8話
「よーし、明日から文化祭。最終準備張り切って行きまっしょい!」
「「「おーっ」」」
ついに明日、文化祭本番を迎える。最後の仕上げを皆頑張ろうと気合い十分な様子だった。
「すまんな、要。今日は用事があるからもう帰るわ」
「おう、気をつけてな」
皆の盛り上がった雰囲気に水を差すようで悪いが今日はどうしても外せない用事がある。実行委員を務める要に声をかけると事情をわかってくれているため、あっさりとした返事が返ってくる。最終日に抜け出すことに罪悪感がないわけではないのでこのさっぱりとした返事がありがたい。
「おい、ちょっと待てよ」
皆が文化祭準備に勤しんでいるのを尻目に帰り支度を急ぐ俺に少しイラついたような声が掛けられた。あまり話したことはないが、要とよく話している友達だったから名前は覚えている。確か、木村慎司だったか。
「てめぇ、よくこの最終日のタイミングで抜け出せるよな」
「おい、慎司、それは……」
「うん、それは申し訳ないと思ってるよ。だけどどうしても外せない用なんだ」
要が擁護しようとしてくれたが、それを俺は遮った。これは俺が受けるべき責めだ。
「最終日だから皆忙しいんだよ!それなのに何で抜け出そうと思えるんだよ!」
「しんちゃん、やめて!」
激しさを増す彼の責めを咎めるようにして誰かが叫んだ。
あれは俺と同じ装飾班であり、木村の彼女でもある新庄加奈さんだ。
「しんちゃんは何か誤解してるよ!」
「誤解ってなんだよ。俺はただこいつがお前だけに作業を押し付けてさっさと帰ろうとするからそれを注意しようとしただけだぞ!」
「うっ……、あの、その件なんだけどね……」
何か言い辛いことがあるのかそれまでの発言の勢いの良さは鳴りを潜めてしどろもどろと話し出す新庄さん。
「なんだよ?」
「あのね……」
「おう」
「ごめんなさい!」
突如、新庄さんは勢いよく頭を下げて謝った。
「は、えっ……」
クラスの誰もがなんで謝っているのか分からず困惑している。特に突如謝られた木村は口から意味のない言葉をボソボソと呟くばかりだ。
「あの……、見栄を張りました……。本当は不器用でそんなにテキパキと作業しているわけではないのに他の人の倍ぐらい頑張ってるって嘘つきました……」
「えっ……」
未だに告白の衝撃から立ち直れていない木村は呆然と呟くだけだった。
「それどころか楠君の方が裁縫が上手くて私の3倍くらいのペースで作業してくれてました……。しかも、そのおかげでもう全部の作業は終わってます……」
「はぁ〜、マジか……。じゃあ、さっきの俺の行動は一体……」
ようやく理解が追いつき、木村はさっきの自分の行動は的外れだったことに気がついてへなへなと床に座り込んだ。
「じゃあな、木村」
「あぁ、楠すまなかった……。じゃあな……」
そろそろ帰りたかったので一応木村に声をかけたが、帰ってきたのは抜け殻のような返事。最後の「じゃあな」が今にも自分が消え去りそうだと言っているような気がして見当違いな理由で責められた俺としては少し文句を言ってやりたかったが止めておいた。
妙な静けさに包まれた教室から逃げるようにして俺は帰った。