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旗本改革男  作者: 公社
〈第一章〉天才少年現る
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美味し~い~おイモだよ~

――明和七年七月二十八日(1770年9月17日)下総国埴生郡


「若様、ようこそお越しくださいました」

「うむ、しばらく世話になるぞ」


 村に着いたのは昼を過ぎた頃。代官の出迎えを受けると、荷物の運び入れもあるので、今日は陣屋にそのまま入って村人たちの歓待を受けることになった。


「姫、お疲れではございませぬか」

「いいえ、屋敷の中では見ること無きものばかり。とても楽しゅうございます」

「とはいえしばらくは不自由な暮らしとなります。それだけはご容赦を」

「私が安十郎様と一緒に行きたいと申したのです。多少の不便は我慢します」


 種姫様はそう言ってはにかむが、多少の不便では済まないと思うんだよねえ……


 ほら、お付きの女中の困惑した顔よ……


「とりあえず夕餉まで、姫様は部屋でお寛ぎください」

「安十郎様は?」

「私は食材の扱い方を村の者に指南して参ります」


 今日の夜は芋づくしだからね。




「ほほう、これが甘藷か」

「はい、味は栗に近いですね。今日用意したのは早穫れゆえ食味は少々落ちますが」


 今回は確認のため、一番早く収穫を迎えた畑から獲ってきたものを使う。本当はもう少し寝かせてもよかったが、あまり寒くなってから来ると、住環境の違いから賢丸様や種姫様にはしんどいだろうとこの時期になった経緯があるので仕方ないところだね。


「ふむ、たしかに栗に近いな。だが栗より柔らかく、甘みも強い」

「私はこの煮物が気に入りました」


 賢丸様も種姫様も初めての甘藷に舌鼓を打っている様子。俺が知っているサツマイモと比べると甘みは少ないけど、そこは品種改良の成果によるものであり、砂糖が貴重品なこの時代では十分甘味として機能する代物だ。


 村の者たちは既に何度か食べているそうで、その感想を聞けば、調理しやすく腹持ちも良いのでかなり好評なようである。


「米と比べて痩せた土地でも育てやすく、水を使う量も少なくて済みます。いざとなれば代わりに主食とすることも出来ます」


 そう言って俺が用意したのは甘藷入りの玄米ご飯。元々は米を節約するためにいろいろなものを混ぜていたという苦肉の策で生まれた食べ物だけど、お芋の炊き込みご飯はハズレなしで美味しいはずだ。


「これは美味しい」


 渋井様も喜んでおられる様子。米の代わりに甘藷を植えれば飢饉の備えになるなと嬉しそうだが、実は難点があるんだよね……


「実は甘藷は寒さに弱いのです。出羽国で育てるは難しいかと」

「なんと……」


 かつて昆陽先生が甘藷栽培を手掛け始めた頃、江戸の寒さにやられて薩摩から取り寄せた種芋の多くを腐らせてしまったそうだ。ゆえに馬加や不動堂など、海沿いで比較的暖かそうな地域を栽培地に選んだのである。


 出羽は冷害の原因となる"やませ"と呼ばれる、太平洋側から吹いてくる冷たい東風の影響を直接受けることは少ないものの、この時代は小氷期の最中にある。未来でも東北地方ってのは寒さが厳しいのだから、この時代が更に冷涼だろうというのは想像に難くなく、気候的に甘藷を根付かせるのは無理だろう。

 

 寒冷地仕様の品種改良、それこそ数打ちゃ当たる方式で植え、その中から寒さに耐えたものを種芋にして……みたいなことを何年も繰り返していけばいつかは出来るかもしれないが、今日を生きる糧にすら困窮する東北諸藩にそんな余裕は無いと思う。


「それは困りましたな……甘藷はダメですか」

「その代わり、こちらであればお役に立てるかと」


 渋井様がガックリと肩を落とす。佐倉藩領である出羽村山郡の惨状は想像以上のようで、かなり期待していたのだと思う。そのことは聞いていたので、俺は栽培をお願いしていたもう一つの芋を見せてあげることにした。


「これは……?」

「ジャガタライモにございます」




 ジャガタライモ。ジャワ島のジャガタラを経由して、オランダ人の手によって日本に持ち込まれたことからそう呼ばれているのだが、要はじゃがいもだね。ジャガタラというのが未来で言うところのどこかは定かではないが、俺は勝手にジャカルタのことじゃないかと推測している。


 そして、この芋は日本に伝来して百年以上経過しているのだが、毒性があるとか美味しくないとか、まあ簡単に言えば未知なる物への忌避感ゆえか、この時代は食用としては栽培されておらず、金持ちが観賞用として僅かに育てていただけ。それを宗武公にお願いして種芋を手に入れてもらったんだ。


 栽培方法は種芋から出来た苗を植える甘藷と違い、切った種芋を土に植える方法だったはず。小学校の理科でやった記憶だから定かではなかったが、一応収穫はあったようなので今年はそれでよしとしよう。冷暗なところで保管し、毒素の多い皮や芽に気をつければ、食あたりする可能性も低いと思う。


「甘藷より寒さに強く、栄養もありますので、飢饉の対策になる作物でございます」

「どのようにして食べるのでしょう」

「芋ですから同じように調理できます。甘藷ほどの甘みはございませんが、腹持ちが良いところも同様。これで料理を用意しましたので、お召し上がりください」


 そう言って用意したのは蒸かし芋、そしていももち。


・茹でたら皮をむき、すり潰して塩を混ぜる

・粗熱が取れたら片栗粉を混ぜて成形

・焼く


 以上で完成。細かいレシピは覚えていないので、多分こんな感じというフワッとした伝え方で村の人に作ってもらったが、意外とちゃんと出来ていた。


「おうおう、これは素朴だが食べ応えがありますな」

「うん、美味しい」


 本当はポテチも紹介したいけど、この時代の油は高級品だから、庶民に広めるには不向きなんだよね。単に蒸かし芋でも十分美味しいのだが……


「バターがあれば更にいいんだけどなあ……」

「……ばたあ、とは?」


 いけね。つい心の声が出てしまったのが聞こえてしまったらしい。


「ええと、バターとは牛の乳から作るものでして、古の文献では牛酪とも申します。かつて吉宗公が我が国に乳牛を持ち込んで作ったとは聞いたのですが……」

「乳牛とは白牛のことですかな? 今もおりますよ」

「え?」


 ……いるの?

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