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旗本改革男  作者: 公社
〈第一章〉天才少年現る
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天才コンサルタント・リトル安十郎

「じゅうさんり……?」


 甘藷販促計画として、焼き芋の販売を田安家の皆様に相談する中、俺がその名称を「十三里」としたことに、方々が困惑しているようだ。


「洒落にございます。庶民には甘藷の味の想像が出来ませぬ。()に近い味として、八里半というのも考えましたが、焼き()()()美味いと名乗った方が良いかと」

「なるほど、九里くり四里より美味いから十三里か」


 宗武公が膝をポンと叩いて破顔した。単なる言葉遊びではあるが、ネーミングがプロモーションに影響を与えるのは今も昔も一緒のことで、江戸っ子はこういう洒落っ気を大事にするからなおさらだ。


「お主はそういう言葉遊びも得意なのか」

「たまたま思いついただけです」




 ……パクリじゃないもん。どんな名前がいいか、心の中のリトル安十郎に聞いてみたら、それはもう十三里しかないでしょと言うんだもん。


 そもそもそれを言い出したら、生まれ変わってからの俺は先人の偉業を先取りしてトレースしているだけですから。


 もちろん世のため人のためになると思ったからやってるけど、それで歴史が変わったとしても俺のせいじゃない。俺を安十郎に転生させた神様……がいるのがどうか知らんけど、そいつのせいだから(暴論)。




「して、いつから始める」

「今年は量も多くはありませんので、信の置ける番小屋をいくつか選んで慣らしを行い、そして来年は本格的に。公には領内での作付を増やしていただきたく」

「米より高値で売れるようにか」


 米はどこでも作っているが、今のところ商用に甘藷を栽培する者はいない。なのでこの機会に作付を増やせば、利益を独占し大儲け出来る。


「だが追随する者も出てくるであろう」


 それに治察様が懸念を示す。売れることを知れば、他藩も甘藷栽培に乗り出すはず。そうなれば食い合いになって、利益が減るという考えはもっともである。


「ゆえに最初が肝心。甘藷といえば田安領の産と認知させるのです」


 未来で言うところのブランディングというやつだ。




 商品やサービスというものは常に他者との競争だが、多くの類似品の中で選ばれるには、「ブランド力」という付加価値を付けることが非常に大きい。


 未来でもシュワシュワする甲羅と言えば固化甲羅がまず思い出される。絆創膏は地域によって違うが商品名で通じるし、掃除機なら吸引力の変わらない台尊とか、パッと思い付く企業や商品名がある。知名度があるというのはそれだけで選ばれる可能性が高く、他者との差別化という意味で重要なのだ。


 甘藷に当てはめれば、業界の巨人リーディングカンパニー薩摩産は遠すぎて、運送費を考えたら競合する可能性は低い。とすれば江戸近郊で栽培と普及に先鞭を付け、甘藷=田安領産というイメージを植え付ければ、それだけで大きなアドバンテージが発生する。


 未来でも、ウナギは浜松、お茶は宇治、餃子なら宇都宮みたいに、生産量や消費量が必ずしも一番でなくとも、イメージで思い浮かぶ人が多くいるのは、過去からの積み重ねによるところが大きいのだと思う。俺が頑なにサツマイモではなく甘藷と呼んでいるのも、薩摩のイメージを付けたくないからだ。


 さらに言うと甘藷がどの土地でもそれなりの品質で育つことも重要だ。


 自由経済の発達した未来では、後発の者はシェアを奪い取るべく、生産力や品質、価格など、様々な要素で先駆者のブランドイメージを越えるものを生み出すための努力をする。


 だが変革を嫌うこの時代の武士にそういう考えはあまり存在しない。下手にいじらずとも相応の収穫が見込めるのであれば尚更。市井の農学者が手を加えることは考えられるが、お上の協力が無ければその動きは遅く、伝播するにも時間がかかる。


「他領が動き出す前に、我らは甘藷の周知に努めながら、質の高い物が収穫できるよう日々研鑽を重ねるのです。いずれ真似される日が来るでしょうが、先駆者が植え付けた認識はそう簡単に覆ることはありません。焼き芋をここまで秘匿していたのもそのためです」


 もちろんみんなに甘藷を栽培してもらいたいとは思っているが、まずは俺に手を差し伸べてくれた宗武公に一番に利益を還元するのは当然だと思う。


「悪い顔をしているのう」

「失敗の危険性を顧みず、道を切り開いた先駆者の特権にございます」

「よかろう。その話、乗った」



 ◆



<一年後>


「お兄様、十三里でございますよ」

「おお、もうそんな季節になったか」


 あれから年は過ぎ、今は明和八(1771)年の冬。俺が「十三里」と名付けた(?)焼き芋は、狙い通り江戸庶民に大ウケした。


 昨年は収穫量が少なかったこともあって、数軒の番小屋で売り出しただけだったが、瞬く間に評判は江戸中に広まり、他の番小屋からも取り扱わせてほしいと奉行所に願いが届いたそうで、それを聞いて宗武公はすぐさま領内での甘藷作付拡大を指示。今年は江戸の至る所で十三里が売り出されるようになった。


 もちろんそれだけでは需要が足りず、余所で育てられた甘藷を用いる者もいたが、一番人気は田安領、特に下総産の甘藷だった。


『甘藷先生の愛弟子が育てた新たな甘味』

『田安公も絶賛』


 昆陽先生の名は庶民にも知られており、下総産の甘藷はその愛弟子、つまり俺が師の遺志を継いで、丹精込めて育てた逸品という物語性のある触れ込みは、庶民の購買欲を刺激するには十分の売り言葉となった。


 そこへ将軍家ご一門も絶賛したという謳い文句が加われば、売れない方がおかしい。こうして飢饉対策の第一歩は上々の滑り出しとなったのである。




「安十郎様もご一緒にいかがですか」

「少し休憩にしよう」


 種姫様に共に食べようと勧められたので手を休めてご相伴に預かると、何やら興味深く机の上を眺めておられる。


「お兄様も蘭書をお読みになるのですか?」

「いや、私が一方的に教わっているだけさ」

「これは……何と書いてあるのですか?」

「これが"あー"、これが"べー"、これが"せー"。左から読むのです」

「左から??」


 昨冬、甘藷栽培が軌道に乗るのを確信した俺は、次は乳製品だぁ、養鶏だぁと意気込んでいた。


 しかし、そんなときに舞い込んできたのは……蘭書解読の協力依頼であった。










 その名はターヘル・アナトミア。いや、この世界では「タブラエ・アナトミカ」と呼ばれる医学書である……


 ちなみにその名前は©徳山安十郎だぞ。


〈第一章 天才少年現る・完〉

「旗本改革男」をお読みいただきありがとうございます。第一章本編はここまでとなります。


ここまで読んでいただいて、「面白かった」と思っていただけましたら、評価ポイント入れていただけると励みになりますのでよろしくお願いします。


また今後の予定は下記のとおりです

6/13 種姫視点のお話

6/14 第一章の登場人物まとめ(第一章完結)

6/16 第二章開始

引き続きよろしくお願いします!

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― 新着の感想 ―
[一言] セロテープ・カブ(スーパーカブ)・ウォークマン・シャープペン… 他にもたくさんあるでしょう。
[良い点] こういう時代物もいいですね~ 面白かったです
[良い点] ここまで読み進め、ブックマークさせていただきました [一言] 続きも期待しております
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