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旗本改革男  作者: 公社
〈第六章〉開戦!天才対天災
149/203

旗本の役目

「あの男はいつもあのような態度なのか」

「左様でございます」


 村の者からすれば、武士が居丈高なのはいつものことなので、それ自体に不満を持っているわけではなく、その指示の仕方が意味不明で困っているようだ。


 名主曰く、当初の計画通りに始め、どこかで不都合が発生すれば都度手直しをしながら進めていくと聞かされており、現場で決めかねるようであれば、俺に話を持っていって判断を仰ぐという取り決めだと。


 そこは間違いない。俺がそう指示したからね。なにしろ始めようとしているのは新しいことばかりだから、前例も無く手探りで進めることが多い。結果はなるべく早く出てほしいけど、一度コケたら次に続かなくなる可能性も高いから、結果を急いで慌てて失敗するくらいなら、時間をかけてゆっくりでも間違いの少ない選択をしようということ。急いては事をし損ずるってやつだ。


 だが、善左衛門の場合は、新たな指示を出すのはいいものの、前任者のように俺に判断を仰いでいるような形跡も無く、なんか思いつきで言っているのでは? というフシが多々あるらしい。


 それで指示通りに進めたはいいものの、やはりというか手詰まりになったり別の問題が起こったりすることが多く、するとやり方が悪いだの段取りが下手だのと村の者を無能者かのごとく叱責するのだとか。


 村の者たちは助けに来てくれたこと自体は感謝しているし、相手が武士ならば多少偉そうにされたところでいつもの話だからとは思って口には出さないが、元々はお前が言い出したんだろといった感じでギスギスした空気が漂っているようだ。


 村に入った他の御家人や名主などが何度となく仲裁に入っているが、残念なことに五百石取りの善左衛門がここでは最上位のようで、お前らに指図される謂われは無いといったところらしい。


「実を言うとお殿様にお越しいただいてホッとしております」

「子細は分かった。善左衛門は私が来ることを気づいてはおらぬな」

「へえ。お連れの方に呼ばれてコッソリと抜け出してきましたので」

「よし、では参ろう」


 こうして、名主と共に善左衛門たちが揉めているところへと近付いたわけだが、当の本人は有能な指揮官よろしく叱咤激励しているつもりのようで、こちらには全く気付いていない。


「早ういたせ。其方らがモタモタしておるから、進むものも進まんではないか!」

「指示が曖昧では進めようにも進められまいて」

「誰だ! 儂に口答え……治部少輔様……」


 まさか自分に意見する者がいるとも思っていなかったのだろう。善左衛門は反論する声が聞こえると気色ばんだが、俺の姿を見た途端に狼狽し始めた。


「こ、これは……先触れをいただければお出迎えしましたものを……」

「出迎えは不要だと最初に命じたはずだが?」




 俺が各地の村を視察に回ることは伝えたが、向かう先は状況に応じて変わるから、事前に予定は組まずに都度行き先は変わると申し伝えている。


 本来上役が来るのなら、下の者は予定を知りたいところだとは思うが、出迎えが無かったから処罰するなどという話にはしないから、そんな暇があるなら、村人の作業を手伝うことに時間を使いなさいと伝えたのだ。


 ……というのが表向きの理由。そちらはそちらで時間を有効に使うという意味で大切なのだが、先触れなく視察に回る一番の理由は、抜き打ち検査のためだ。


 実情を見るならば抜き打ちで行くのがベストだと思う。予定を知らせれば、出迎えのために何らかの忖度が働く可能性はあるし、不都合な事実を隠すとか誤魔化す者もいるだろうからね。


 とはいえそれを理由として話せば、信用していないと言っているに等しいので、表向きの理由を付けたのだ。出迎えなんて仰々しいことは俺自体が好きではないので丁度良かった。


 だからこの村へ来たのも、当然事前通告なし。家臣の又三郎を名主宅へ遣わし、善左衛門に気付かれないように出向いてもらった次第だ。




 という一連の話があったわけで、先触れもなく来るなんて……みたいな非難をされる謂れはない。


「其方は私が中之条にて話したことを覚えておらぬようだな」

「いえ、無論覚えておりまする。突然のことにて少々驚きましたゆえ……」

「私が申しておるのは出迎え不要の話だけに非ず。作業を進めるにあたり、不都合あらば遅滞なく報告し、その後の処置について指示を仰ぐべし。そう申し伝えたはずなのに、ここ最近坪井村より知らせが無いゆえ来てみれば……お主は一体何をしておる」

「某のせいではござらぬ。村の者たちの動きが悪く、指示したものが上手く進まんのです」


 ある程度予想はしていたが、予想以上に頭の悪い答えであった……


 そら動きが悪いのは当然だ。こんな災害は初めての経験だし、復興のやり方だって新しいことを多く取り入れようとしている。誰も正解など知らぬ中で試行錯誤しているのだ。


 少なくとも、やろうとしていることに何の意味があり、何を目指しているかという共通理解が無ければ、指示したところでそれで正解に辿り着けるか分からないし、それでテキパキと作業なんか出来るわけがない。仮にその説明内容に不満があったとしても、方向性を示してやれば人はそれなりに動く。


 武士たちに実際に作業に加わり手を貸せと命じたのも、自ら体験することで課題やら先の進め方で見えてくるものがあり、俺に諮るにしてもより具体的な提言や話し合いが出来ると思ってのこと。汗水流して働く者の横から、口だけでああしろこうしろ、いいからやれ言われたとおりやれと発破をかけても、言われた方は湿気(しけ)てしまって火はつかないだろう。


「お主は何故に村の者たちの話をよく聞かぬのか。問題があらば報告せよと申したが、私の元へ何度遣いを出した。見ればその格好、到底今から力仕事に携わるとも思えぬし、一体何をもってそのやり方で上手くいくと思うのか」

「……治部少輔殿は某に百姓共と同じことをせよと仰せか」

「何?」

「貴殿は武士の誇りをなんとお考えか!」




 俺に詰られ、俯き加減でワナワナと肩を震わせた善左衛門が、やおら顔を上げるとそんなことを言い出した。


 曰く、武士は選ばれた存在であり、百姓と並んで働けなどとは言語道断。まして名族の一員たる自分をこのような任に就けるなど、自身に対する侮りであるとまで言い切ったぞ。


 だったら、なんでここへ来た? そういう仕事だと分かっていただろうに、今になってそれを言う? って話なんですけどね……


 いや、農民たちをアゴで使う楽チンなお仕事とでも思ってたかな。お前ら農民は自分のような由緒ある武士に黙って従っておればいいみたいな……


 なんとなくそんな雰囲気を感じたので、旗本の役目を何と心得るのだと問えば、上様をその身に代えてお守りすることだと言う。


「そのために我らは粉骨砕身で働くのみ」

「どの口がそんな世迷い言を言うのだ」

「世迷い言ですと!」

「上様をお守りすると申すは、単にその御身をお護り奉るのみに非ず。上様の治める御世を安寧に導くための努力である」


 武士の興りは諸説あるが、己の所領を守るために武装化した集団というのが一般的であろう。


 敵が現れればこれを迎え撃ち、命をかけて己が治める土地と財産を守る。これを江戸時代に置き換えれば、旗本ってのは徳川に仕えているのだから、徳川の、言い換えれば幕府の所領全体を皆で守ることが仕事だ。そして、そのとき敵となるのが他の武士団、この時代なら外様大名などとは限らない。自然も敵になり得るということだ。


 敵が攻めてきたら戦うのは当然として、自然災害だって放っておけば被害が出るのだから、どうにか対応しなくてはいけない。言ってみれば領地を守るための戦いなのだ。無傷でいられると思う方がおかしい。


 あれだよ、「事件は会議室で起きてるんじゃない!」ってやつよ。善左衛門は現場におるのに何も見えていないから、余計に悪いけどな。


「吾妻の復興を手がけるは、有事あらば御公儀が必ずや助けにくると民に示すためでもある。それがひいては御政道の安定、そして上様の御世の安寧につながる。故に上様は私に吾妻の復旧をお命じになった。しかるに其方は、我が命を聞かず従わず、挙げ句には己の指示不足を棚に上げて村の者が悪いだの、家柄だの身分だのと理由にもならん理由で手伝いもせず……粉骨砕身が聞いて呆れるわ」

「なっ……」

「よいよい。人には向き不向きがある故、貴殿にはこのような汚れ仕事は向かなかったのであろう。江戸へ戻り、元のお役に戻って精励し、そちらで立身出世を図られるがよかろう」


 もういい。コイツは江戸へ強制送還だ。自分は由緒ある家系だから優秀な人材であると宣うのならば、新番士の仕事に戻り、そちらで認めてもらえるように頑張ってくださいな。


 無理だと思うけどね。

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― 新着の感想 ―
どうも本格的に目付(本来戦場の査定役、この時期だと憲兵に近いか?)が機能していない様ですね。 江戸城から出たくなかったのかなあ。
現代風にいうと 社長肝煎りのプロジェクトとは知らずに出向いた出張先でエリート風を吹かせているのがバレて即日東京本社に戻され。社長直々に大目玉を喰らった上司から 「お前は何を聞いていた。推薦したワシまで…
うーむ、そのあしらい方だと逆恨みして史実田沼意知さんみたいな事件が起こりそうで怖い……
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