表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
旗本改革男  作者: 公社
〈第二章〉実録!蘭学事始

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

29/207

安十郎の調理場

「私が無体なことをするか心配だっただと?」

「お兄様が難しい顔をしておられたので」

「なんでそれを種が気にするのだ」

「安十郎様に酷いことをなされるようであれば、私が懲らしめて差し上げようかと」


 俺たちが議論していたのをそーっと覗き見していたことがバレた種姫様が、何をやっているんだと賢丸様に怒られる。


 どうやら姫は俺が部屋に連れ込まれたのを見て、すわ一大事と様子を探りに来たらしく、俺に賢丸様が迫ってきたのを見て、手にかけられるのではと身を乗り出してきた様子。


 実際そうではなかったと知り、怒られているにもかかわらず表情はどことなく安堵の色が見られ、目の光も取り戻したようだ。どうしてダークサイドに堕ちていたのかは分からないけど……


「馬鹿馬鹿しい。私が安十郎を邪険にするわけがなかろう」

「それならよろしゅうございます。安十郎様は田安の家になくてはなりませんから」

「お前に珍しい菓子の作り方を教えるためではないぞ」


 そう、最近の種姫様はお菓子作りがマイブーム。俺が未来で言う"ぽてち"や"干し芋""芋けんぴ"の原型になるものを作っていることもあって、「私も新しいお菓子を作る!」と意気込んでいるのだ。


 本来炊事は女中の仕事だから、姫が厨房に入るなどあり得ない話であるが、「新しき食材で新しき料理を作ると家の益になるのですよね?」と言って聞かない。


 しかも本来やるべきことをしっかりやって、習い事でも結果を出しているものだから、「そんなヒマがあるなら勉強を……」というのも通用しないんだ。


 そこで宗武公も、それほど言うならやってみなさいとお認めになり、最近はヒマがあれば俺と一緒に厨房で怪しいお菓子作りをしている。


「そういうことでお話が終わったのならば、安十郎様をお借りしますわ」

「種、安十郎は蘭書和訳で忙しいのだ。また今度にせよ」

「そうはまいりません。今日はお義姉様のためにご相談に乗っていただきたいのです」

「お義姉様?」




 種姫様の実の姉上は既に全員嫁に出られているから、彼女がこの屋敷の中で姉と呼ぶ人物はただ一人、治察様の御正室因子様のことだ。摂政近衛内前(うちさき)卿のご息女という、まさにやんごとなき姫君である。


 年は治察様の一歳下で、御年十八歳。宗武公の御簾中(正室)通子様は内前卿の姉なので、二人は従兄妹ということになる。


 この縁が結ばれたのには理由があって、一橋家も清水家も当代――治察様の従兄弟にあたる一橋徳川治斉公と清水徳川重好公の御簾中は親王殿下の娘、つまり王女を嫁に迎えられていたことが大きい。


 当然田安家も同格の姫君がいいのだが、生憎と近い年の王女は既に降嫁したか尼僧になられたかでほとんどおらず、残るは年の離れた幼女ばかり。


 宗武公も若くないし、出来れば早めに子を成せる年齢と考え、どこかの親王に嫁がせるという話もあった姪の因子様を、通子様がたっての頼みとして迎えたのである。近衛家は藤氏長者になる家格を持つ摂家の中でも、一条・九条・鷹司・二条の上に立つ筆頭家。そこの姫君なら家格としては十分だからね。




「それで私に何のご相談でしょう」

「お義姉さまのために新しき菓子を作りたいのです」


 治察様と因子様はぶっちゃけ政略結婚、というかこの時代のお偉方が迎える正妻なんて全部そうなのだが、話を聞く限りとても人間の出来た御方のようで、お二人の仲もそれほど悪くはなさそうに聞こえる。義母が同じ近衛家の出身ということも大きいと思う。


 それでもこの時代、嫁に来るというのは子供を儲けるのがその大きな役割である。京から江戸への嫁入りなんて片道切符でやって来て、もうすぐ二年経とうというのに子を成す気配がないとなると、少々焦りもあるのかもしれない。


 俺からすればまだ高校生くらいの女の子なんだから、焦ることはないと思うのだけれど、周囲がそうは見てくれないのだろう。


「少しでもお慰みになればと」

「ぽてちや甘藷ではいかんのか?」

「お兄様、たしかに"ぽてち"も"干し芋"も"十三里"も美味しいのですが、美味しいのですが……風流かと言うと」

「……ではないな」


 この時代になってから見たことは無いけれど、いわゆる京菓子と呼ばれるものは、宮中行事や茶の湯で供される中で洗練されてきた、雅で風流なイメージがある。


 目で楽しむとか味を楽しむとか、なんか五感で感じるアートの世界だよね。それを知る姫君なれば、芋ばっかりというのはちょっと嫌なのかも……


「そうではないのです。普段は十三里も美味しい美味しいと仰せで、ぽてちや干し芋も喜んでお召し上がりなのですが、人前では……」

「なるほど……人前でも堂々と食せる、雅な感じの甘藷のお菓子を所望ということですな」


 ならば……早速作りましょうかね。



 ◆



(ここからちょっとイケボな安十郎の脳内です)


 皆さんどうも、徳山安十郎です。


 『安十郎の(anjyuro's)調理場(kitchen)』、今日は佐倉編、田安家編に続いて第三回目。田安家編その二なんですけれども、こちらのお便りをご紹介したいと思います。


 筆名"マサとタネ"さんからのお便りです。ありがとうございます。


『安十郎さんこんにちは』


 はい、こんにちは。


『私たち兄妹の一番上の兄のお嫁さんについての相談です』


 料理番組で人生相談ですか……さて、何でしょうか。


『お義姉さんはとても遠いところからお嫁に来ました。不慣れな土地で大変なのに、いつも明るく元気で兄との仲も良好なのですが、結婚して二年、子供が生まれないことをとても気にしています』


 そればっかりは授かり物と言うしね……


『両親も兄も気にすることはないと言っているのですが、お義姉さんが少し気に病んでいるようで、元気になってもらいたくて美味しいお菓子を作りたい思ってます』


 そうですね。甘い物を食べると元気になりますから。いい妹さんですね。


『そこで安十郎さんに、今まで誰も食べたことのない新しいお菓子を教えてもらいたくてお手紙を書きました』


 ほほう、これは中々難しい依頼ですね。ただ、お義姉さん想いのマサとタネさんのために……今日は甘藷を使った安十郎特製のお菓子を……紹介しちゃいます!


 その名は『蜜甘藷』。西洋ではスイートポテトと呼ばれるお菓子なんです……ウソです。日本発祥です、またパクリました。




 では……始めていきましょう。『安十郎の調理場』、開始です!

◆ ◆ 人物解説 ◆ ◆


近衛因子(1754-1782)

史実では閑院宮美仁親王(閑院宮第3代当主・光格天皇の異母兄)の御息所(正室)であるが、親王との間には子はいなかったようなので、健やかに成長した治察くんの正室にしてみた。

決してNTR要素は無い。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 最近の小説ってなんでこんなに料理記述が多いのでしょうか?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ