9話
「すまなかった!」
11月24日、文化祭当日、熱気に包まれた校舎を歩いて教室に着いた俺が「おはよう」と言い出すよりも早く木村が謝罪をしてきた。腰を90度まで曲げた綺麗な礼だった。
「んもう、しんちゃん、急に謝罪されたら楠君も困惑するよ?」
「てめぇ、誰のせいで俺が謝罪してると思ってるんだ」
ニコニコと話しかけてきた新庄さんの顔に木村はアイアンクローをし出した。いくら自分の彼女だからって気安すぎやしないか⁉俺は少し心配になって来た。
「イタい!イタい!離してよ!……もぉ〜、可愛い女の子をこんな乱暴に扱ったらダメなんだからね!」
「お前にはこんぐらいがちょうどいいんだよ」
「もぉ〜」
「ハイハイ」
「もぉ〜」
「ハイハイ」
「もぉ〜」
「ハイハイ」
「もぉ〜」
「いつまでやる気だ!もぉもぉ言って牛になるぞ!」
「ぶぅ~」
「今度は豚か!」
「豚はブヒィ~でしょ!」
「そこの変なこだわりはいらないんだよぉぉぉ……」
話がうまく通じない新庄さんにうなだれる木村、その木村をさらに振り回して楽しそうにする新庄さん。この2人の間に広がる空気に懐かしさを覚えた俺は、少し潤み始めた目を隠すようにして自分の席に着いた。
そんな蓮を要が心配そうに見ていたのだが、蓮が気付くことはなかった。
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「メイド服か~……」
「ほら、観念してよ、若菜ちゃん!」
今日は文化祭。女子は教室でメイド服に、男子は廊下で執事服に着替えなくてはならない。直前までどうにか回避できないかと粘ったけど、クラスの女子みんなが着るとまで言われてしまっては回避するすべもなかった。
「ちょっと!何よ、これ!」
私が抵抗している間にみんなほとんど着替え終わっていた。あたしも観念して着替えたのだが明らかに私一人だけ衣装が違う。とにかくもうフリッフリなのだ。周りを見渡してもほかのみんなは普通のメイド服、あたし一人だけが妙に手の込んだフリフリのメイド服を着ていた。
「あたしにこんなフリフリな服が似合うわけないじゃない!」
「大丈夫!大丈夫!若奈にちゃんと似合ってるよー」
「かわいいから大丈夫!」
「イヤよ!」
「これなら楠君も悩殺できるよ!」
「あいつを悩殺するぐらいなら刺殺するわ!」
「ちょっと待って、それは……怖すぎる……」
「若菜ちゃん…それはツンデレじゃなくてヤンデレだよ…」
「あたしはツンデレでもヤンデレでもないわー!ていうか誰よ!こんなフリフリのメイド服を作ったのは!」
あれ?なんでみんな目をそらすんだろう?ちょっと怖くなってきたじゃない。
「えっ、なによ?このメイド服、いわくつきのものなの?」
「それは、あの~……」
「何々!怖いんだけど!呪われないうちにもう脱ぐわね!」
「あっ……」
「何よ!もう着た時点でアウトなの⁉」
「その服、作ったのは楠君なの……」
「女子力の違いを思い知らされたわ……」
「あれ?若菜、何してるの?」
分からない。気が付いたら私は厨房のほうへと体を動かしていた。なんとなく厨房へ行かなくてはならないと感じたのだ。
「包丁を片手に持ってどうしようとしてるの……?」
分からない。気が付いたら私は包丁を右手に持っていた。そのままフラリフラリと体が扉のほうへと向かっていく。
「楠蓮はどこだぁーー‼」
「あいつなら柊さんが『ちょっと!何よ、これ!』と叫んだ時点でどっかに行ったけど…んん⁉柊さん……?その右手の包丁は……?」
あいつが逃げ出したと聞いてあたしはやり場のない怒りを抱えたままその場に立ち尽くした。