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喪女の取り扱い2

マカロンについて妹の紗枝に問い詰められます。

ついに菅田との接近あります。

温かそうな湯気を放つ豚汁の向こうには、妹の紗枝が腕を組んで座っている。


「お姉ちゃん、あのマカロンの訳を聞かせて頂戴」

「え?はっ?マカロン?!え?」


全く意味がわからない私はただただ狼狽えるばかりだ。


「本当に心当たりない?」

「ないっ…ね…」


はぁとため息をつく紗枝が高級マカロンについて話し始める。


「今日の昼過ぎにね。ミタヤジムから木綿豆腐6丁注文が入ったの。

それをこの間の筋肉イケメン三銃士がお店まで取りにきたのよ。

その時に黒髪長身のイケメンがお姉ちゃんにってマカロン預けてきたのよ」

「き…筋肉イケメン三銃士…

く…黒髪長身のイケメン…」

「ほらお豆腐のお会計してた人」

「…あぁ…菅田さん」

「お姉ちゃん知ってるの?マカロン持ってくるなんてどういう仲なのよ」


紗枝の目が爛爛と輝いてこちらを見つめている。

何だか意味がわからない。

思い当たるのは…

私は傘を貸しただけ…なんだけど…なぜに…


「お姉ちゃんってば、黙ってちゃわかんないよ」

「傘を貸したの」

「傘…傘が高級マカロンになって返ってきたの?意味わかんない」

「私もわかんない」


顔が引き攣っているのが自分でもわかる。

姉妹で引き攣った表情で見つめ合う。


「身体だけでなくて、思考も別世界だったんだね」

「別世界って…」

「貸した傘もその日に返してくれる常識人だと思ったんだけどね」

「また機会があったら、お礼しとくわ。お陰で今日も豆腐完売だったし」

「今日もなんだ」

「筋肉イケメン三銃士が買ってくれるのもあるけど、3人揃うと人が集まって、ついでに面白半分で買ってってくれるのよ」

「客寄せパンダじゃん」

「お姉ちゃんひどい」

「豚汁食べていい?」

「どうぞどうぞ。

あんまり解決してないけど、スダさんからの高級マカロンも頂いちゃいましょうよ」


少し冷めてしまった豚汁を啜っていると、

健人がやってきて、ヒョコッと顔を出して尋ねてくる。


「紗枝、まみちゃんマカロンの謎解決したの?」


どうやら高級マカロン事件に興味があるらしい。


「お姉ちゃんが傘を貸した御礼なんじゃないかって」

「それだけ…?」

「うん」


私が頷くと、健人が項垂れた。


「あぁ…うん。そうなんだろうね…」

「健ちゃんもマカロンいただかない?」

「健人コーヒーお願いしていい?」

「…あぁ…うん。わかった」


何だかガッカリした様子で健人はコーヒーを煎れに向かった。謎の答えがご期待に添えなかったようだ。


可愛らしい淡い色彩の美しい装飾が施された箱のリボンを解く。

箱を開けると色とりどりのマカロンがお行儀よく並んでいる。


「ここのマカロンって1個¥300以上もするのよ。それが15個入ってるから¥6000ぐらいかな」

「どういう計算で1個¥300のマカロン15個で¥6000になるのよ。しっかりしてよ。¥4500でも恐ろしい高級品だけど」

「まったくお姉ちゃんは...。この箱見てよ。この箔押しの飾り!それにマカロンのお値段が一律な訳ないでしょ!」

「そういうもん?

そう…ですか…。マカロン1個換算にすると食べるの怖くなっちゃうよ…」

可愛いマカロンが何だか怖い。

紗枝と2人、マカロンを見つめている。

豚汁無くなる頃、健人が降りてきて不意に言った。


「美味しく食べて感想を伝えれば、それでいいと思うけどね」


珈琲を淹れながら、こちらの話を聞いていたようだ。

健人がため息まじりに続ける。


「あぁいう世界の人って、華やかな世界だし、僕らみたいに御礼言って終わりって訳にはいかないんじゃない?」

「人気商売ってことね。」


そういうものなのか...大変な稼業だな。出費を想像すると身震いが起きる。


「まぁそう言われるとね。お姉ちゃんちょっと気が楽になったんじゃない?美味しく頂いちゃおうよ」

「そうね。もらっちゃったものはしょうがないしね。今日も図書館来てたから、また御礼言っとく」

「そうと決まれば!私チョコもらっていい?」


健人の煎れた珈琲と高級マカロンはとてもあって、私も紗枝も3つも食べた。

残りを母と姪の美優に残して、私は家に帰ることにした。


シャッターが降りた商店街を歩いていると、一通りがまばらな通りを向こうから見たことのある大きな青年が自転車に乗って向かってくる。自転車筋肉くんだ。

声をかけてきた。


「こんばんは。よくお会いしますね」

「こんばん…は」


普通に声かけてくる感じが、もうわからない。


「こんな時間にお出かけですか?」

「はぁ…いや…家に帰ろうかと」

「お家までお送りしましょうか?」

「いえ、もぅ目の前なんで…けっこうです」

「家近いんですか?この辺り住みやすいですもんね。お一人で暮らしてるんですか?気をつけないとダメですよ。変なのいっぱいいますしね」


勘弁してほしい。若い男の子と話す気力も技もないから。


「あ…先輩!お疲れっす」

「おぅ…。お疲れ…」


細筋肉マン菅田だった。


「こんばんは。昨日はどうもありがとうございました」

「こちらこそ、先ほど実家に結構な物を頂いてしまって…。本当にありがとうございます」

「いえ…お口にあえば…」

「美味しかったです。可愛かったし…」

「そうですか…よかったです」


細筋肉マン菅田はどうやら口下手なようだ。

お互い傷の舐め合いのような会話になる。


「お姉ちゃん」


後ろから、紗枝の声がする。

振り返ると、健人と紗枝がシャッターを閉め、豆腐屋から出てくるところだった。


「こんばんは。今日はありがとうございました。お姉ちゃんにって頂いたんだけど、さっき私もご相伴に預かっちゃいました。ご馳走さまでした」

「いえ…こちらこそ」

「あ…私は妹の紗枝っていいます。こっちは夫の健人」

「どうも前川健人と言います。そこでコーヒー淹れてます」

「菅田です。菅田雄太と言う名でレスラーしてます。こっちは後輩の…」

「富田潤です。21歳です。いつもお世話になってます!」


さらっと自己紹介できる大人な対人スキルっ!みんな当たり前のようにやってのける。


視線がこちらに集まっているのに気づく。


「あ…えっと…こ河野舞美です。区立図書館にいます…」

「菅田先輩もよく図書館行ってますよね。先輩、道場一のインテリなんすよ」

「へぇ。レスラーの人って筋肉一筋なんだと思ってました。文学

派な方もいらっしゃるんですね!ギャップ萌半端ないですね」

「紗枝、失礼でしょ。妻がすみません。

もうお帰りですか?よかったらコーヒー飲んで行かれませんか?」

「いいんですか?いいっすね!」

「潤おまえ…」

「レスラーの方とお話しする機会なんてそうありませんし、ご迷惑でなければぜひ。

まみちゃんも明日中休みでしょ?一緒に」

「健ちゃん、いいね。まだ時間も早いし、ぜひぜひ!」


なぜか菅田と目を合わせる。


「先輩!たまには一般の方とお話しするのも勉強ですって!ね?お言葉に甘えちゃいましょうよ」

「僕らもスターのお話し伺いたいです」

「イケメンレスラーの生活知りたいっ!ま、入って入って!」


答えを聞く前に、紗枝が喫茶ビーンのシャッターの鍵を開ける。健ちゃんと自転車筋肉くんこと富田潤はシャッターを押し上げている。

細筋肉マン菅田雄太は後輩の自転車をしょうがないなという表情で通路の端に停め始めていた。


「レスラーの人に甘い物ってオススメしても大丈夫なのかしら?」

「全然いただいちゃいます!

菅田さんも大丈夫ですよね?」

「あ、いただきます」

「私の手作りなんですけど、おから入りだから身体資本のレスラーの皆さんにも安心してお召し上がりいただけますよ!

味はお姉ちゃんのお墨付きです」


しっかり新商品の宣伝も忘れない抜け目ない妹に、やや呆れる。

健ちゃんはポットを火にかけると、テーブル席を移動して、簡易のボックス席を作っていく。それを富田潤と菅田が手伝う。


私も紗枝手作りクッキーといつもお店に出しているこれも紗枝手作りのシフォンケーキを小さくカットした物を皿に並べるのを手伝う。


水が入ったグラスを人数分用意して、盆にのせて運ぼうと振り向くと菅田が手を差し出してくれる。


「ありがとうございます」


盆を受け取り、テーブルに水を配ると盆を渡される。


脚長っ!


やっぱり脚が長い。下手したら、私の胸元ぐらいに腰の位置があるかもしれない。

私の身長も決して高くないが、それでも長い。


「菅田さんコーヒーの方も何度か来てくださってますよね」

「はい。こちらのブレンドがクセがなくて気に入ってます」

「ありがとうございます!豆は健ちゃんが焙煎してるんです。おじいちゃんの時もあるけど、最近はほとんど健ちゃんなんです」

「そうだったんですか。遠征にも豆持って行かせてもらってます。これからもよろしくお願いします」

「こちらこそ、褒めて頂いて嬉しいです。精進します」

「遠征先では先輩が煎れて、皆んなで休憩に飲んでます」

「ご自分でお煎れになるんですね。フィルターはネルですか?ペーパーですか?」

「ネルは管理が難しいので、ペーパーにしてます。ネルに憧れるんですけどね」

「うちのブレンドはペーパーの方が合うと思います」

「煎れるの見せてもらってもいいですか?」

「いやいやそう言われると緊張します。僕なんかのでよかったらどうぞ」


カウンターに肘をついて、覗き込むように菅田が私の横に立った。

菅田とは反対側に立っていた紗枝も同じように覗き込む。紗枝がよく見ようと寄りかかってくるので、菅田の身体に押し付けられる。

ボックス席に座っていた富田潤も菅田の横に覗き込むように立った。

富田潤の圧で、菅田と密着するような体制になってしまう。

コーヒーの香りの中にうっすらと菅田の匂い混ざって鼻腔をくすぐった。


喪女の自意識は崩壊寸前なんだすけど!

いや鼻腔をくすぐるって官能小説か!


動悸が激しいのが自分でもわかる。たぶん顔も赤くなっていると思う。

どうにかこの状況から逃れたいが良い策を考えて目を白黒させていると、健ちゃんがコーヒーに目を向けたままクスリと笑った。


「紗枝、ミルクと砂糖用意してくれる?」


健ちゃん、マジ神!


「皆さん、ミルクとお砂糖どうなさいますか?」

「自分はブラックで」

「僕はミルクだけでお願いしまーす」


用もないのに、紗枝の後ろについて行き、見えない所で軽く息を吐く。


何だったのだあの匂いは!

アレがイケメンの匂いかっ!?

なんかめちゃくちゃ恥ずかしい。

どうしたものだろうか…動悸はまだ激しい。


「菅田さんはヘビー級ですか?」

「はい。プロレスは見られますか?」

「すみません。あまり詳しくはないんです。でも何度か学生時代の仲間と見に行かせてもらいました」

「マジっすか?誰の試合っすか?」

「メインは外国の選手と長野選手だったと思います。別の試合で橋田選手が誰かとタッグを組んでいたのを観戦しました。隣の区の総合体育館での試合と年明けのドームです。ドームは橋田選手がベルトに挑戦した試合でした」

「5年前っすね。菅田先輩はその前の試合で6人タッグに出てましたよね」

「あぁ…あの時、橋田さんがベルトを初戴冠したんです。すげぇいい試合でしたよね。あれは歴史に残る試合ですよ。いい試合を見られましたね」

「紗枝さんと舞美さんは試合は興味ないっすか?」

「これまでは興味なかったけど、知ってる人が出てるなら見てみたい!ね、お姉ちゃんもそうだよね」

「あ、うん」


ここは頷くのが正解だろう。

いや正解って何だ…思考も崩壊している。


コーヒーが入り、紗枝と健人が皆に配っていく。

カウンターにあるお盆を意味なく支える任務を完了すると、すでにボックス席に座った紗枝と健人に無言で、空いている菅田の隣の席に座るように促される。


「よ…よいしょ…」


何か発さないと自然さを繕えない。

コーヒーカップをとり、一口含んで、すぐさま、コーヒーにミルクを入れる。

とにかく何かしておかないと激しく緊張していることがバレる。


「富田さんはジュニアですか?」

「いや俺はまだデビューしてないんですけど、ウエイト的にジュニアになると思います」

「もういつでもデビューしますよ。今、橋田さんが上と相応しい舞台を整えてくれてる感じです」

「待ち遠しいね!デビュー戦見に行きたいな!ね、健ちゃん」

「プロレスの試合って地方での興行が多いんだよ。そうラッキーなことってなかなか起こらないよ。

でも近くならぜひ行きたいですね」

「潤は都内の出身なんで、かなり確率高いですよ」

「あ、なるほど。都内はどちらですか?」

「隣の区です。あそこは道場が旗揚げした土地だから、昔から試合が多く組まれてたんで、自然とよく見てきたんっす」

「子供の頃の夢を追ってるんだね。私も豆腐屋とお菓子屋さんになるのが夢だったんだ。お姉ちゃんも図書館に勤めるのが夢で、姉妹で夢を叶えたんだよ」

「図書館の司書さんなんて、狭き門だったんじゃないですか?」


会話を振らないでほしかった…


「いえまぁ…学生時代からバイトさせてもらってたんで、入りやすかったんだと思うんです」

「お姉ちゃんは超努力家だから、司書試験も早々と取っちゃったし、区長選挙でも毎回バイトに行って、おじさん達に優秀さをアピールしてきたからね」

「違う違う。商店街の組合長から頼まれたから行ってただけだから…」


人を策士のように言わないでほしい

隣の菅田が高い位置から自分を覗き込んでいるのがわかる。

顔がますます赤くなるのが、自分でわかる。

健人に助けを求めて視線を向けると、ふっと笑われた。


「遠征は年間どのくらい出られるんですか?」

「そうですね。2/3ぐらいですかね」

「そんなに?」

「海外もありますから」

「海外もですか?大変ですね。どちらに行かれるんですか?」

「アメリカが多いです。メキシコやイギリスも行きますよ」

「海外かぁ…いいなぁ」

「お仕事で遠征だから。

紗枝が思ってるようなんじゃないからね」

「時間があれば、近くなら観光もしますよ。あちらの興行オーナーが案内してくれることもありますから」

「先輩はスペイン語も英語もできるっす。すごいっでしょ。」

「すごいですね。トリリンガルだ」

「先輩は学生プロレス出身なんでカシコなんっすよ」

「潤おまえ…アホっぽい言い方すんなって。

スペイン語も英語も状況的に話せるようになっただけなんで」

「あちらに住まわれてたんですか?」

「大学に行ったのは、親父との約束だったんです。自分は高校出たらすぐに道場に入りたかったんですけど…。どうせ大学行くなら、レスラーになった時に役に立つようにと学部をそっちにしたんです。入ってみたら、単位取るのが大変で後悔しましたけどね」

「先輩は南米でも武者修行してたんすよ。その時に知り合ったのが今のヘビー級のベルト持ってるケビンなんです」

「ケビン・アール選手ですか」

「先輩について日本に来ちゃったんです。あんまり仲がいいから、先輩の恋人なんじゃないかってファンの間では言われてます」

「潤、勘弁してくれ…。あっちのルームメイトだった流れで、腐れ縁なだけです」

「ケビン選手は確かヒールですよね?」

「めちゃくちゃいいやつですよ。やっぱりキャラ付け的にヒールなんですけど、ここだけの話。日本のアニメ大好きなオタクっす」


なんだかんだ言って、健人もなかなかのプロレス通なようで、男性3人はそれから2時間近く色んな話で盛り上がっていた。


最後に潤くんが次の都内のチケットをプレゼントしてくれる約束をして今夜は解散となった。

舞美の喪女っぷりはいかがでしょうか。

変態さんな感じもちょっとしますよね笑

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