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旗本改革男  作者: 公社
〈第二章〉実録!蘭学事始
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チーム解体新書の絶望

「お初にお目にかかる。若狭小浜藩医、杉田玄白でござる」

「同じく中川淳庵にござる」

「旗本徳山甲斐守が八男、安十郎にござる」


 築地鉄砲洲の中津藩中屋敷。前野さんの住まいがあるここで、今回の蘭書和訳に携わる面子が一堂に会した。


 年の頃で言うと、前野さんが最年長で五十の手前、杉田さんが四十くらいで中川さんが三十ちょっと。最年少はもちろん俺で、今年数えで十四歳。未来なら中学生になるかならないかくらいだと思う。


 だからなのだろうか、どうも杉田さんと中川さんの表情から、「え? この子が和訳なんて出来るの?」みたいな雰囲気を感じる。


「良沢殿、少々よろしいか」

「淳庵殿、何か?」

「こちらの少年を参加させると? まだ年端もいかぬ様子ですが……」


 案の定中川さんがそう聞いてきた。前野さんから事前に聞いているはずだが、いざ元服前の子供を目の前にしては、そう思うのも致し方ないとは思うが。


「中川殿の懸念はごもっとも。某、昆陽先生の下で蘭語の手ほどきは受けましたが、今では長崎で学を修めた前野殿のほうが余程蘭語には詳しいでしょう。それに医術の知識もありませんので一度は固辞したのですが」

「何を仰る。某が長崎で通詞と話ができたのも、徳山殿に教わった下地があればこそ。淳庵殿、余計な口出しは控えていただきたい」

「これは……失礼した」


 年上、ということもあるのだろうが、どうやら前野さんは他の二人から怖がられているように見える。


 嫌悪というわけではない。たしかに頑固というか、こだわりが強い方ではあるから、その語学に対する修学の姿勢のようなものを畏怖されているのだろう。


 その方が、息子のような年の俺に対して最上級の礼をもって相対しているという事実が、相対的に俺の価値を高めているようだ。


「徳山殿が蘭学に造詣の深いところを知れば……そうだ、オランダのことをこの二人にも教えてやっては」

「オランダのこと?」

「国の名前がどうとか、以前教えてくださったではありませんか」


 ああ、あれですね……以前、前野さんに教えたのを覚えていてくれたんだ。




「では僭越ながら……ご両人はどうしてオランダという国名なのか存じておりますか?」

「国名?」

「オランダはオランダでございましょう?」

「違う。長崎で聞いたところ、彼らは自国のことを『ネーデルラント』と呼ぶ。オランダも間違いではないが、正確には『ホラント』が正しい」

「良沢殿、それは真か?」


 長崎でそれを確認してきた前野さんが俺の言葉を肯定すると、二人はとても驚いていた。なんでオランダと聞かれれば、昔からオランダはオランダでしょとしか言いようがないもんね。


「で、では、何故オランダという名前で広まったのでしょう」

「ホラントとはオランダと我々が呼ぶ国の中の一つの州、この国で言うところの藩のようなものですが、それが語源のようです」


 安十郎になるより前、テレビでオランダ政府が「ホラントって呼ぶのやめて」みたいなことを正式に発表したというニュースを見たんだよね。


 それまではネーデルラントの英語名「ネザーランズ」のほかにホラントも通称として認めていたんだけど、それはあくまでもホラント州のことであり、オランダ全体のことを指しているわけではないとかなんとかってのがその理由。


 そもそもホラントがオランダ全体を指していたのは、スペイン植民地時代の名残り。当時一番栄えていたホラント州=そのエリアの植民地全体みたいな扱いだったのだと思う。


 なのでポルトガル語ではオランダのことを、ホラントの後ろにaが付いて「ホランダ」と呼んでいたのが、この国に伝わってオランダになったらしい。頭のHを発音しないとかフランス語かよ。って言っても、この国では俺以外に理解できないジョークだな。


「では、我々もその、ねえでら……」

「ネーデルラントです」

「そうそう、その『ねでえるらん』と呼んだほうがよいのでしょうか」

「……いや、もうオランダで通じてますので、今更変えると余計な混乱を起こしますからそのままでもよろしいかと」


 先ほどの「オランダって呼ぶのやめて」のときも、国際的な場ではそれで統一してほしいが、日本国内での呼称はもう習慣付いているという理由で、オランダのままで構わないと言われたらしい。


 しかもこの時代は、海外情報をペラペラと触れ回るだけで捕まる可能性があるから、余計なことをする必要も無い。なのでわざわざ変えなくてもと思う。


「……若輩と侮り失礼なことを申してしまった」

「いえいえ、ご理解いただければなによりです」

「では、疑念も解けたところで読み始めるとしようか」


 前野さんが促すと、他の二人も頷いて机の周りに集まって本を開き始めた。


 史実より若干一名多いけど、これが蘭語和訳の歴史の第一歩。さしずめここに集う面子を名付けるならチーム解体新書だな。


 解体新書という名前に決まったわけではないけど、「チーム解体新書の栄光」とか、どっかの映画みたいなタイトルでカッコいいじゃん。


 さて、俺も読み始めるか……






どれどれ……


フムフム…………


おーん………………


これは……………………!




……分からん。




 いやいやいやいや、想像はしていたけど全然読めねえ~。分かる部分もあるけれど、雰囲気的にさほど重要ではなさそうなところだから、そこだけ読めたってだから何? ってレベルだな。




 これは参ったね。前野さんはどうだろうか……




 ……ダメだ。そう思って前野さんの方を向いたら、向こうも同じ事を考えていたようで、俺より先にこっちを見ていた。


 いい年したおっさんに、捨てられた子犬のような目をして縋られても可愛くもなんともないっすよ……

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