな姿をした"もう一人の宮原美咲"だった。


「こいつ……!」


 里沙が息をのむ。


「美咲……お前は……"こっち側"に来るべきなのよ……」


 鏡の中の"美咲"は、不気味な笑みを浮かべながら、手を伸ばしてきた。


「こっち側……?」


 美咲は怯えた声を上げる。


「そうよ……こっちへ来れば、もう怖い思いをしなくて済む……。お前は"選ばれた"のだから……」


「選ばれた……?」


 美咲は混乱する。


「ダメだ、そいつの言葉を信じるな!!」


 蓮司が叫んだ。


「……お前たち、余計なことをしてくれたな」


 鏡の中の"美咲"は、次第にその姿を歪めていった。


 ──そして、"黒い霊体"へと変貌する。


「来るぞ!!」


 蓮司はすぐに呪符を投げつけた。


 バチバチバチッ!!


 呪符が霊体に触れると、霊体は苦しげに呻いた。


「グアァァァ!!!」


 しかし──


 霊体は鏡の中へと戻り、次の瞬間──"鏡の表面が大きく裂けた"。


「なんだと……!?」


 蓮司が驚く。


 裂けた鏡の向こう側には、"異世界のような闇"が広がっていた。


 そして──


 その闇の中から、"巨大な影"が這い出してきた。


「我が名は……"鏡喰い"……」


 蓮司と里沙は、強烈な霊的圧力を感じた。


「こいつ……今までの霊とは格が違う……!」


 里沙が息をのむ。


「この鏡に封じられていた、真の"元凶"ってわけか……」


 蓮司は静かに呟いた。


「鏡の中の世界へようこそ……」


 鏡喰いの声が響いた瞬間、蓮司たちの体が吸い込まれるように鏡の中へと引きずられ──


 次の瞬間、蓮司たちは"鏡の世界"の中にいた。



 鏡の向こうの世界。


 そこは、不気味なほど静かな"裏側の世界"だった。


 空間は歪み、周囲には"無数の割れた鏡"が浮遊している。


「ここが……"鏡の呪いの源"……」


 蓮司は周囲を見回しながら呟く。


「まさか、本当に鏡の中に閉じ込められるなんて……」


 里沙が眉をひそめる。


 そして──目の前に立つ"鏡喰い"。


「貴様らの魂を喰らい、この世界を拡張させる……」


 鏡喰いはゆっくりと手を広げ、周囲の鏡の破片が一斉に飛び上がる。


「来るぞ!!」


 蓮司が叫んだ瞬間──


 鏡の破片が刃となり、蓮司たちに襲いかかる。


「くっ……!!」


 里沙が瞬時に呪符を展開し、霊的な障壁を作る。


「こいつ……今までの呪いとはレベルが違う……!!」


 蓮司は厳しい表情で、呪符を構えた。


「ならば……"鏡の世界"ごとぶっ壊すしかない!!」



 鏡の世界──異形の空間


 蓮司、里沙、美咲の三人は、異様な空間の中に立っていた。


 無数の鏡の破片が空中に浮かび、時折歪んだ姿を映し出している。


 周囲は静寂に包まれているが、異常なほどの霊的な圧力が重くのしかかる。


「ここが……"鏡の世界"……」


 里沙が警戒しながら呟いた。


「ここに入った者は、二度と元の世界には戻れない……」


 低く響く声が空間全体に広がった。


「……"鏡喰い"、正体を見せろ」


 蓮司はポケットから呪符を取り出し、周囲を見回した。


 すると──


 鏡の破片が一斉に砕け散り、"巨大な影"が現れた。


「フフフ……。ようこそ……私の領域へ……」


 影はゆっくりと形を成し、"人間"のような姿へと変化していく。


 ──だが、それは人間ではなかった。


 "無数の顔を持つ異形の怪物"。


 顔が幾重にも重なり、笑う者、泣く者、叫ぶ者、怨嗟の声を上げる者……。


 その姿はまるで、"鏡に囚われた魂の集合体"のようだった。


「貴様らも……こちら側に来るがよい……」


 鏡喰いは手を広げると、空間全体が揺れ始めた。


 鏡の破片が鋭利な刃となり、三人の周囲を取り囲む。


「クソッ……! 里沙、結界を張れ!!」


 蓮司が叫ぶ。


「了解!!」


 里沙は素早く呪符を展開し、結界を形成する。


 ズバァァァン!!


 鏡の刃が結界にぶつかり、火花のような霊的な光が弾ける。


「くっ……こいつ、力が強すぎる!!」


 里沙が歯を食いしばる。


「こんなもんじゃないぞ……!」


 蓮司は霊的なエネルギーを拳に集中させ、鏡喰いに向かって突撃する。


「蓮司さん、待って──!!」


 ズドォォン!!


 蓮司の拳が鏡喰いに直撃するが──


 鏡喰いの体は歪み、拳を吸収するように"波打った"。


「なっ……!? こいつ、"物理攻撃"を無効化しやがるのか!!?」


「無駄だ……」


 鏡喰いは不気味な笑みを浮かべた。


 次の瞬間、鏡喰いの顔の一つが"美咲の顔"へと変化した。


「美咲……お前は"こちら側"に来るべきだ……」


「……!!」


 美咲は思わず後ずさる。


「ダメだ、美咲!! そいつの言葉を信じるな!!」


 里沙が叫ぶ。


 しかし、美咲は鏡喰いの声に引き寄せられるように、フラフラと前へ歩き出してしまう。


「お前は"選ばれた者"……」


 鏡喰いの声が響く。


 ──その瞬間、鏡喰いの腕が異常に伸び、美咲の腕を掴んだ。


「!! 美咲!!」


 里沙が叫ぶ。


「ぐっ……離して!!!」


 美咲は必死に抵抗するが、鏡喰いの力は強大だった。


「フフフ……お前も"こちら側"へ来るのだ……」


 鏡喰いの体が黒い霧となり、美咲を"鏡の奥"へと引きずり込もうとする。


「やらせるかよ!!!」


 蓮司は素早く呪符を投げつける。


 バチィィィン!!


 呪符が鏡喰いに直撃し、霊的な光が炸裂する。


「グァァァッ!!?」


 鏡喰いが怯んだ隙に、美咲は腕を振り解いた。


「っ……助かった……!」


 美咲が胸を押さえながら息を整える。


「危ない……もう少しで引きずり込まれるところだった」


 蓮司は汗を拭いながら、美咲を後ろに下がらせた。


「どうするんですか、蓮司さん!?」


 里沙が尋ねる。


「こいつ、"鏡のエネルギー"を吸収し続けている……つまり、そのエネルギーを"断ち切る"しかねぇ」


 蓮司はポケットから"特製の霊符"を取り出した。


「それって……"破邪霊法符"!?」


 里沙が驚く。


「こいつは普通の霊符とは違う。"完全消滅"を引き起こす、一撃必殺の札だ」


 蓮司は呪符を手に握りしめる。


「里沙、美咲! 俺がこいつを押さえてる間に、"鏡の核"を破壊しろ!!」


「わかりました!!」


 里沙は呪符を手に、鏡の中心へと向かう。


「美咲、俺たちを信じろ!!!」


 蓮司が叫ぶ。


 美咲は迷いながらも、力強く頷いた。「……はい!!」


「なら行くぞ……!!」


 蓮司は破邪霊法符を手に持ち、鏡喰いへと突撃した。


「鬼塚流──霊滅掌!!!」


 ズバァァァァァン!!!!


 破邪霊法符が鏡喰いの体に炸裂し、強烈な光が放たれる。


「グアァァァァァ!!!!」


 鏡喰いは苦しみながら叫ぶ。


 ──その間に、里沙と美咲が"鏡の核"へとたどり着いた。


「ここが……"核"……!!」


 美咲が呟く。


「やるわよ、美咲さん!!」


 里沙は封印の呪符を核に叩きつける。


「封印・絶!!」


 ズドォォォォォン!!!!


 鏡の世界が崩壊し始めた。


「グアァァァァァァ!!!!!」


 鏡喰いの体が砕け散り、黒い霧となって消滅していく。


「やった……!!」


 美咲が涙を滲ませながら呟く。


「終わった……のか?」


 里沙が息を整えながら呟く。


 ──そして、次の瞬間──


 三人の視界が"真っ白"に染まった。



 現実世界──鬼塚探偵事務所


 蓮司が目を覚ますと、そこは鬼塚探偵事務所だった。


「……戻ったのか?」


 蓮司はゆっくりと体を起こした。


「蓮司さん!」


 里沙が嬉しそうに声をかける。


「……美咲は?」


 蓮司が尋ねると、美咲は涙を流しながら微笑んでいた。


「本当に……助かりました……」


 "呪いの鏡"は、完全に消え去ったのだ。


 だが──


 蓮司は、机の上に"僅かに残った鏡の破片"を見つめながら呟いた。


「……終わったかどうかは、まだ分からないな」


 鬼塚探偵事務所には、また新たな事件が待ち受けている──。


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