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死後の岐路

作者: moto

 私は今、「人生の岐路」ならぬ「死後の岐路」に立たされていた。

 真っ白な部屋に上へと続く階段と、下へと続く階段。

 とても長いらしく、終わりが見えない。おそらく上への階段が天国へ続く道で、下への階段が地獄へ続く道なのだろう。階段と階段の間には白い小さな看板がぽつんと立っている。

 己を振り返れ。

 どうやら、地獄へ行くか、天国へ行くか自分を振り返って選べ、ということらしい。生前では閻魔大王がその人の人生から地獄へ行くか天国へ行くか裁判する、という説が一般に広く知れ渡っていたが、どうやら違うらしい。

 己を振り返れ。そういわれると真っ先に思い出したのは、妻と娘の顔だった。仕事から帰ってくると、料理を作って出迎えてくれる妻と、とんで抱き着いてくる娘。娘は病気で、妻は交通事故で私より先に死んでしまった。天国に行けば二人に会える。そう思い、天国への階段に向かおうとする。

 大バカ者!

 大声で私に怒鳴りつける妹の声がフラッシュバックする。いや、実際に妹がそう言ったのを聞いたわけではない。妹の最期をみとった看護師から妹の最期の言葉として聞いたものだ。

 妹は小さいころから難病にかかっていて、病院のベッドから抜け出したことがなかった。私と妹の両親はそんな妹に一切の興味も持たず、顔を出すことがなかったので、代わりに私が毎日妹の話し相手になっていた。それを全く苦に思わなかったかと言えば噓になる。妹のせいで放課後に友達と遊ぶ時間が無くなることを恨めしく感じたこともある。しかし、妹がかわいそうだという気持ちもと、何よりも妹がかわいいという気持ちが勝っていた。かわいい妹にできるだけのことをしてやりたいと思っていた。

妹の病状がよくない日が続くある日、めったに自分の希望を言わない妹が、テレビに映っているクリスマスのイルミネーションを見て、見てみたい、とつぶやいた。

 それを聞いた私は、次の日、病室をイルミネーションで飾り付けしてやろう、と思い遠出していた。買い物に夢中で電話にも気づかなかった。

 妹の喜ぶ顔を想像しながら病院に戻ると、大勢の病院のスタッフが妹の部屋に集まっていた。ベッドに眠る妹の顔に白い布がかけられていた。

 目の前の光景に理解が追い付かず、手に持っていた買い物袋が手からすとん、と滑り落ちる。

 妹のベッドの前にいた一人の看護師が沈痛な面持ちで近づいてくる。

 「妹さんは本日19時20分にご臨終なされました。」

 そして、妹は最期に大バカ者、と言い残したと。キーンという耳鳴りが止まなかった。視界がぐらぐら揺れる。妹は最後の最後に一緒にいてやれなかった私をひどく恨んだことだろう。妹を一人寂しく死なせてしまった。その後悔が今でも私の心の奥深くで消えてなくならない。

 その思いが、私が天国へと行こうとする足を縛った。私は天国に行けない。

 大きく息を吐いてから、地獄への階段を進んだ。長い長い階段を下っていくと、終わりが見えてきた。

 大バカ者!

 記憶の中のその声が実際に聞こえてきて足を止める。先を見ると、階段の終わりに、妹が立っていた。

 大バカ者!私はそんなイルミネーションなんてどうでもよかったのに!お兄ちゃんがいてくれれば満足だったのに!でも!うじうじ悩んで、そんなことで地獄に行こうと考えるなんて、もっと大バカ者!

 その言葉を聞いて私は階段を駆け下りて、妹を抱きしめた。抱きしめて、子供のようにぽろぽろと涙を流した。

 ごめん、ごめん。

 私が死んだときのことなんてもうどうでもいいんだよ。大バカおにいちゃん。

 あなた。

 ぱぱ!

後ろを振り向くと、妻と娘の姿があった。二人が私を後ろからそっと包む。

 ここは地獄じゃないのかい。

 あなたは何を馬鹿なことを言っているんですか。ここは天国に決まっていますよ。

 パパ大好きー!

 久しぶりに聞く二人の声に胸が熱くなる。


 お兄ちゃんが幸せになってくれてよかった。


妹が心底嬉しそうに言った。

この二つの階段はどちらが天国へと続く階段で、どちらが地獄へと続く階段かは決まっていません。その人が何を思って階段を進むかによって行き先が変わります。


最後まで読んでくださりありがとうございます!

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