女子のための学校
大奥の改革の真意を説き、貴女たちの才を見込んでこその話だと強調すると、女中たちの中には満更でもなさそうな顔をする者が少なくなかった。
その証拠に、何か聞きたいことがあればと促してみると、次々と具体的な意見が出てきて、俺や定信様にその評価を問うてきた。その全てが結果につながるかはともかく、彼女たちも日頃から思うところはあったようだ。
「費用を抑えるなど容易なこと。商人から買い叩けば費用は浮きましょうぞ」
「それも一つの手ではございますが、やりようを間違えてはなりませぬぞ」
そんな中、案の定というか、物を安く買い上げれば良かろうという意見が出てきた。値切り交渉はたしかに大事だが、話し方から幕府の威光を笠にして強引に値引きさせるつもりなのであろうと感じたので、少し釘を刺さないといけなさそうだ。
「商人が売り物に利を乗せるは当然のこととして、大奥へ納めるとなると過分な利を乗せてくることもありましょう。肝要なのは買わんとする物の値打ちが、真に支払う額に見合っているか否かを見定めること。必要以上に買い叩き、納める物の質が落ちては本末転倒ゆえ」
「されど、あまりに細かく物言いをしては、大奥は吝嗇(ケチ)であると誹られはしまいか」
「有無を言わさず値切ろうとすれば吝嗇と誹られましょうが、真っ当な理由で値段の交渉をするならば、目利きの出来る者だと向こうも無下にはしますまい」
「我らに物の価値を見定めることが出来ましょうや」
「勘定所でも同様の取り組みを行っておりまする。市中での値を常に調べ、物の真贋を見極め、如何様に納める商人を決めるか。仕組みとして整うはまだまだこれからの話にて、しばらくは所掌する者の才に頼ることとなりますゆえ、なればこそ皆様にお頼みしているのでございます」
幕府の資産は全て将軍家の私的な財産であるから、その使い道は「家父長」、つまり将軍の意思次第であり、特定の業者を御用商人として専任し、一切の取り扱いを任せるということがほとんどである。
長い付き合いとなれば、内情に精通するという点で双方にメリットもあるが、"上様の意"を代行する者が購入の決定権を持ち、その者のさじ加減一つで全てが決まることも意味する。当然そこには賄賂とか接待とか口利きの見返りとか、選んでもらうための担当者への裏工作が付いて回るものだ。
特定の業者との癒着を防ぎ、公平な価格競争をさせるには、この時代だと"いれふだ"と読み、主に建設関連の事業で使われる手法として存在する入札制度だろうか。もちろん入札にしたところで談合は常に付いて回る話なので完璧な制度ではないが、何の縛りも設けずに御用商人とズブズブでは費用削減は難しかろう。
そういうわけで、特定の個人が業者を選定する仕組みを少しずつ変えていきたいと考えているが、制度が軌道に乗るまでには多少なりとも時間はかかるので、それまではマンパワーでしのぐしか手はない。自分で自分の首を絞めるようで嫌なのだが、何も俺だけが苦労する必要はないわけで、大奥のお姐さま方も巻き込んでやろうという次第だ。才女の集まりという俺の一言を否定しなかった時点で、巻き込まれ確定なわけですがね。
「治部殿に一つ聞いておきたいのだが」
「今出川殿、なんでござろう」
「無駄を省き仕事を減らすことが費用を減らすことにつながるは分かりましたが、さすれば働き所を失いあぶれる者が出ましょう。それらは如何になさる所存で」
「そうですな。当然人減らしという話になりましょう」
俺が"人減らし"という言葉を言った瞬間、周囲がカ◯ジ並みに、ざわ……ざわ……という空気になってきた。実際に吉宗公のときにもあった話なので、彼女たちも可能性は念頭に置きつつも、俺の口から言葉が出て、やはりそうかと感じたからかもしれない。
チラリと表情を見やれば、今出川殿はお手並み拝見といった感じでこちらを見ていたので、決して意地悪とか困らせてやろうという意図でそういう空気にさせたわけでははなく、俺なら答えを持って臨んでいるだろうと考えての発言だろうか。俺がそう感じただけで、彼女の真意は分からぬが、話を次へ進めるのに向こうから切り出してくれたのはありがたい。
「たしかにこのままでは人余りになりますが、単に召し放つつもりはございませぬ」
「どういうことでございましょう」
「大奥より働き場を変えていただきます」
「そのような場があるのですか」
「これから作るのです」
リストラはリストラでも、単なる整理解雇ではなく再編。それが今回の肝だ。大奥の仕事を簡素化することで人員を減らす代わりに、新たな職場で働いてもらうのだ。
「とはいえ、御目見より上か下かで役目は変わりますから、一緒くたに移れと申されても」
「その懸念はごもっとも。故に新たな働き場を二つほど設けたく。まず一つ目は女子のための学問所にござる」
「学問所……ですと?」
「言うなれば、大奥や大名家の屋敷などで勤めるためのあれやこれやを学ぶ場と申しましょうか」
この時代の仕事とは、基本的に働きながらスキルを身に着けていくもの。それは大工でも商家でも、さらに言えば武士ですら幼い頃から父の仕事を見て、見様見真似で継承していくのが常。
それは大奥も同じで、基本的には旗本や御家人など武家の女性が就く職なのだが、今や裕福な町人の娘が行儀見習いのために奉公に上がることが多くなっている。つまり給料を与えながら物を教えているのだ。
俺はそこを変えようと考え、以前に町人の子たちに読み書きや算盤を教えていた例を参考にした。あのときも本来は商家に奉公し、雑用などを担いながら教わるものであったそれを、働く前から知る子が出てきたことで、商家も即戦力として使うようになったから、これを女中奉公に応用する。
そしてここが一番重要なのだが、これを収益化に利用する。要は授業料を取って必要な知識を教え、お城なり大名屋敷に上がるときには即戦力となる人材を育成するのだ。俺のときは金を取らず、代わりに新たな食材や料理を知ってもらい、日常生活に取り入れてもらうように落とし込むのを第一に考えたが、行儀見習いの勉強なら相手は金を持ってる富裕層の娘たちだから、授業料を取って幕府の財源、言い換えれば大奥の運営費用に充ててもいいだろう。
見習い奉公という制度にも利点はあるし、わざわざこれを崩す絶対的な必要性は無いが、奥女中の数を減らすにあたり、再就職先を作り、かつ、それによって幕府が収入を得るという副次的な効果を考えてのものだ。
さらに言えば、画一的な教育により、どこの武家で奉公しようとも基礎が出来ている人材は有用だ。もちろん家によって慣習とかしきたりといったところの違いはあるが、未来でも社風という言葉があるように会社ごとに特色は違うので、そこは慣れてもらうしかない。雇う側も奉公を受け入れてから、「コイツ使えないわ〜」となるリスクがかなり減るのではなかろうか。
画一的な詰め込み教育は良くないという意見もあるだろうが、この時代ではそういう考え方すらないわけで、もっと良い方法があったとしてもそれはこの次の段階の話だ。取り急ぎこの時代で生産性を上げるには、基礎知識を共通化するのは十分に役立つのではないかと思う。
「奥女中の中でも自ら動くのを得手とする者もおれば、他者を教え導くを得手とする者もおりましょう。何も知らぬ者に一から教えておると、相手が思うように覚えず動かずで苛つかれた経験のある方も少なくなかろうかと。教えるを得意とする者が育ててから奉公に上がれば、それらの煩わしさも無用となりましょう」
「なるほど。教えるを得手とする者には、それを応じた役を与えると」
「左様。奥向きの任よりは外れますが、教え導いた者たちが後に出世を果たせば、後々その師匠として、多くの者から敬われることとなりましょう」
「仰せの儀、なんとなくですが理解いたしました。されど教えるとなると、それなりに知識も経験もあり、役に就いていた者となりましょう。下役の者たちは如何なさる。どちらかといえば、下役のほうが数は多いのですぞ」
大崎殿の言うことはもっともなのだが、給与ベースだと上役と下役では圧倒的な差がある。それこそ御年寄を一人削れば、下役を十人クビにするより費用削減なんだよな。だからこそそれなりに経験のある方の天下り先に女子学校の先生という職を用意したわけだし。
とはいえ、上だけカットして下はそのままでは、到底納得はしまい。大崎殿がそれを聞いてきたのは、自身がというより、周囲の者がそう感じるだろうと思ってのことだろう。
先程の今出川殿もそうだが、先に自分の口からそれらを問うことで、他の者が余計なことを言って面倒になるのを防いでくれているのだと思う。もちろん俺が対案を考えているという前提でこそ成立するやり取りなので、こちらも気は抜けないけどな。
「ご懸念なく。先程、新たな働き場を二つ設けると申しました。もう一つは下役の者たちのための働き場にござる」
元々大奥の再編は、特に給与の高い上役を中心にどうにかしようと考えていたが、それだと大崎殿が言われたとおり不公平感が出てしまう。
では、下役の者たちをどこへ移すか。これは偶然の産物であったが、連日の徹夜仕事で侘びしい食事だった中で閃いたのだ。
江戸城内に社員食堂を作るのだ!