サクサクの魔法
ひだまり童話館企画「さくさくな話」参加作品です。
よろしくお願いします。
山の奥には魔女が住んでいる。
「師匠、お客さんです」
昔はそこに魔女がいることを皆知っていて、ふもとの村だけでなく、遠くの町からも魔女にまじないをしてもらおうと人が来たものだった。しかし、今では魔法に頼ろうとする人は少なくなったし、魔女がそこに住んでいることを知っている人もほとんどいなくなってしまっていた。
ひろ子がここに来てから五年間で初めてのことである。
お客が帰ると魔女はほくほくしていた。かまどに火を入れるように命令すると嬉々として大鍋をかき混ぜはじめた。
「さあて、久しぶりの依頼だ。何をしようかねえ。ピカピカの魔法はダメじゃな。そうすると、ツルツルの魔法か、ひっひっひっ、それは見ものじゃ」
師匠のツルツルの魔法といえば、対象の生き物の“毛”を引っこ抜いてツルツルにしてしまうという、えげつない魔法だとひろ子は知っている。しかもものすごく痛いらしい。
ひろ子は思わず身震いをした。どんな酷いまじないの依頼だったのだろうか。
「いや、逆にもじゃもじゃの魔法のほうが面白いか、それともここはいっそプクプクの魔法にするかねえ、ひっひっひ。恋の力は恐ろしいものだねえ」
なるほど。どうやら依頼の内容は恋愛関係。師匠がツルツルやらもじゃもじゃやら言ってるということは、恋敵を闇に葬るほどではなくても何とかしてほしいということなのだろう。
ひろ子は師匠にかそれとも依頼に来たお客にか、どちらにしろなんとなく嫌な気持ちになって身震いしたのだった。
ところが大変なことが起こった。
まじないにとりかかっていた魔女が「ひええ」と変な声を出したかと思うと、庭仕事をしているひろ子のところに慌てて走って来たのだ。
「ひろ子!ひろ子ぉぉ!」
「し、師匠、どう、したんです、か」
「見りゃわかるじゃろ!」
魔女は酷い有様だった。頭はもじゃもじゃの大きなアフロヘアになっていて、身体はぷくぷくに太っている。しかも体毛が引っこ抜かれたらしく手足はツルツルなのに切り傷が無数に血を出していた。
「まさか、失敗し」
「ひやああぁー、言うなああ!」
魔女はひろ子にそれ以上「失敗」と言わせたくなくてふにゃふにゃな魔法をかけようとした。だけどそれもうまくいかなかった。魔女は体中の力が抜けてふにゃふにゃになって畑に崩れ落ちてしまった。
「師匠。術が自分に返ってくるのは失敗、ですよね」
「ふにゃふにゃ……」
魔女は泣いていた。もじゃもじゃのアフロヘアにぷくぷくの太った身体がふにゃふにゃになって泣いていた。
ひろ子は「ころころ」と呪文を言うと、ふにゃふにゃと泣いている魔女をコロコロの繭で優しく包みコロコロと転がして家に連れて帰った。
魔女はもう年をとりすぎていた。
ひろ子が拾われた時にはすでにヨボヨボのお婆さんだった。小さくてシワシワで骨ばっている。魔女が言うにはもう二百年も生きているらしい。
だけど今まで元気だった。ずっと畑仕事もしていたし、魔法を使って何不自由なく生活していた。
小さなひろ子を拾って身の回りの世話をさせながら、少しずつ魔法を教えていたのだ。
それなのに急に魔法が使えなくなってしまい、ひろ子に魔法を解いてもらっていつも通りの小さなシワシワの魔女の姿に戻っても、ふにゃふにゃと泣き続けていた。
ひろ子はとにかく依頼の件が心配だと思った。失敗したままにしておいたら訴えられるかもしれない。依頼人は文明の利器“すまほ”というなんでもできる魔法の鏡を持っていた。恋敵を沈める以外のことは何でもできるらしい。だとしたら、魔女とひろ子を殺しに来るかもしれない。
「わしはもうダメじゃ。ひろ子、お前がわしの代わりにまじないをやっておくれ」
「でも、わたしはまだ」
ひろ子はここに住み始めて五年。小さいけれど賢い子で、よく魔法も覚えた。だけど二百年も生きている魔女にはとうてい及ばない。それに、畑仕事や生活のための魔法しかしたことがない。人に向けて魔法を使うなんて、なんか怖い。
「大丈夫じゃ。今まで教えた二十二の魔法はみーんなちゃんと使えるじゃろ。まあ、確かにわしの考えた方向とは違うが、お前さんも十分に魔女としてやっていけるはずじゃ。そうじゃ!わしの魔力が少しでも残っているうちに、最後にもう一つ魔法を教えてやる。それで依頼をなんとかするんじゃ」
魔女も必死だった。
自分の魔力が尽きかけている今、弟子に一つでも魔法を継承させなければならない。
心配は尽きない。何しろこの弟子は生ぬるいのだ。今まで教えた二十二の魔法も、魔女が考えていた“出来栄え”とは大きく違ったから。
だけど二十三番目の魔法なら、きっと魔女とひろ子の考えが一致するのではないだろうか。そうすればきっと、依頼をこなすことができるはずだ。
「二十三番目の魔法は“サクサク”の魔法じゃ」
「…はい」
依頼の話しは置いておくにしても、魔女が最後に力を振り絞って魔法を教えてくれるというのなら、ひろ子はそれをちゃんと習得しようと思った。
ただし教えてくれる魔法は“サクサク”の魔法だという。
これにはひろ子も少し困った。
「さあ、では始めるかのう。まずは正しい発音を教えよう。“サクサク”言ってごらん」
「サクサク」
「そうそう、さすがに二十三番目ともなると慣れてきたねえ。サクサクの最初のサをもうちょっとしっかり発音してごらん“サクサク”じゃよ」
「サクサク」
「そうそう、良いじゃろ。では、サクサクのものをイメージしてごらん。これから恋敵に一泡吹かせてやるのなら、サクサク切れるでも良いし、サクサク割れるでもいいねえ」
魔法はイメージであるとずっと教えられている。
魔女はいつもどんなイメージがあるかヒントをくれる。魔女自身のできる魔法に近いものばかりである。
たとえば“ふわふわ”だったら何でもかんでもふわふわの綿入りのものに変えてしまうとか、“さらさら”だったら何でもかんでもサラサラの砂に変えてしまうとか。それが道具だったらまだ少し困る程度だけれど、対象が動物だったりしたら恐ろしい魔法になってしまう。
だからひろ子は“ふわふわ”のイメージをふわふわの優しい気持ちににしたいと思ったし、“さらさら”は洗濯物が綺麗に乾いてさらさらになるイメージをして、そんな魔法ができるようになった。
魔女とひろ子は同じ呪文の魔法を使っても、結果がまったく違う。
同じ呪文からはひとつの魔法しかできないので、魔女はいつも不服そうではあったけれど、それでもひろ子はひろ子なりの二十二の魔法ができるようになっていた。
しかし今回ばかりは難しい。
なにしろ“サクサク”の魔法である。
切れたり割れたりするイメージが強い。
これを恋敵の人間に使ったら、怪我をさせてしまうだろう。依頼の内容としては合っているかもしれないけれど、ひろ子はそんなことはしたくない。
ひろ子は必死に考えた。
魔法は誰かを嫌な気持ちにするためにあるものではない。魔法は誰かを幸せにするためのもののはず。誰かが幸せになった結果他の誰かが不幸になってはいけないと思う。
だけど“サクサク”で誰かを幸せにする魔法を思いつくのはとても難しかった。
「サクサクと仕事ができるとか、ううん、そんな魔法じゃ依頼してきた人に怒られちゃう」
なんとか“サクサク”の魔法で恋敵を出し抜いて、みんなが不幸にならない魔法…そんなものはどうしたって考えつけなかった。
だいたい依頼の内容そのものがひろ子の魔法の流儀に反しているのだから、どうしようもない。
ひろ子はとにかく、自分にできる“サクサク”の魔法を探して、そしてそれを完成させた。
魔法を完成させるとひろ子は依頼者に会いに行くことにした。
なぜなら、ひろ子は魔女ほど魔法が上手くないので、対象(物、または者)を見ながらでないと魔法がかけられないからだ。だから依頼主に会って、魔法をかける相手、つまり恋敵の顔を教えてもらわなければならない。
「あの人よ」
物陰から依頼者の女性、みな美は教えた。ひろ子が見ると、対象の女性は背が高く威圧的な態度の人で、時々指先をパチパチと鳴らしながら歩いているところだった。
「菊代って言ってね・・・本当は恋敵じゃないの」
「えっ、恋敵じゃないんですか?」
「厳密に言うと、ちょっとは恋敵なんだけど、なんていうか、あの人、人のものを取るのが好きなの。みんなの大切なものを取ってっちゃうのよ。私の彼氏も取られちゃって」
それは確かに恋敵ではあるかもしれない。
だけど、みな美の言うことがなんとなくわかった。
「あの人、魔女だ」
「やっぱり、そうなのね。本当はね、魔女がいるなんて信じてなかったんだけど、あの人の指パッチンがどうしても魔法に見えちゃって、それで、山奥に昔魔女がいたって噂を頼りに探しに行ってみたのよ」
みな美とひろ子が物陰でひそひそと話している間にも、魔女菊代は魔法で人を転ばせたり、脅して物を盗ったりしているのが何度も見られた。
「噂なんですね」
「でも本当に魔女がいるってわかって、驚いたけどちょっぴり安心もしたわ。あんなひどい人、見たことないもの。でも、魔法だから太刀打ちできなくて」
この数分間だけでも、魔女菊代がいかに悪い人間かがわかる。
これは、山奥の魔女ではないけれど“サクサク”の魔法でサクっと切ってしまいたいくらいである。
いや、ダメだ。
ひろ子の魔法はそんなに簡単なものではない。もっと複雑でもっと平和なものだ。
さて、あの悪い魔女菊代をどうしたら良いだろうか。
「わかりました。あの人を懲らしめれば良いんですね」
ひろ子の心は決まった。
本来のひろ子なら、ヒトを傷つけるような魔法はやらない。魔法は幸せのためにあると思うからだ。
だけど、今回は話しが違う。
菊代は魔法を悪いことのために使っている。それが本当に許せない。
ひろ子は魔法ができるようになってから初めて、懲らしめてやろうと思ったのだった。
「やってくれるの?あの魔女は手ごわいわよ。なんでも取っちゃうのよ。あなたの魔法も取られたりしない?」
「わかりません。でも……頑張ります」
ひろ子は今までの二十二の魔法と新しく使えるようになった“サクサク”の魔法を持って、物陰から足を踏み出した。
ひろ子はまずたくさんの人がいる広場で、みな美と一緒にわざとらしい演技をすることにした。
「みな美さん、あなたは本当に素晴らしい人です。魔法をかけてあげましょう」
大きな演技がかった声を聞いて、ざわざわと周囲の人たちがひろ子とみな美を注目した。みな美が少し困って小さな声で「私に魔法をかけるの?」と聞いている。
「サクサク!」
ひろ子はみな美に“サクサク”の魔法をかけた。
すると、みな美は淡い色のラナンキュラスの花束を持ち、髪にも数本のラナンキュラスが咲いていた。
「うわああ、素敵!ありがとう!」
みな美はすごく嬉しくなって、どんな魔法かもわからずにただ喜んでお礼を言った。
するとイケメンが話しかけてきた。
「みな美、なんて美しいんだ。ぼくは目が覚めたよ。もう一度付き合ってください!」
なんと菊代に取られていた元カレが戻って来たのだ。
「元カレさんにも魔法をかけてあげますね、サクサク!」
ひろ子がまじないをすると、元カレは大きなバラの花束を持っていた。胸ポケットには同じバラの小さなブーケが入っていて、まるで結婚式のようだった。
周囲から拍手がわきあがった。
「小さな魔女さん、私たちにも魔法を貰えませんか?今日は結婚記念日なんです」
見るとひろ子の後ろに、老夫婦が仲良く立っていた。
「もちろんです。はい、サクサク!」
ひろ子がまじないをすると、老夫婦は小花の冠をかぶり、小花の花束を持っていた。
「なんて可愛らしい魔法かしら!」
「小さな魔女さん、ありがとう」
そんな感じで、ひろ子の周囲には魔法をかけてもらおうと我も我もと人だかりができて、ひろ子はみんなに“サクサク”の魔法をかけてあげた。
それで広場は花でいっぱいになって、華やかで良い香りに包まれた。
それを見ていて黙っている悪い魔女菊代ではない。
「ちょっとあんた!」
指をパチンと鳴らし、周囲に風を起こしてひろ子の周りにいた人たちを向こうへ押しやると、菊代がひろ子に近づいてきた。
「な、なんでしょうか。あなたにも、魔法をかけましょうか?」
さすがに怖かった。ひろ子はまだ子どもだ。
山奥で老魔女と二人きりで育ったひろ子は、こんなに高圧的で敵意のある人間を見たことがない。あまりにも怖い。
「あんたの魔法、よこしなさい!“ビリビリ”」
菊代はにやりと笑うと、指パッチンをした。
どうやら菊代はひろ子の魔法をびりびりとはがして取ったらしい。そして自分にその魔法をかけようと「サクサク」と呪文を言った。
しかし、なにも起こらなかった。
花びら一枚、現れない。
「サクサク!」
菊代は何度も指パッチンをしながら、サクサクの呪文を唱えた。しかし菊の香りすらしてこない。
「あのお」
「サクサク、何よ。あんた、不良品の魔法を押し付けたわね」
菊代はふうふうと肩で息をしながらひろ子に凄んだ。
「その魔法はもうちょっと呪文が複雑なんです。サクサクだけじゃなくて“花は咲く咲く、花は咲く”と言ってるんです」
「はあ?あんたそんなにたくさん言ってないでしょ!」
「それが言ってるんです」
「そんなのできないわ!あんたが私に魔法をかけなさいよ」
悪い魔女菊代は、ひろ子の魔法をひろ子に返した。
「では、いきます、サクサク!」
ひろ子が唱えると、どす赤い1メートルもある大きな花が菊代のお腹と背中に張り付いた。
ものすごい悪臭を放っている。
「ちょ、くっさ!おえっ、くさっ」
菊代はあまりの臭さに口を覆ってのたうち回っている。
「どんな花が咲くのかは、わたしにはわかりません。その人に合った花が現われるだけです」
「なっ、なんとか、しなさいよ!」
広場にいた人たちもあまりにも臭いので、かなり遠のいて、それでも菊代の様子を見ていた。
「なんともできません。あなたが今まで人から取ったものをちゃんと返したら、きっとその花は枯れると思います」
そう言うと、ひろ子は悪臭を放つ菊代を置いて、山奥へと帰って行ったのだった。
菊代はその日のうちに人から取ったものをみんな返しに行ったのだけど、菊代が臭すぎて誰にもそれを受け取ってもらえなかったらしい。
それでも菊代は、心を入れ替えなければずっとラフレシアと共に悪臭を放つということがわかったので、それからは一生懸命人のために魔法を使うようにしようと決心したのだった。
◇◇◇
「ひろ子よ。よくやった。しかしそれは、サクサクの魔法というよりは、くさくさの魔法なんじゃないのかい?」
山奥で待っていた魔女は笑いながらひろ子を褒めてくれた。
あまりにも久しぶりの投稿で、やり方がわかっておりません。
ちゃんと投稿できたのか心配しております…




