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旗本改革男  作者: 公社
〈第一章〉天才少年現る
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根付かせるために

「父上、只今戻りました」

「いかがであった」

「農村の暮らしが垣間見え、とても見聞が広がりました」

「それは重畳」


 下総で五日間ほどの滞在を終え、俺たちは江戸に戻ってきた。


 本当はもう少し長い予定であったが、例の赤い空の目撃情報が各地から江戸に寄せられたようで、心配した宗武公が早馬を寄越して帰還の予定が早まったのである。


 そういえばあの翌朝、種姫様に添い寝していたことが賢丸様にバレていたわけだが、「もっと上手くやれ」と意味深な一言を残して、何故かそれ以降、怒られも咎められもせずに今に至る。宗武公の耳にも入っていないようだ。


 変に蒸し返すと、俺の身が危ないので黙っているが、見逃したという解釈でいいのだろうか? それともこれをネタに強請り集りを企んでいる? そもそも上手くやれと言われても俺の意思ではないんだけど……


 こういうのが、まな板の鯉ってやつか……




「相模守とも上手くやったようだな」

「ご冗談を。既に手はずが整った上の話でございましょう」


 (ビクッ!)……宗武公がタイミング良く上手くやったとか言うからちょっと焦った。そっちの話のことね。


 佐倉藩との話し合いの内容を賢丸様が伝えると、公が鷹揚に頷いていた。出来レースとはいえ、元服前の息子が他藩の大名と直にやり取りしたのだ。その成長が素直に嬉しいのだろう。


「安十郎もご苦労であった」

「勿体なきお言葉」

「甘藷の方も順調のようだな」

「はっ、良き芋が採れました。武蔵と甲斐はいかがでございましょうか」

「案ずるな。既に届いておる」

「では食べ比べとまいりましょう」


 実は今回、主には下総のご領地で栽培を行わせてもらったのだが、とある目的で他の領地でも少しずつ栽培をお願いしていた。今からそれを焼き芋にして食べ比べしようというわけだ。



 ◆



「あの中に甘藷が?」

「ええ、初めてお目にかける調理法になります」


 皆を台所に集め、焼いているところを見学してもらう。


 かまどの上に乗った浅い土鍋に甘藷が並べられ、熱が逃げないように上からフタをしている。弱火でじっくりと焼いて、熱を満遍なく行き渡らせる寸法だ。


「下総では煮ると蒸かすの二通りで召し上がっていただきましたが、ここでは焼きにてお召し上がりいただきます」


 甘藷の甘みを引き出すなら焼くのが一番。落ち葉を集めてたき火にくべるというのも考えたのだが、この時代はアルミホイルが無いから、直火では焦げてしまって面倒だ。そこで鍋の下から火にかけて、遠赤外線によってデンプンを糖に変える方法とした。蒸かすより水分も飛ぶはずなので、より甘みが濃くなると思う。


「そろそろ食べ頃ですね」


 フタを開けて竹串を通し、中まで火が通っていることを確認すると、献上すべくこれを側近にお渡しして毒味をお願いした。


「こちらから順に下総、武蔵、甲斐の産にございます」

「では失礼して……おっおっ、熱っ、ホフホフ……これは美味でございますな」

「余にも早う寄越せ」

「お待ちくだされ、毒が入っておらぬか今しばし某が……」

「安十郎が毒なんぞ仕込むわけがなかろう。……おっほっほ、これは美味いのう」


 我慢しきれないと、家臣が止めるのも聞かず宗武公が芋を口にすると、治察様、賢丸様、姫君たちもフウフウ言いながら頬張り始めた。


「姫様、いかがでございますか」

「美味しゅうございますこと」


 俺はその顔を見て、これはいけると確信した。


「それはようございました。今宵は他にも趣向を凝らした芋料理をお出ししますゆえ、楽しみにしていてください」


 そう言って皆様には一旦お戻りいただくことにした。焼き芋でも十分に満足しておられたようだが、幸いにして田安のお屋敷には調味料もふんだんにあるし、油を使って揚げるという工程を試すことも出来るのだ。これを逃す手はないからね。




「これはまた……色々と用意したな」

「お気に召していただけると良いのですが」


 その夜の田安家は芋づくし。甘藷の炊き込みご飯と芋を具材にした味噌汁は、まあ見たとおりなので説明は不要だが、それ以外に並んだ料理に皆様興味津々のようだね。


「これは?」

「乱切りにした甘藷とジャガタライモをアク抜きした後に揚げ、甘辛のタレで絡めたものがこちら。塩をまぶしたものがこちらです」


 ベースは大学いもとフライドポテト。味の好みは分からないから、どちらも甘いのとしょっぱいのを用意してみたが、物珍しさもあってか、皆さん箸が止まらないようだ。


「外はカリッとしながら中は柔らかいな」

「温かければもっと美味しいのであろうがのう……」


 宗武公がチラリと近習を見やる。お殿様に毒味は付き物だし、温かい料理を食べることなんて滅多に無いだろうから仕方ないけど、なまじ熱々の焼き芋を食べてしまったから余計にそう感じるのかもしれない。


「安十郎、この平たいのは何だ?」

「オランダ渡来の料理です」


 大量に細切りにしたじゃがいもを塩で炒め、ギチギチに押し固めた後に胡椒で風味付けした、ガレットと呼ばれる料理だ。


 本当はポテサラやマッシュポテトなんかも作りたかったが、今はまだ牛乳やマヨネーズが無いので、塩胡椒で味付けできる料理に絞ったら思いついただけで、オランダ渡来というのは本当のように見えて限りなくウソ。ガレットってたしかフランス語だもんな。知らんけど。




「驚いたものだ。安十郎は料理の知識もあるのか」

「恐れ入ります。どんなに役に立つ作物だとしても、食べてくれなければ意味はございませんから」

「その様子だとまだ手札は持っていそうだな。何を狙っておる?」

「さればご相談に乗っていただきたく……」


 数年来のお付き合いゆえか、田安家の皆様は、俺が単に甘藷栽培を広めるためだけに動いているわけではないことを理解しているようだ。


 飢えを凌ぐために栽培するのもいいが、俺はそれだけで終わらせたくはない。この先必要なのは、甘藷が栽培され続けるために市場経済に組み込まれること、いわゆる収益化(マネタイズ)なのだ。

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