5話
「あぁ~、サイアクー、本田の野郎め~」
みんなが帰り支度を始めた教室にそんな柊の声がする。あの文化祭の出し物決めの後から度々、教室内ではこのように愚痴をつぶやく柊の姿が目撃されている。あの文化祭の出し物決めの失言以来、本田先生にいいようにこき使われているようだ。
「柊、いるか~」
ダッ‼
本田先生の声を聞くなり凄まじい勢いで柊が逃げていった。今のあの速さなら50メートル走7秒を切るんじゃないか…?
「柊!止まれ!」
「止まれって言われて止まる泥棒がいますか!」
いや、お前、そんなに悪いことはしていないだろう…。よほど本田先生の罰、もとい、雑用が嫌らしい。
「待てって、柊!今回で雑用は終わりだ!」
「本当ですか!」
見たこともないぐらいにパァァと顔を輝かせて柊が振り返る。ほんと、どんだけ雑用が嫌だったんだよ…。
「ああ、それで最後に任せたい雑用というのがだな…、資料室の掃除だ」
ぶはっ!本先生、最後にとんでもない雑用を持ってきやがった。
うちの学校の資料室は滅多に人が入らないから換気もされずほこりがたまりまくり、さらに所狭しと棚が並べられているせいで通り道が細く掃除しづらいということで前に行われた新聞部の掃除したくない場所アンケートでは2位の体育倉庫に3倍もの大差をつけてぶっちぎりで優勝をかっさらっていったまさに掃除者泣かせの場所。
「先生!資料室ってあの資料室ですよね!」
「そうだ。新聞部が行った掃除したくない場所アンケートで見事掃除したくない場所ランキング1位に輝いたあの資料室だ」
「ですよねぇ~。分かってたよ…あたし分かってたよ…」
失意のあまり、廊下の片隅で体育座りをして柊がいじけた。
「そうだ、知ってるか?」
「何をですか!」
自分にとってプラスな情報を期待したのだろう。柊が顔を輝かせた。
「そのアンケートがきっかけで新聞部は廃部になったらしいぞ。なんでも、もっと明るいニュースを伝えろとのことで」
「うわぁぁん!いい情報を期待したのにぃぃ~」
期待した分裏切られた時の反動も大きかったのか泣き崩れる柊。ていうか最近新聞部の出してる新聞を見かけないなと思ってたらそんなことになってたのか。
「大体、そんな資料室を一人でとか無理があると思います」
「う~ん、そうだなぁ~」
「ねぇ~加奈ぁ、手伝ってくれるよね?」
「え、ええ~、いや…それは……ごめん、今日ママから早く帰って来いってせっつかれてて…」
「いや、あんたのお母さんむしろ遅く帰って来いなんて言うような人でしょ」
「じゃ、じゃあねー」
「そっ、そんな……ねぇ、梨花……梨花なら助けてくれるよね?」
「ごめん、今日はこれから彼氏とデートだからさ。またね~」
哀れにも友達に見捨てられた柊。ヨヨヨ……と泣き崩れてしまった。
かくいう俺はなぜか本田先生からの視線を感じる。嫌な予感がするな…。気のせいだと思いたい…。
「よし、楠。お前、柊と一緒に掃除をしろ」
気のせいではなかったか…。
「先生!俺何も悪いことしてませんよね!」
「そうだな」
「じゃあなぜ!」
「嫁さんのピンチに旦那は駆けつけるものだぜっ」
そう言ってパチンッとウインクをキメる本田。控えめに言ってまじうぜぇ…。
「いやいや、なにウインクしてんですか⁉︎俺と柊はそんな関係じゃないって何度言えば分かるんですか!」
「確かにそうだな。頑張れよ〜」
「じゃあなー」
「本田先生、さいなら〜」
これ幸いと皆自分達に矛先が向く前に帰って行く。
「先生はむしろ不純異性交友だーとかなんとかと言って取り締まるべきなんじゃないんですか⁉︎」
「えっ、何々、お前らそんな不純な関係なの?」
「サイテー」
「クズー」
「女の敵ー」
なんでお前ら戻ってきたんだよ…。素直に帰っておけよ。わざわざ俺をいじるためだけに戻って来やがって。
「じゃ、そういうことだからよろしく頼んだぞ」
そう言い残して本田先生は去って行った。後には呆然としたままの俺ら2人だけが残された。