サトルと私と缶コーヒー
「第4回下野紘・巽悠衣子の小説家になろうラジオ大賞」参加作品です。
「あ、姉貴? オレ、オレ、サトル。分かる? ちょっと風邪引いちゃってさ」
スマホの向こうから聞こえてくる声は、確かにかなりの鼻声だ。
「あのさ。頼みがあるんだけど。今、忙しい?」
平日のお昼過ぎ。
働く女の私は忙しいに決まっている。今は外回りの真っ最中だ。
スマホを片手に、ボーナス払いで買ったばかりの新品のバッグを肩に下げ、オフィス街を行き交う人波を避けながら、今まさに取引先を目指している。
「何? どうかした?」
一応、聞いてみる。
「ちょっと今困ってて、助けて貰いたいんだけど……」
出た、出た、出た!
ああ、これって別に “オレオレ詐欺” って訳じゃないですよ。応答する前に、ちゃんと発信者名も確認済み。ちゃんと弟のサトルです。
私には五歳年下の弟が居る。
小学校の入学式の時には、当時六年生だった私が教頭先生に無理を言って、わざわざ担当を変えて貰い、サトルと手を繋いで体育館を並んで入場した。
それ程に可愛い弟だったのだ。
いつの間にか私に対する呼び方が “みぃちゃん” から、“おねえちゃん” へと変わり、大学生になった途端 “姉貴” になった。
「大学の課題で空き缶を使うんだよね。コーヒーとかの。どうせならカッコイイのが良いと思って。姉貴のセンスで選んでくれない?」
なんだそれ?
どうやら提出する課題に使うらしい。電気の通り具合がどうとか、アルミ缶よりもスチール缶が良いとかスマホの向こうで言っている。
弟よ。缶のデザインにこだわる前に、他にすべき事があるだろう?
確かに私は美術系の大学を出て、今はデザイン会社でデザイナーとして働いている。
カッコイイ? 姉貴のセンス?
私はその日の仕事終わりと、翌日の休日とをフルに使って、最高の缶コーヒーの缶を手に入れるべく奔走。
見た目は勿論、SDGsも考慮して環境負荷軽減缶を選択、最高の一本を持って実家へと帰還したわけ。
一ヶ月後、久々に実家に戻り、テレビを見ながら寛ぐ私。
「ビールでも飲むか」と冷蔵庫を開け、目に飛び込んできたのは、ヒールで歩き回り靴擦れを作ってまで入手したあの缶コーヒー。
「飲んでおk」と黄色い付箋。
「やっぱ、シンプルな方が良くね? 評価 “秀”。オレすげー」
完成したサトルの課題の真ん中で、黄緑色の(某有名メーカーの)お茶の缶が回ってた。
完敗。いやいや、乾杯!