6話
「うぅ〜、なんでこんなに掃除しにくいのよ〜」
柊がぶつくさ文句を言いながら掃除を行う。その大変さからか文句を言う声にいつもの覇気が感じられない。
実際、資料室の掃除は大変だった。何せ棚と棚との間が狭く、その棚に乱雑に資料が積まれているため箒の柄が当たらないようにちまちまと掃くしかできないのだ。
「あんた!真面目にやってる?」
「やってるよ。というかこっち側はもう終わった」
「あら、そう。なら、あとはあたしのここだけね」
「手伝おうか?」
「いいわよ。後ほんの少しだけだから」
そう言って柊はテキパキと手を動かす。
「それにしても、初めてあんたと夫婦だのカップルだのと言われてよかったなと思ったわ。思ってたよりも早く終わったわ。ありがとね、手伝ってくれて」
珍しい、こいつがお礼を言うなんて。
「珍しいってねぇ!あたしだってお礼ぐらいちゃんと言えるわよ」
どうやら口に出ていたらしい。しかし、それきり何も言ってこない。いつもならこの後にさらに文句が続いただろうに。どうやら機嫌がいいらしい。その証左に鼻歌まで聞こえてくる。
ん…、あそこの柊がちょうど今掃いているところの棚から書類が今にも崩れ落ちそうになっている。
「終わったわよ!さあ、帰りましょう!……キャッ‼」
やはり機嫌がいいらしい。満面の笑みでこちらに振り返る。柊は普段から美人だといわれているが笑ったときはさらにかわいらしかった。しかし、俺にはその顔に見惚れている余裕なんてものはなかった。ちょうど掃除が終わったことで気が緩んだのか柊の持つほうき柄ががそばにあった棚に当たり、その上から書類の束が崩れ落ちてきた。
ドサドサドサッ!
いつまでたっても衝撃が来ないことを不思議に思ったのか柊がつむっていた眼を開いた。
「う~ん、えっ!」
どうにか間に合ったらしい。落ちてくる書類と柊との間に体を滑り込ませることができたようだ。しかし、そのせいで俺が柊を押し倒すような格好となり、柊との距離が近い。鼻の先が触れ合いそうなほど近くに柊の顔がある。柊もそのことに気づいたのかみるみるうちに顔が赤くなっていく。
「ご、ご、ごきげんようー!」
こんな柊を見るのは新鮮だなと思って見つめ続けていたら柊が何かに耐えかねたかのようにドンッと俺を押し退け、謎に上品な感じの挨拶を残して素早く帰って行った。
(なんだったんだ、今の)
あとに残されたのはバラバラに積み重なった書類の山と未だ思考が追いつかないままの俺だけだった。