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醜い得体 (R 15版)  作者: 藤沢凪
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三 衛藤夏妃 2 東京

 衛藤夏妃 2 東京


 悠介と付き合う事になって一週間程経った頃、彼が私の家に泊まりに来る事になった。

 十八歳の時に地元の長崎から上京して、六年間同じ部屋に住んでいる。わざわざ九州から出て進学する程の大学でも無かったけど、このまま、日本を身体で例えると、まさに××の穴の様な位置にある地元に居座る気は無かった。

 高校の同級生には、卒業したら福岡の大学に進学するんだと、息を巻いて喋る奴が私が見た中でも七人居た。××の穴から大腸に向かうのの、何が偉いのかは私には分からなかった。だから東京を選んだのかもしれない。日本の中心である筈の東京に、こんな田舎の町じゃ、他の奴らの選択肢には思い描かないであろう程の都会に移り住む自分に酔いたかった。自分からその事を言ったりなんかはしない。誰かに、「夏妃ちゃんは大学どうすっと?」なんて聞かれた時にだけ告白するのだ。

 そんな時でも、鼻につかない様に、「私は東京の方なんやけど、別に有名な大学や無いけん言っても分からんと思うよ。ただ東京に住んでみたかっただけやけん」と誇張無しに応える様にしていた。家の都合でとか、有名な大学に行く等と嘘をついて話しても、後でバレてしまった時に恥ずかしい思いをするのは自分だ。そんな虚実を混じえる必要も無いくらい、地元に甘んじる同級生達は憧れの目を向けてくれた。そんな会話をする輪の中に、福岡の大学に行くと鼻を高くして喋っていた女がいて、そいつの顔を見てみると、顔を顰めて、片方の口の端から小鼻にかけて、それもう消え無いんじゃない? というくらいの深い溝が出来上がっていた。そいつのその時出来てしまったであろう片方だけ濃い豊齢線を敬って、心の中で腹を抱えて笑ってあげた。

 ただ、卒業も間近に控えた頃になって、クラスでは大人しく、男共の中ではおしとやかと言われている女がいて、その子は卒業して海外に留学するという噂が流れてきた。九州から離れるのはそれまで私くらいしか居ないと思っていて、話しを聞いていると留学先はフランスのパリとの事だった。それから私の優位性は一気に損なわれた。クラス中の奴ら、ましてや他のクラスの見た事の無いメガネの奴まで、廊下で、こちらも見た事の無い、三年間本当にこの学校に居た? という様な鼻の下の異様に長いチビと話題にしているのを耳にした。

 留学は親の意向だとその女は言っていたらしい、後で調べたのだがそれは事実だった。私は井の中の蛙だった。福岡の大学に進学すると言って、長崎に留まる奴らを見下している奴らを馬鹿にしていたのに、こんな××の穴にはまだ上が居た。私は悔しかった。一番悔しかったのはその女が美しかった事。どの男共の、心の意中に居る筈のその女に嫉妬していた事もあった。高校内で付き合った男達は、私の事が一番だと言ってくれてはいたけれど、きっとあの女は落とせないと妥協して私を選んだのだ。手を伸ばせば、どんな男でも手に入る筈のその女の浮いた噂を聞いた事は無かった。どこまでも自分の立ち位置を気に掛けて、仕舞いにはフランスのパリに留学とか、いつまでも周囲にいる奴らのアイドルでいたいと渇望している、皆の偶像で居る事でしか性的欲求を満たされない異常者だと私は思った。

 異常な性癖を保持している彼女の話題が上がる度、大腸に進学する女が私を見ていたけど、私は決して顔を歪め無かった。片方だけ豊齢線の濃い女に魅了される人間は居ないだろう。ここで顔を顰めれば、私は大腸と同じ道をきっと歩く。片方の豊齢線が濃い事で、後悔ばかりする人生になってしまう。私は負けを認めていた。だけど人生が終わった訳じゃない。異常性癖保持者はその特異性ゆえ、恋愛経験の殆ど無いまま結婚でもするのだろう。誰もが羨む様な夫婦を外面で演じながら、家では家庭内暴力にでも苛まされる生涯を生きていけばいい。私は、誰よりも幸せになってみせる。要領良く生きて、誰もが羨む幸せを掴んでみせる。

 その為にも、私は多くの男と出会わなければいけない。数が多ければ良いというものでも無いから、ある程度吟味して、男という生態を頭頂葉から××の奥まで叩き込まなければいけない。

 悠介と恋愛をこなしていくのは、私にとっては過程でしか無い。というより、私は男に心を奪われたなんて経験が無かった。それは誰しもが体験するものなのだろうか? 私には、良しとする男達と性行為をしても、感情を動かされる事は無く、その××が太くても硬くても、一人でやる時と比べると、時間が長くて疲れるだけで、喘ぐ声なんてどうせちゃんと聞いていないのだから、携帯のボイスレコーダーにでも録音して、口元を隠し、その再生でどうにか繕えないだろうかと思う程だった。

 幸せというのを他人はどこで感じるのだろう。頭の中がお花畑の様な楓と、一日でいいから、脳味噌の感情を司る部分を入れ替えて貰いたい。そして、恋愛関係を結んでいる男に抱かれてみたい。きっとその感情は、私の知らないものなのだ。幸せな未来を願っても、何に満たされるのかも分からないのに、何を求めていけばいいのだろう? いつか結婚をすれば、子を持てば、知らなかった感情に巡り逢えるとでもいうのか?

 分からない事を考え過ぎても仕様がない。もしかしたら、今日その意味に気付く事が出来るのかもしれない。

 今日は付き合いたての彼が家に泊まりに来る。大して嬉しくもないけれど、一応散らかった部屋を掃除して、彼が来るまでに調理を終わらせておかなければいけない。掃除をするのは苦手だったけど、料理を作る事は得意な方だった。

 彼と初めて逢った合コンの時、「得意料理は何ですか?」などと、まるでお見合いの席かの様な質問に応えていた。彼はそれを覚えていて、メールで、「夏妃さんの得意料理食べたいな」と言ってきていた。別に断る理由もないし、外では付き合う前に散々会っていたので、彼を家に招いて料理を振る舞う事になった。

 いつも得意料理はロールキャベツだと答えていた。別に嘘じゃない。ただ得意料理とよく作る料理は違うものだ。ハンバーグのタネを作り、茹でたキャベツの葉で巻き爪楊枝で止めて、それをトマト缶を水で薄めたスープをコンソメで味付けしたものに入れて煮込む。こんな面倒なものを誰が一人暮らしの普段の食事に選ぶというのか? いつもは自炊と言っても、パスタを茹でて、レトルトのソースをかけて食べる事が多い。たまにソースも自分で作る事はあるけれど、大抵はそんな調理したとは言えないものを食べている。何故ロールキャベツを得意料理と言うのかというと、ある程度凝ったもので、相手に料理が出来ると印象付ける事の出来る物だと思っているからだ。

 彼は予定の時刻の十分前に家の前に着いたと電話を掛けてきて、オートロックを解除し、玄関を開けて彼を部屋の中に招き入れた。八畳の一部屋しかないので、テーブルに彼を案内すればどうしても隅のベッドが目に入ってしまう。前回会った時にもう身体の関係は済ませていたので、恥ずかしい事など無いけれど、食事の後はお酒でも飲み、そのベッドで結ばれるのかと思うと、少しだけむず痒い感覚がした。

 この男は今何を思うのだろう? もし興奮でもしているのなら羨ましい限りだ。テレビを点けて、缶ビールを差し出し、少し待っててと言ってキッチンに戻った。お酒を嗜む私の感覚で言うと、いきなりロールキャベツと白米を出すのは重たいと思う。スーパーで買って来たお新香とお刺身と、自分で作った出汁巻玉子を皿に乗せて持って行った。いつも男が家に来る時は、大体この三品を先に出す様にしている。普段自分が一人で酒を飲む時のアテは、スーパーの惣菜のイカを焼いたやつや、鳥やイカの唐揚げ、塩辛など、親父臭くてイカづくしの色気も何も無いものだった。異性に出すものであれば、高級すぎず、やり過ぎない事が大事だと思う。唐揚げは悪くない選択肢ではあるけれど、そのくらいだったらちゃんと自分で作ったものが良い。今日はメインにロールキャベツがあるので、また更に手を掛けて、鶏肉に下味をつけて、片付けの億劫になる油を使い揚げるのは避けたいし、気持ちが入り過ぎてると思う。

 出汁巻玉子は手軽な上に、家庭的な面も出せる。刺身は自分で作るなどという物でも無いので、お皿に移して出せばいい。お新香は自分で作る事も出来るけれど、そこまでの本気感を出すのもどうかと思う。私がもし友達の家に食事をしに行った時に、自分で漬けたお新香などを出されたら引いてしまう。客観的に見て、そう思ってしまう様な事を私は避ける様にしていた。

 三品をテーブルに並べ、私の分のビールを持って戻ってくるまで、彼はおあずけを食らっている飼い犬の様に正座をして待っていた。乾杯をして、出した物をつまみながら彼の過去などを聞いてみた。

「悠介君って楓と仲良かったの?」

 特に興味も無いけど、私と彼にとっては唯一の共通の話題が彼女だった。

「仲良くないよ、楓さんに僕の事聞いたりしてる?」

「あなたの話しをする事はあるけど、楓はそっかぁくらいしか言わないね」

「そうか、良かった」

 何が良かったのかは分からないけど、そんな事を深く考える必要は無かった。特に盛り上がりもしない楓の話しはこのくらいにして、飲み干した缶ビールを下げて、二千円程のワインを開けグラスに注ぎ乾杯した。それからは、彼の人となりを探ってみようと思った。

「悠介君ってどんな人がタイプなの?」

 彼は間髪も入れず応えた。

「夏妃さんみたいな人です」

「そういう事じゃなくてさ、なんていうか性格とかなんとか」

「性格か、どうだろ? 生活音が穏やかな人かな?」

「生活音?」

 私にはあまり聞き慣れない単語だった。

「僕は結構神経質な所があるから、人が扉を開ける音、キッチンで作業している音なんかが荒いと、機嫌が悪いのかなと勘繰ってしまう節があるんだ」

「そうなんだ。私は大丈夫だったかな?」

「大丈夫じゃなかったらこんな話しはしていないよ」

「まぁそうか。繊細なんだね、前の彼女にそんな人がいたの?」

「居たよ。当時、僕も家があったんだけれど、彼女の家に半同棲の様になっていて、どれだけ疲れて眠っていても、彼女が帰ってくるとその生活音の中に、苛立ちが混じっている気がして覚醒して眠れなくなってしまうんだ」

 始めは童貞かと疑った事もあったけれど、その話しを聞いてその疑惑は払拭された。彼と一夜を共にした時も、拙いという感覚は無かった。当たり前の順序を踏んで、こなしていると思う事もあった。もしもゴムを付けるのを手こずったり、入れる穴さえ分からない様であれば今後の関係も見直さなければならなかったけれど、もしかするとまた違う性的嗜好があるのかと思う程、そんなものにマニュアルがあるとすればその通りの性交だった。

「逆に良かったなって思う人はいたの?」

「居たかな。でも僕の中ではまだまだって時に離れていったね」

「そっか、辛かった?」

「辛かったよ。もっとやってみたい事があったのに」

「やってみたい事?」

「何でもない、気にしないで」

 気にしないでと言われても、彼はたまにおかしな言葉を使う事がある。頭があまり良く無いのか? 深く考えても仕様が無いし、ワインもそろそろ空になる。

「ロールキャベツ温めてくるね」

「楽しみだな」

 鍋に火をかけ、お皿を準備して白米を茶碗によそった。温めたロールキャベツを皿に移す時に不覚にも一つ床に落としてしまった。ティッシュを三枚重ねてそれを拾い見てみると、掃除機をちゃんとかけた筈なのに、陰毛の様な物が一本付いていた。そいつは、いつ落ちたのか? という程部屋の隅々に落ちている。私は自分の掃除のツメの甘さに微笑みながら、縮れた毛を取り除き、そのロールキャベツを彼の皿に盛り付け、上からバジルを振りかけた。

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