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旗本改革男  作者: 公社
〈第二章〉実録!蘭学事始
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気まずい雰囲気、不穏な気配

「異国船が訪れるのは交易が目的とな……?」

「かの蒙古とて臣従の要求でしたが、最初は使者を寄越しておりますれば」

「いきなり攻めてはこないと」

「おそらくは……」


 数日後、俺の考察を宗武公以下、田安家の方々に披露した。


 正直に言ってどこまで話せばいいか迷った。ロシア太平洋艦隊なんてものはまだ存在しないと言っても論拠を示せないから、いきなり攻めてくる可能性が薄いことを論理的に説明するに留めた。


 さらに詳しく話すのを躊躇ったのは、賢丸様が進化すると松平定信になるという事実に気付いたことも少なからず影響している。


 定信というと、どうしても朱子学に傾倒して、身分に煩いイメージがあるから……


 そして寛政の改革と言えば、農村の立て直し、緊縮財政と備荒対策、風紀の引き締めを目的とした学問、風俗の統制など、簡単に言えば旧来の体制に基づいて国を立て直そうとする、ガチガチに縛り付ける対策という印象がある。




 一方の俺の考えは田沼意次の政策に近く、産業の奨励と商業振興による税収増が柱。甘藷やじゃがいもの栽培だって単なる飢饉対策ではなく、商業の拡大に併せて多種多様な農産を進めるための布石と考えている。


 そして商人に誤魔化されないよう、財政や経理に明るい人材を登用しなくてはならない。例えそれが下級の武士であっても、才能次第で取り立てるべきだと考える。


 米作以外の第一次産業、そして第二次、第三次産業を育成しよう、そのために身分を問わず優秀な者を登用しようというのは、音楽バンドが解散するときによく言う、「方向性の違い」なんて屁でもないくらい、真逆の思考ではなかろうかと思ってしまう。


 そこには田安家の御用人であり、賢丸様の養育役でもある大塚孝綽(たかやす)様という儒学者の教えも大きい。


 大塚様からは賢丸様共々、俺も朱子学の講義を受けていたので知っているが、この方は徳川の世を支えるには朱子学の振興が絶対であり、それと異なる考え方の国学を宗武公が保護していることをかなり案じていた。


 そして、賢丸様はその薫陶を遺憾なく受けて学問に親しみ、既に為政者としての心構えについての私見まで記しているのだから、やはり身分制度や政治体制には一家言あると考えるべきだ。その辺の子供とはわけが違う。


 勿論俺と関わったことで史実と異なる未来が生まれている可能性はあるが、ここで外国との交流だのと意見を出して、それは違うだろなどと言われては、田安家の庇護を受けにくくなる。なので全部を話すのは時期尚早と判断した。




「しかし、どうして然様な不毛の地をロシアは欲したのであろう」

「おそらくは珍しきもの、例えば獣の皮や、鉱山のようなものがあるのではないでしょうか」


 それでも、知ってもらわなければ未来にはつながらないと、シベリアに関する考察、そして外国船来港の可能性に絞って話を進めている。


「故に彼の地を開発するのに、我が国と交易を求めるは十分に考えられます。いずれ我が国に来るという可能性は否定できません」

「しかし、異国との交易は朝鮮、琉球、清国、オランダのみ。これは祖法であるぞ」

「そうは仰せでも海に関所はありませんし、来るつもりであれば、港という港は全て容易く訪れることが可能です。我が国がオランダ以外と貿易をしておらぬは彼らも重々承知でしょうが、来るとなれば止める手立ては……」




 なんでかと言えば、この国には組織だった海軍も無ければ、港湾を守る砲台も無い。逆に襲われる危険の低い長崎には砲台があるというのにね。


 日本人が異国に渡ることを禁じられていたこの時代、外洋を渡るという発想が無く、船と言えば穏やかな近海内海を港から港へ頻繁に寄港を繰り返すものだ。


 故に和船には嵐に遭ったときの備えが少ない。経済性を考慮してマストは基本一本だし、荷を多く積むために甲板も無い。というか、大型船の建造を幕府が禁じたから、大きな船を造るという発想に至っていない。


 これまで幕府にとって敵は内、つまり外様大名たちで、戦うとすれば陸戦であり、近海での船戦はその延長線でしかなく、海外のように大砲を何門何十門と搭載した軍艦が必要無いことも大きいと思う。


 故に迫り来る艦隊を海上で迎え撃つとか、シーレーンを守るみたいな発想も生まれないのだ。


「最初は通商を求めて来航するでしょう。しかし、我々の外に対する備えが薄いと知れば……私がおそらくと申したのは、その懸念が拭えぬゆえにございます」

「しかし我々も大砲や火縄は持っておる。攻めてこようとそう簡単には……」

「百年以上前の技術にございます」


 幕府の政治は、それまで仮想敵としていた者たちの財力を弱めるためのもので、それが結果的に百年以上大きな戦を起こさなかった要因であることは認める。


 しかし、それがゆえにこの国が保持する兵器は、戦国時代の技術からほとんど進歩していない。戦の無い平和な世なのだからそれはいいことなのだろうが、外から別の勢力が来るとなればそうも言っていられない。


「百年という時の間に、人の暮らしも目覚しく進歩しております。西洋の多くは他国と陸続きゆえ、その間に数々の戦を経験しており、兵器の技術も相応に進んでいるかと。骨董品で勝てる相手ではありません」

「戦う前から勝てぬと申すか」


 話を黙って聞いていた賢丸様が俺の言葉に噛み付いた。誇り高き武士がおめおめと夷狄に負けると言われては黙っていられなかったのだろう。


「異国が我が国をその目で見たとき、易々と攻め込める相手ではないと示さねばならないのです。しかし軍船も無く、兵器も旧時代の遺物では、それは厳しいと言いたいのです。決して攻めるための軍備では無く、この国を外から守るための備えにございます」

「難しい話であるな。来るかどうかも分からぬものに備えるというのは」

「……それは重々承知しております」

「相分かった。今日のところはここまでにしよう。安十郎、ご苦労であった」

「勿体なきお言葉」


 こうして、その日の話は終わったかに思えたが……






「安十郎」


 座を辞して帰ろうと廊下を進んでいた俺を、後ろから賢丸様が呼び止めた。


「いかがなさいましたか?」

「お主、まだ何か言いたいことがあったのではないか」


 まるで考えを見透かしているかのように、賢丸様の視線が俺を捉えて離さない。


「何のことにございましょう」

「とぼけるな。あそこまで異国船の可能性に言及しておきながら、お主に何も策がないとは思えぬ。大方……あまりにも突拍子もない話で、父上や兄上に申すのを躊躇ったのであろう。隠し立てとは水臭いの」

「そのようなことは……」

「続きは私の部屋で聞いてやる。”ぽてち”でも食いながらゆっくり語り合おうではないか」


 ああ、こりゃまいったね。安十郎くん、破滅へのカウントダウンが始まる……のか?




◆ ◆ ◆




 ふっふ~ん♪ そろそろお父様たちとのお話は終わった頃かしらね。


「あっ、あんじゅ~うろうさ……あ゛あ゛ん?」


 安十郎様の姿を見かけたからお声がけしようと思ったのに、後ろから賢丸兄様が……


 無理やりに部屋へ連れ込んで……まさか、これは安十郎様の危機……!!

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― 新着の感想 ―
[一言] あっ、ヤンデレ姫に見られた 賢丸くん危うし?
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