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旗本改革男  作者: 公社
〈第一章〉天才少年現る
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玄米食ノススメ

<一年ほど前の話>


「父上、それは江戸患いというものではないでしょうか」


 勤めを終えて帰ってきた父が怠そうにしていたので俺はそう言った。


「江戸患い……とな?」




 江戸患いと呼ばれる理由。それは農村や地方ではその様な症状を訴えるものがほとんどおらず、江戸など、主に都市部に住む人間がよく罹る症状だからだ。


 農村の民と都市部の民で何が大きく違うかと言えば、住環境もそうだろうが、その食生活の違いが大きい。玄米にアワ・ヒエなどの雑穀を混ぜた物を主食とする農村に対し都市部の主食は白米。ここが一番の違いだ。


 とはいえ、白米食だから必ず脚気になるかと言えばそうではなく、他のおかずで栄養素を補えばいいだけのこと。医学的根拠は乏しくとも、人々はそれを肌で感じており、だからこそ漬け物などを食べていたわけだ。


 ところが、水道で産湯をつかったことと、日に三度白米を食べられることが何よりの自慢だったという、元来見栄っ張りな江戸っ子の気性が災いした。


 白米は絶対に欠かせない。だけど収入はそれほど多くないから、おかずを買うまでの余裕がない。すると彼らは、ご飯をおかずにご飯だけをたくさん食べることになる。その結果が栄養素の偏りによる江戸患いだ。


 脚気の原因は……BだかCだか忘れたけど、とにかくビタミン不足。玄米でそれが起こらないということは、精米の過程で落ちる糠の部分に栄養素があるということ。糠漬けがご飯のお供というのは理に適っているのだ。


 つまり、白米では脚気の防止に必要な栄養が足りない、補えないということ。ウチはおかずも出ているけれど、人によって程度の差はあるだろうから、玄米食のほうがより健康にはいいはず。




「江戸患いに玄米が良いとな?」

「はい。昆陽先生のお屋敷にあった書物にその様なことが書かれておりました」


 この時代は脚気の原因がまだ解明されていない。後世を生きた経験があるからこそ俺は知っているが、今の安十郎少年が言っても信じてはくれないだろう。だから昆陽先生のお屋敷にあった書物で見たことがあるから試してみませんかと、もっともらしい理由を述べ立ててみた。


「昆陽先生はなぜそのことを広めておられぬのか」

「先生は甘藷栽培や蘭語研究でお忙しく、そこまで手が回らなかったのです。公に言うにはいささか論拠に乏しく」

「なるほど、それで家中で試してみたいと。玄米を食したところで死にはせぬであろうからな」

「その通りでございます」

「ただな、玄米かぁ……あんまり美味くねえんだよな。とはいえ息子が親の身を案じて申しておるのだ。試しにやってみようか」

「ありがとうございます!」


 それから徳山家の食卓には玄米が出されるようになった。


 家人たちもまさか旗本の家に仕えていながら玄米が出されるとは思ってもいなかったのだろう。最初は影で文句を言う者もいたようだが、脚気の兆候を訴えていた者が日に日に改善したことを見て、家中も玄米食の有用性を認め始め、今ではその症状に罹る者はいなくなった。



 ◆



「という次第にて」

「徳山家中の健康の秘訣は玄米食にあり、か。なるほどたしかに甲斐守も最近はすこぶる調子が良さそうであるし、理に適っているようじゃな」

「左様。水に漬けておく時間も炊く時間も長くなり、味も白米よりクセがございますゆえ、巷間に広めるのは中々難しくはありますが、有益な方法かと」

「いきなり玄米は抵抗がございましょうから、最初は白米と玄米を半々で混合して炊くとか、分づき米を使われるのも良いかと。それでも白米より滋養強壮になりまする」

「ふむ……玄米か」


 父の話を聞いて宗武公が思案顔をしている。息子のために天下の名医などを招聘されているようだし、この話にも聞くべきところがあると思ってはいるが、玄米食にはさすがに抵抗があるのだろう。


「父上、某の食事だけでも玄米に変えてみてはいかがでしょうか」

「賢丸、よいのか?」

「はい。安十郎はそれゆえに健康なのでございましょう。ならば試してみる価値はあるのでは」

「お主がそう言うなら、早速今宵から玄米を混ぜてみるか」


 賢丸様が試してみたいと言うと、宗武公がすぐさま家臣に何かを命じられた。たぶん玄米を買いに行かせたのだろう。普通に考えて御三卿の屋敷に玄米が保管してあるとは思えないしね。




「あとは好き嫌いを極力減らすことも肝要です」


 食べやすい物、好みに合う物ばかりを摂取していれば、栄養の偏りが発生する。この時代にジャンクフードは無いけれど、それでも食べ物の好き嫌いはあるだろう。殿様の息子なら尚更あり得る話だし、病がちとはいえ、あの様子から見ると満足に食事も取っていないように思える。


「玄米は白米に比べて食べにくい物です。少量ずつでもよいので、よく噛んでお召し上がりになること。そしておかずも少しずつでよいので満遍なくお召し上がりになられませ。あれは嫌いこれは要らないと申しては、体は丈夫になりませぬ」

「だ、そうだぞ賢丸」

「分かっております……」


 お父上の言葉に賢丸様がややむくれておる。どうやら好き嫌いの激しいと言ったのが図星だったようだ。


「折角だ、二人も今宵は我が家で夕餉を取っていくがよい。特に安十郎は賢丸に玄米の食し方を教えてやってくれ」


 こちらがはいともいいえとも言わぬうちにさも決定事項のように仰る宗武公。さすがはお殿様、父の顔を見れば、こちらに選択権はなさそうだと苦笑いだ。これはご相伴に預かるしかなさそうだな。

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