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喪女の暮らし

新日本プロレス50周年に触発されて書きました。

文体など慣れぬことも多いため、申し訳ないです。

穏やかに暮らす舞美の生活は果たして喪女か喪女の定義は難しい

今日もラジオを聴いている。

休日の午後に穏やかな陽射しが照らす小さな庭を眺めながら、ちゃぶ台の横にゴロリと横になり、好きなアーティストのラジオ番組を聴く。


-それでは、メールをお読みしましょう。いっちょめいっちょめさん。

いつもありがとう。

「先日、真面目そうな男性が女性下着コーナーの前で、何やら悩んでいる様子でした。店員さんも声をかけるか迷っていたのですが、ただしい声掛けってありますかね?」というお便りです。

あーーー、お互い気まずいよね。下着売場に男ひとりかぁ…。いいシチュエーションだよね。俺はね。女性の下着選びには自信があるよ。贈る相手が普段着けなさそうなのを選ぶのがいいんだよ。……ふふふ、俺がそのばにいたらなぁ。…-


推しというには甚だ渋い男性アーティストのラジオ番組は受験生だった10年前から聴いている。

私はヘビーリスナーだ。

大人の男性の色っぽい会話は、当時の自分にはまだ見ぬその先を覗き見ているような気持ちになったものだ。

今もときどきそんな気持ちになるけれど、この時間が自分にとっては毎週の日課になっている。


同じ年齢の女性なら、きっとラジオなんて聴かず、休日にはしっかりメイクをしてカフェに流行りのスイーツを食べに出かけたりするんだと思う。


自分はというと、祖母が遺してくれた下町の小さな家で、ゴロゴロと本を読み、昨日仕事帰りに実家に立ち寄った時にもらった妹の手作りおからクッキーをお茶請けに昼下がりを過ごしている。


休日はいつも同じようなものだ。お茶請けがある今日はまだ華々しい。


ラジオはエンディングに近づき、アーティストの最新曲を流し始めている。大御所とも言えるこのアーティストは老いてもなお、次々とヒット曲を出し続けている。


耳に優しいメロディがCMへと変わる頃、えいっと立ち上がるとちゃぶ台のお茶をグイッと飲んで、そのままキッチンへと運ぶ。

サッと上着を羽織って、実家のある商店街に買い出しに出掛けることにした。


静かな路地を抜け、幼い頃から慣れ親しんだ駅へと続く商店街に入る。

豆腐屋を営む実家も商店街の中にある。祖母の家から目と鼻の先にあり、子供の頃から行き来してきた見慣れた風景だ。

今も毎日のように実家に立ち寄り、母と妹と顔を合わせている。


日曜の商店街はいつもに比べて、人通りが多い。子供たちがゲームセンターの前で集まっているのを交わし、本屋のおじさんに軽く目で挨拶をしたら、いつもの八百屋、床屋さん、喫茶店、その隣が実家の豆腐屋である。


店先のわずかに商品が残るショーケース横を抜ける。


「ただいまー。」

「まみちゃんきたってぇ」


姪っ子の美優は小学校中学年にもなると、生意気盛りで、ゲームから目を離さずに答える。


「あ、お姉ちゃん悪いんだけど、そこの段ボールから半透明の袋取って」

妹の紗枝は年から年中、動き回る働き者で、今も何やらパソコンを見ながら、商品の豆腐を詰めている。


「ネット注文?」

「そうそう。これから自転車の配達員が取りに来るからさ、急いで詰めないと」

「手伝おうか?」

「いや、大丈夫」

「健ちゃんは?」

「隣でコーヒー出してるから、行ってきたら?」

「今混んでそうだからやめとく。お母さんは?」

「今、厚揚げ」

「そっち手伝ってくるわ」


更に奥の扉を進むと豆腐工場だ。

母がエプロン姿で厚揚げを揚げている。側に立つとジュワジュワと厚揚げが音を立てている。


「あんたもいる?これ欠けちゃってるから、持っていきなさいよ」

「ありがと。タンパク質ゲットだぜ」

「何よそれ」

「ん、何でもない…。何枚?」

「ネット注文の2枚よ。フライヤーの火を落とすギリギリに注文はいるから、やんなるのよね。

わざわざ人に届けさせてまで食べるもんかしらね」

「色んな人がいるんだねぇ。有難いことです」

「右の冷蔵庫の上にお出汁入れたパックあるから、それとおネギを紗枝に持ってといてよ」

「おっけ」


業務用の大きな冷蔵庫の中から液体出汁を詰めたパックをとって、ネギの入った容器と共に妹に持っていく。


「厚揚げどんな感じ?」

「もうそろそろ」

「お姉ちゃん、昨日のクッキーどうだった?」

「美味しく頂きました。紗枝、また腕上げたね」

「ありがと。ネットと隣で出そうと思っててさ、今研究中なのよ。新しいのまた持って帰って」

「いぇーい」


おろしたての大根おろしを小さなパックに詰めながら、紗枝は姪の美優の寝転がる古びたソファを顎でさす。


相変わらずゲームに夢中な姪の足を軽く避けて、クッキーが詰まったアルミ缶を開ける。

香ばしい香りから、焼きたてなのがわかる。

ひとつ摘むとホロリと解ける。昨夜のものよりも更に美味しい。


「おぉ、これはこれは...」

「ふふ、右下のが1番自信作なのよ。いい感じじゃない?」

「これはヒット商品の予感ですわよ。天才的な腕前さすがですわ」

「ほほほ、お姉様ったら」

「お母さんもまみちゃんも気持ち悪い」

「美優も悪役令嬢ごっこしようよ」

「やだよ。誰がお母さんとごっこ遊びなんてすんの。聴いたことないよ」

「あははは。お姉さんになっちゃったね」

「パパのところ行ってくる」


叔母と母の相手が面倒なお年頃なのか美優は父である健人がいる隣の喫茶店へと向かった。


健人は妹紗枝の夫で、昔からお隣で喫茶店を営む神田さんの孫であり、私たち姉妹の幼馴染でもある。

幼い頃から、仲の良かった紗枝と健人はなるようにして結婚した。

2人が結婚した時は商店街中が祝い、区の広報誌まで取材にやってきた。少しやり過ぎな気がする。


妹お手製のクッキーをつまみながら、ぼーっとテレビを眺めていると、店先に自転車がとまる。


「こんちはー。集荷に来ました。」


屈強な体躯をした長身の男性が爽やかな笑顔で立つ。ピタッとした自転車用のウェアは彼には何だか窮屈そうに見える。


「お疲れ様。ネギ大根おろし別で、厚揚げ2つと木綿豆腐3丁の注文ね。厚揚げ詰めたら渡せるから一瞬待ってね。」


そのまま紗枝は工場に下がり、青年と私だけになる。


「こんにちは。お姉さんですか?紗枝さんが美人のお姉さんがいるって聞いてたんで、今日はラッキーです」

「あ、いやぁ、、、どうも」


あまり日頃接しないタイプの青年に戸惑ってしまう。

紗枝よ早く帰ってきてほしい。

気の利いた言葉も出ない私は視線が定まらず、何をするのか、何を発せばいいのか正解かわからないまま、時間はすぎる。

そんな間も自転車の青年は白い歯を見せながら、ニコニコと話しかけてくれるが耳に入ってこない。


「はいはい、お待たせー。今日も可愛いねぇ。自転車気をつけてちょうだいよ。コレよかったら」


紗枝よりも母の方が勢いよく工場から出てくる。

さっきまでの面倒くさそうな言葉はどこへやら、ビニールに入ったがんもどきを手に何だかイキイキしている。


「ありがとうございます!本当はダメなんですけど、有り難く頂いちゃいます。では、確かに受けとりましたんで」


青年はスマホを何やら操作し終えると手を振り自転車で去っていった。


「あの子ちょっと可愛いでしょ。今の「推し」よ。「推し」」


母の言葉に面くらいながら、妹の方を見る


「あの子ね、プロのボクシング選手らしいよ。駅の反対側にあるジムにいるんだって。

お姉ちゃん仕事帰りに会うんじゃない?」


ボクシングジム...あったようななかったような...。

ボクサーとはあんなに大きな身体をしているのか...根っからのインドアな私には目に入っても、気に留めない情報だ。


しかし母と妹の社交性は羨ましいばかりだ。

私と言えば、職場での接客応対も数年は緊張したものだ。今でも多少強張ってしまう。


「さっきの注文もジムの人の分よ。ほぼ毎日午前中と夕方に注文くれるからね。

大口の時は前もって連絡くれるし、良いお客様なのよ。

それにあんな可愛い子が取りに来てくれるとあっちゃね。サービスしちゃうわ。」


がははと笑いながら、母はソファに腰掛ける。

程なくして、ショーケースの向こうから、健人が顔を出す。


「まみちゃん、コーヒー入れたからよかったら取りに来て、お母さんの分もあるからさ」


健ちゃんは本当にいい男に育った。

兄弟同然に育った私としては、唯一心許せる3つ下の弟分なのだ。

彼は早朝から豆腐製造。豆腐作りがあらかた終わると豆腐屋を母に引き継いで、その後は自分の祖父母が営む喫茶店のマスターに変身する働き者だ。

しかも根が優しく妹と結婚してくれて有難いことこの上ない存在である。

本人にと言えば「僕は豆屋だよ。コーヒー豆と大豆を扱ってる。ダブルワークしてるの。最先端でしょ」である。

昔からじっくりと物事を眺め、淡々と成すべきことをなすおおらかな男の子だった。


妹の紗枝は真逆で、直感的に行動するタイプだ。せっかちで江戸っ子気質というか、好奇心旺盛な上せっかちな性格だと思う。そんな2人を長女の私はオロオロしながら、見てきたような気がする。


おおらかで男らしい健人になら紗枝の向こうみずな性格も安心して任せられる。


隣の喫茶店「ビーン」は老舗らしい重厚な作りの店で常連から愛される名店だ。

カウンターとテーブル席が3つと小さいながら、モーニングから閉店まで客足が絶えない。とはいえ、店にいるのはご近所の顔見知りがほとんどだ。テイクアウトや自家製の焙煎豆の販売もしており、そこそこ人気店である。


通りに面した小窓から健人がお盆に乗ったコーヒーを差し出す。


「あれまみちゃんじゃないの。入って飲んでいきなよ。オススメの本教えてよ」

並びで八百屋を営む岬さんのおじさんが手を振っている。

「図書館で会ったらね」

「図書館じゃ、気楽に話せないしなぁ。まぁ、本そのもの渡された方が早いか、またな」

「後でお店よるね」

「おう。ネギと春菊いいの入ってるよ」


健人から盆を受け取り豆腐屋に戻る。

紗枝がまた入った注文を袋に詰め込んでいた。繁盛しているようで良い事だ。ソファにかけている母の前に盆を置き、自分もソファの横に座った。


「またさっきのジムからの注文なのよね。有難いけど、木綿豆腐早くも完売だわ。

母さん、札出しといて」

「はいはーい」


調子良く返事する母の代わりに完売札をショーケースにだすと、いつも来てくれる常連さんがやってきた。


「こんにちは。木綿豆腐は無くなっちゃったのね」

「そうなのよ。まだ絹はあるわよ。油揚はのこり2枚で最後よ」

「じゃあ絹を1丁と油揚2枚もらうわ」

「いつもありがとうございます。奥さんところで、この間の体操教室どうだったの?」

「良かったわよー。体操なんて言ってるけど、簡単だし、先生が素敵なのよ。ふふふ。毎回満員御礼よ。今期はもういっぱいなんだってさ。毎回行くのが楽しみになるわよね。行くだけで若返るわよ」

「あらいいわねー。私も運動しなきゃだわねー。来期は応募しようかしらね」


楽しそうな2人の会話をききながら、油揚と絹豆腐を袋に詰める。

会計がおわっても、2人の会話は続いている。


木綿豆腐を袋に詰め終わった紗枝がソファでコーヒーをすすりながら、スマホを眺めている。


「運動ね...」

「今、老人向けの体操教室とか駅ビルのカルチャーセンターでやってるの。あのお客さんあぁ見えて60過ぎてるんだって。若いよね」

「ウソ...怖っ...すごっ...」

「お姉ちゃんもそれなりにすれば十分若いから気にすんなって」

「いや、60代の人の話の後にそんなこと言われても...私まだギリ20代だよ」

「お姉ちゃんもおしゃれすればいいのにね。そこそこモテるでしょうに。そんな地味メガネかけて、燻った色味の服ばっか着て...本ばっかり読んでても、出会いないよ」

「いや出会いとかはいいのよ私は」

「そうは言ってもね。職場と実家と家の往復じゃ楽しみも刺激もないんじゃない?」

「刺激なんてリアルな生活には勘弁だわ。物語の中だけで楽しむものよ。あとはラジオがあれば満足ですっ」

「はぁーーーお姉ちゃんってば、喪女だよね。ほんと」


紗枝の深いため息が聞こえる。


「紗枝、木綿豆腐のお客さん来たよ」


常連の美魔女が一際大きな男性と何やら話している。

どうやら知り合いのようだ。

先程の自転車青年よりもさらに筋骨隆々。長身な上に、しっかりとした胸筋が更に大きく見せている。

大きな身体に似合わず、ニコニコとした愛嬌のある笑顔で対応する姿がおばさま達を虜にするのか、次々と人が集まってきた。そこに母もしっかりと参戦している。


おばさま軍団を虜にする男性と少し距離を取るようにもう1人背の高い男性が立っている。

筋骨隆々マンに比べるとやや細身というだけでこちらも筋肉マンだ。目が合ってしまった。バツが悪そうにこちらを見るので、軽く会釈を交わした。


「紗枝、あちらの方にお渡ししたら?」

「木綿豆腐ご注文のミタヤジムの方ですか?」

「あ、はい。先程電話で豆腐お願いしたものです。あの...領収書お願いできますか」

「木綿豆腐6丁で2300円です。領収書はこちらにいれときますね。いつもありがとうございます」

「あ、いえ、こちらこそ。これで」


細筋肉マンは無愛想ながら、美優と粛々と会計を済ませている。


「ではまた」

「毎度ありがとうございまぁす」


細筋肉マンは一瞬コチラに目を向けて、会釈すると去っていった。

人々に囲まれていた筋骨隆々マンも去っていく細筋肉マンを目で追いながら、


「あ、じゃあ僕も戻るんで、みなさんまた。失礼します。あ、お豆腐ありがとうございます」


爽やかな笑顔を残して、大きな身体を揺らして細筋肉マンを追いかけて行った。


「デカいね」

「あの筋肉はそうそう見られないよね。

イイ身体ってあぁいうこと何だろうね。しかもイケメンじゃない?眼福感謝だよね。お姉ちゃんどうよ?」

「自転車くんもデカいけど、

なんかこう...ひとまわりデカい感じ。異世界の人だね」


おばさま達と別れた母は高揚した顔で戻ってくる。


「レスラーなんだって!プロレスラー!

かぁ!カッコいいわねぇ。

みたあの筋肉。ムキムキね。

笑顔もいいわー。

試合見に行こうかしらね。素敵だわぁ。

イイ身体してるわ」


ウキウキと興奮気味に話ながら、母は油揚げの完売札をだす。

間も無く絹豆腐も無くなるだろう。


「私そろそろ帰る。健ちゃんにコーヒーチケット渡しといて」

「はいはい。厚揚げ忘れないで」


母から商品にならない厚揚げを受け取り、八百屋へと向かう。

喫茶店を覗くと健ちゃんはカウンターで八百屋の岬さんと話している。


帰りに岬さんの八百屋でオススメのネギと春菊と白菜を買って、そのまま帰路についた。

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