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醜い得体 (R 15版)  作者: 藤沢凪
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四 鷲宮悠介 1 崩壊

 鷲宮悠介 1 崩壊


 人が変わりゆく姿に初めて惹かれたのは八歳の頃だった。その対象は母親で、父親と別れて、僕と二人暮らしになってから生活は荒んでいくのだった。

 父と離れるまでは、朝食も夕食も手を抜く事はなく、僕は三人で囲む食卓に幸せを感じていたと思う。記憶の中で父はとても優しい人間で、その裏にある醜い本性を隠して僕等と暮らしているとは到底思えなかった。僕が八歳の時、父は殺人未遂で捕まった。相手は同じ職場の部下で、不倫関係にあったその女と、職場の近くのラブホテルで性交を交わし、仕舞いに首を絞めて、気を失った女を残して去ったのだった。

 犯行のあった夜中に父は帰ってきて、真っ青な顔で一言も喋らず、母もそんな父の様子に違和感を覚えていた様だったけれど、何も言わず、家族三人の最後の夜は過ぎていった。

 何故僕がこんなに細かく知っているのかというと、母に聞いたからだ。事件後、しばらくは平静を装っていたのだけれど、次第に酒に溺れる様になり、酩酊した母に事の顛末を聞くとあっさりと答えた。家族を裏切って私欲を尽くした彼は、最後の最後に家族に化けの皮を剥いでみせた。僕はそれが許せない。多分彼は、その女と戯れていて、細長いネクタイか何かを使って特殊なプレイにでも励んでいたのだろう。そのまま、殺してしまったと思った。だから救急車も呼ばずホテルを後にした。そこまでの細かな事情は聞いていないので、全て僕の想像でしかないのだが、だとしたら何故優しい父を全うしなかったのか? 不倫相手を殺したと思い込み、青ざめた表情を晒された側としては、彼に軽蔑の心象しか残らない。何故その夜帰って来たのか? 如何にも人間臭くて仕様がない。これから憎まれ続ける家族達と、最後の時を過ごしたいとでも思ったのか? 僕は、優しい笑顔の父を頭に置いておきたかったのかもしれない。彼の事を思い出す時は、どうしてもあの青ざめた表情が浮かんでしまう。

 僕はとても、自分でも異常だと思う程のプラス思考な人間だと思う。幸せと感じていた家族三人での食卓を失っても、父に嫌悪は抱かなかった。父が居なくなっても、僕は泣く事もなく、ぐずる事もなくて、それは母のストレスになっていたのだろう。あの男が残した柵は、母には耐える事の出来ないものだった。僕は母の同調に応えなかった。母に父を否定する様な事は言わなかった。多分母は、僕に父と同じものを感じたのかもしれない。得体の知れない、醜い本性を隠し持っている事に気付いたのかもしれない。

 母の生活音が嫌いになった。母は人格が別の人に入れ代わってしまったかのように荒々しくドアを開け閉めして、ドスッドスッと音を立てながら歩く様になった。それは僕への威嚇の様に感じた。料理を作る事は無くなり、父と長い時を過ごした部屋に引き込もる様になった。

 僕は、父との思い出の残るあの部屋にずっと居るのは嫌じゃないのかな? と思っていたけれど、僕の感覚と母の感覚はズレていた。だから母の思考は読めなかった。その母の思念は僕にとって、興味を激しく唆るものだった。僕は自分が知り得もしない感情を知りたい。父の想いを、母の想いを事細かに細分したかった。

 母の容姿はとても美しかった。父と別れた後は男をよく家に連れ込む様になった。母は自分の生活と、僕を養っていくためにキャバクラで働く様になっていて、会話から漏れ出る単語から、そのお店で出会った男を連れてきている様だった。いつも石鹸の清潔な香りで包まれていた母が、酒と煙草の匂いを誤魔化す為、キツめの香水で身を纏うようになってから僕の心は揺れた。部屋の造りが、大きめのリビングがあり、僕と母の部屋が隣同士だったため、母の喘ぐ声がよく聞こえてきていた。あんなに優しくて美しい母が、様々な男と交わる声を聞くのは、僕にとって本来は耐え難いものだった。

 僕は母が好きだった。それは、幼い子供にとって当たり前の事だと思う。父を失って、僕には母しか頼る人が居なかった。でも母は壊れてしまった。僕はそんな母を正当化しようとしていたのかもしれない。だから、母から乱れ漏れる声も、次第に性的な興奮へと僕の中で形を変えていった。

 九歳の僕には、××××の意味や意図など分かる筈無かった。その声が初めて聞こえてきた時、母が虐められていると思った。でも僕の体は、母の部屋へ助けに行こうと動く事は無かった。喜び、怒り、哀しみ、楽しみの中で、母の声は喜びを帯びていた。母の喜びの最中に、僕は入る余地が無いと気付いた。その声に、嫌悪を抱いていたのは僅かな時で、次第にそれは、当時の僕には、知り得もしない感覚を与えてくれる、至福の時になった。

 いつしか、その声を待ちわびている事に気付いた。僕は、過去の自分の見解を断定した。母は虐められているのでは無い、喜んでいるのだ。その声を聞く様になり暫くして、××が反応している事に気付いた。××の仕方など知る筈も無かった僕は、ただ硬くなったそれを両手で締めつけ、暖かく高揚する感覚に夢中になった。いつも、排尿してしまいそうになる寸前で手を離していたのだけれど、自制する事が出来ず、尿道から何かが流れ出した。それは小便とは違う、ねっとりとパンツに絡みつくスライムの様な物だった。

 それを××だと知ったのはずっと後で、中学の同級生からピストン方式の××の仕方を教わるまで、僕は、××を手で締めつける××方式を繰り返し過ごしてしまった。そのせいで、僕はピストン方式で快感を得る事が出来ない。前戯でどれだけ性欲を昂ぶらせても、×に××を詰め、出し入れしても快楽を得ることが出来ないのだ。前戯の最中で、下着を身に着けたまま、××に××を押し付けている時が一番気持ちが良い。でもそれは、動物としてとても重要な、生殖行為の欠損だと思い、誰にも打ち明ける事は出来なかった。

 僕が恋愛に求めるものは××××ではない。僕には想像も出来ない、恋をする事によって歪む、人の心の変化に胸が弾む。それが僕の純愛であった。何故ならそれは、日々の生活では感じる事の出来ない、全く別世界の快感だったから。その快楽に僕は没頭した。好きになって、交際した相手に様々な嫌がらせをしてきたと思う。でも、そうする事でしか幸せを感じられない僕を誰かに認めて欲しい。

 多分それは、願えば願う程目的を見失い、己を著しく汚していく垢となるものだと、いつしか気付いていた。

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