【他者視点】責任の取り方(田沼意次)
「申し上げます! 御城内中之間にて刃傷沙汰あり。藤枝治部少輔殿が斬られた由!」
その報を受けたのは、黒書院から治部少輔が下がってすぐのことであった。その帰途にて、城内の警護をする番士に突如として切りかかられたという。
「治部は無事なのか」
「はっ。肩口から腕にかけて刀傷を受けたものの、命の心配はないとのこと。今は駕籠にて上屋敷に運ばれておりまする」
「急ぎ典医を遣わし治療にあたらせよ」
「されば、法眼の桂川甫周を遣わします」
突然の報告に上様は怒りを顕にしながらも、治部の容態が重篤ではないことに安堵しておられる御様子。治療のために典医を遣わしたいとの仰せにより、腕利きで知られる桂川を遣わすこととした。桂川と治部は解体新書作成以来の知己であるから適任であろう。
「して、下手人は何者か」
「佐野善左衛門と申す者にて。その身柄は取り押えております」
佐野とやらは番士としてお役に就いておったようだが、治部が側を通りかかるや、「覚えがあろう」と喚き立て、斬りかかったらしい。
「私怨か」
「その言葉を聞く限りは何やら恨みがあったものと推察しますが、今はまだはっきりとしたことは分かりませぬ」
「主殿。山城守に命じ、事の次第を明らかにせよ。調べが済むまではその佐野とか申す不逞の輩から目を離すな。自害などさせてはならぬぞ」
「御意」
殿中での抜刀はその身は切腹、お家は改易という厳しき沙汰が下る重罪。当然斬りかかった佐野は罪を免れないところだが、厄介なのは事と次第によっては斬りかかられた側も何らかの罰を受ける可能性があることだ。
治部は清廉潔白……とまでは言わぬが、利己のために他者を貶めるような男ではない。だが、その成していることを鑑みれば、要らぬ恨みを買っている可能性は否定できない。儂とて上様と御公儀のためにと働いておるが、あちこちから恨まれている自覚はあるからの。
◆
「治部は抜いたのか?」
「いえ、治部少輔殿は鞘から抜いておりませぬ」
後日、その場にいた者たちへの聴聞、そして善左衛門の取り調べを終えた意知が詳細を報告に参った。
あの日、上様の御前を辞し、下城途中であった治部が目の前を通るや、佐野が抜刀し斬りかかるも、突然のことに周囲の番士たちは動くことが出来ず、その凶刃が治部を襲った。
突然の事態であったことは治部も同じこと。しかしあの男は殿中での刃傷沙汰を憚ったのか、刀を抜くことはせず、代わりに手持ちしていた包みを投げつけたという。
その包みの中身とは、あの日、上様の御下問に答えるべく持参していた麦の粉である。これが上手く相手の顔近くに当たり、目つぶしのような形になったことで、佐野の初太刀は狙いを大きく外し、治部の肩口から腕のあたりを僅かに斬りつけるに止まった。
その後、ようやく我に返った番士たちが不埒者を取り押さえようとしたものの、粉が目に入り視界を遮られた佐野が無暗矢鱈に刀を振り回したために近づけず、やがて振り回していた刀が近くの柱を切りつけたときに刺さり、抜けなくなったところで大勢で羽交い絞めにして取り押さえたらしい。
「身を守るためとはいえ、抜刀しておれば治部にも責を負わせねばならぬところであったが。そうか、粉を目つぶしに使ったか。して、斬りかかった理由は」
「佐野と申す男、以前浅間山の噴火があった折に新番に属しており、治部の指揮下にて復旧作業に携わった旗本の一人にございます」
調べによれば、そのとき指示に従わず、勝手な判断を繰り返して村の者たちを振り回していたところを治部に見咎められ、口論の末にお役を外され江戸に戻されたとか。本来なら上役に盾突いた時点で厳罰ものであるが、治部は子細こそ伝えたものの、大事にせぬようにと番頭に申し送りをしていたようだ。
「そのことを聞く限り、ただの逆恨みであるな」
「されど、それだけではないようです」
「と申すと?」
「この佐野と申す男、以前当家に家系図の押し売りに来た者。斯様な小物のこと、父上は覚えておいでではないかもしれませぬが」
「そう言えばそのようなことがあったな」
我が田沼家の興りは下野の名族佐野氏の庶流ということになっているが、詳しいことは定かではない。そこに目を付けたのが、件の佐野という男である。本家の末裔たる自身の家が持つ系図に我が家の系図を書き加え、名族の末裔であることを確かなものにして差し上げようなどと申しておったようだが、はっきり言って要らぬお節介である。
家重公の小姓に抜擢された幸運こそあれど、今の地位は己が力で手に入れたものだと自負している。名族の末裔という肩書ではなく、紀州の足軽の子と揶揄された儂自身の力でな。
「儂に恩を売って何かの役に就きたいと願っておったのであろう」
「そのあたりも理由になっておるようです」
「どういうことじゃ?」
「我ら親子が政を私物化しておるを正すための天誅であると」
息子の言葉ながら、何を言っているのかすぐには理解できなかった。どうして治部を斬ることが我ら親子への天誅となるというのか。
「こちらが刃傷に至った折、佐野が懐に入れておった口上書にござる」
その口上書には佐野が我らから受けたという仕打ちが書き連ねてあるらしい。
「一つ、佐野家の家系図を借りたまま、督促しても返してくれず横領された」
「そもそも突き返しておるであろうが」
「一つ、家治公の鷹狩りへお供した際、雁一羽を仕留めた手柄を取り次いでくれなかった」
「意知、そうなのか?」
「某は掛りが取りまとめしものを奏上しただけ。改めて記録を確かめましたが、佐野が仕留めた形跡はなく、もし仕留めたのが事実ならば掛りが見落としたものかと」
他にも地元にある佐野大明神を勝手に田沼大明神と改名しただとか、佐野家の家紋である七曜の旗を借りたまま返してくれないとか、身に覚えのない言いがかりにも程があるという内容である。
「ただ最後の一節に、田沼家は元を正せば佐野の家来筋であり、役付となるために当家の公用人と話したが、何の役にもつけないまま三年間で六百二十両取られたと」
「そんなわけなかろうが」
「たしかに以前はそういうこともあったやもしれませぬが、上様代替わりを機に今はそれら一切を排除しておりますれば、恐らくは当家の人間を騙る何者かに騙し取られたものかと」
ふむ。佐野とやらが私怨を募らせておったことは確かなようだが、なれば狙うなら儂か息子であろう。過去のいざこざがあったにせよ、その刃が治部に向かう理由が分からん。
「本来要職に就くべき者を差し置いて、藤枝治部の如き奸賊を引き立てるは御政道を私物化しているにほかならずと」
「いや待て。確かに役に就けたは儂だが、治部を取り立てたは前の田安公であり、上様の御意向ぞ」
「左様ですな。父上の専横を掣肘するため、上様や田安公が推す治部殿や越中殿を取り立てた。世間ではそうなっておりますな」
「ならば儂への天誅と称して治部を斬る意味が……」
「父上が佐野を用いて治部を殺した。という筋書きであれば」
そこまで言うと、意知はやおら居住まいを正し、こちらに身を近づけてきた。どうやら外には聞かれたくない話と思ったようだ。
「表向き、父上は何かと口煩い治部を煙たがっておりますからな」
「お主は自分で何を言っているか分かっておるのか」
「無論そのようなことをお考えとは思っておりませぬ。是々非々で相対するとは申せ、今後の政に治部の知見を必要とするは父上も同意のこと。仮に心変わりしたとしても、斯様なことをすれば上様や田安公が黙ってはおりますまい。それを分からぬ父上とも思いませぬ。要はそう考える者が出たとしても不思議ではないと言いたいのです」
全くもって身に覚えのない話であるが、治部は儂の専横を防ぐために田安公の肝入りで役に就いたこととなっておる。だからこそ、それを煙たがる儂が佐野を唆して治部を斬らせたということにして、責を問おうという腹積もりということか。
「何故そのように回りくどいことを」
「我ら親子への恨み以上に、治部に大いに恨みを持つ者の手引きではないかと」
「……つまり、儂らと治部の関係を知る者の企みと」
「御意」
表向きは互いの動きを牽制し合う関係と見られているが、実際には我らの策を成すために治部がこれに知恵を貸している。これを知る者は幕閣でも一部の者だけである。
その者からすれば、我らの策が成るかどうかに治部の力が大いに関与していることは明白であり、その存在があるかないかで今後の成果も大きく変わってくることになるだろう。
此度のことを企んだ者は、第一に治部に恨みを持っており、次いで我ら親子にも恨みを抱いている。だからこそ治部は直接的に殺害を企てて御政道を停滞させ、更にはその責を儂に擦り付けようとしている。意知の推測をまとめればそんなところだろう。
「その推測の根拠は」
「佐野という男、吾妻郡の一件で江戸に戻された後、甲府勤番に移されております」
甲府勤番とはその名の通り、甲斐国に常在し、甲府城の守備や城米の管理、武具の整備や甲府の町方支配を担う役であるが、一方で素行の良くない幕臣の懲戒目的で左遷させることも多い役であることから、甲府勤番任命は「山流し」とも言われ、これを命じられた旗本・御家人は改易の一歩手前であると言われたも同然と見られている。
治部は大事にせぬようにと申し送りしたようだが、上様直々の命に反した者を配下に置いておきたいと思うわけもなく、おそらくは番頭が忖度して取り計らったのであろう。
「しかし、それがものの数年で江戸に戻され、あまつさえ小普請ではなく番士に任じられたとなれば、何者かの意向が働いていると考えてもおかしくはありますまい」
「我らや治部への恨みを募らせる者に恩を売っておき手駒にしたと、そう申したいのだな。そこまで読めておるのならば当たりはついておるのであろう。早急に調べを進めよ」
「畏まりました」
さて、思いがけぬ仕儀と相成ったが、おそらくは儂が仕向けたことと糾弾してくる者が現れることであろう。どうやら旧弊の膿を取り除く良い機会となりそうじゃ。
仕方のないこととはいえ、そもそもで言えば儂が蒔いた種だからな。此度は治部であったが、この後他の者が狙われぬとも限らぬ。儂の目の黒いうちに地ならしをしておかねばなるまい。
幸いにして意知も知らぬうちに物事を広く見ることが出来るようになったようだし、上様の元に田安公や越中守、治部たちがおれば、いつ儂が倒れても公儀の屋台骨が簡単に揺らぐこともなかろう。
ここが田沼主殿頭の最後の仕事じゃ。長らく幕閣の中枢にあった者として、きちんと責任は取ってやる。
後進に引き継ぐ負債が少なければ少ないほどありがたいことは、我が身が一番良く分かっておるわい。




