二十 齋藤裕也 3 盗聴
齋藤裕也 3 盗聴
彼女を失った悲しみは、日に日に強くなっていく。仕事をしている時は特に、僕は何の為に東京まで来て、こんなつまらない事をしているのだろう? と、答えなど無い様な問いを繰り返し、心を乱すのであった。
あの日、彼女にバレて、醜態を晒してからは盗聴していない。そのイヤフォンを、耳に付けるのが怖い。僕の悪口が聞こえたとしたら、いたたまれない。
それでも今、彼女の部屋を盗聴する事は、僕の生活の中で、とても重要な糧となっている事に気付いていた。だから今日は、あの日から二週間振りに、彼女の生活を覗いてみようと心に決めていた。大して飲めもしないのに、小さめの缶チューハイを五本も買って、風呂にゆっくり浸かり、つまみにししゃもを焼いて、チーズとたこわさもテーブルに並べ、クッションを敷いて座り、盗聴用のイヤフォンを耳に挿した。
まだ、彼女は帰宅して居ない様だった。電化製品のゴゥゥゥという音がいつまでも鳴り響いている。彼女には嘘を吐いていた。盗聴器は、加湿器のコンセントを挿しているアダプターでは無く、ベッドの横のアダプターだった。
僕は、怖かったから。今の生活から、彼女を失ってしまうのが怖かったから、咄嗟に嘘を吐いてしまった。そして、またこうやって彼女を盗聴している。チーズをクチャクチャと音を鳴らして咀嚼し、グラスに注いだレモンチューハイを呷ると、次第に気分が昂揚していく感覚がした。
本当は、気付いていた。こんなもの、彼女の為にやっていた事なんかじゃ無い。自分の為だ。違うというのなら、何故あの次の日も盗聴しなかった? 彼女の事が心配で盗聴器を仕掛けたのであれば、聴くべきだ。鷲宮悠介を部屋に招き、暴行を加えているのであろう事を察知して彼女の家へ行く時、何を思った? 別の男を部屋に入れて、何をしているのか? と、憤りを感じて僕は動いたのだ。
僕は彼女を守ろうとしていたんじゃない。ただ、我が独占欲に支配されて、彼女が他の男に近付く事に憎悪を抱いていたのだ。そして、別れを告げられて二週間後に、彼女の生活音を聞こうとしているのは、心配だからじゃない。彼女が声を出さなくても、その生活音を聞いているだけで、心は昂り、他では得られない快楽を僕に与えてくれるからだ。
もうすぐ、彼女が帰ってくる時間帯に差し掛かる。僕の息子は、ひくひくと痙攣し始めた。あれ? もしかすると、付き合っていた時より興奮しているんじゃないか? なんだ、じゃあ落ち込む必要など無いじゃないか。認めてあげよう。僕は、大好きだったあの人と、恋人同士で居たかったんじゃない。彼女に嫌われているのに、その生活を覗き見ている事に快楽を覚えるんだ。
一人、部屋の中で狂った様に笑った。それはそれは、気持ちの悪い。よくテレビで観るストーカーというものじゃ無いのか? 初めて垣間見た己の醜い本性と、僕は、どう向き合っていけばいいのだろう。
イヤフォンから、ドアの開く音がした。その音は微かで分かり辛いのだが、今まで盗聴してきた経験で、それが玄関のドアの開閉音だとすぐに気付いた。
僕は、考える事を止めて、その音に釘付けになった。寝室へ繋がるドアが開く音がはっきり聞こえた。僕は、ずっと待ち侘びたご主人が帰って来た飼い犬の様に、ハァハァと荒い息を吐き出しながら涎を垂らしていた。
ベッドに腰を掛ける音がした。僕と遊んだあのベッドに、彼女は腰を掛けている。僕の息子は起き上がった。彼女はガサガサと、ビニール袋の中から何かを取り出した様だった。パコっという音がした後、カチカチという音がした。何かを組み立てているのか? 暫くすると、「ヴィィィィン」という×××の音がした。
これは、まさか? ××××という物なのか? 現物を見た事は無い。女の子が、自慰の時に使うと言われている、ピンク××××を買って来たのか? だとしたら、この後、声が聴ける。彼女の悶えよがっているのであろう声を聴く事が出来る。
××の音はまだ鳴り止まない。僕は、息子を撫で、掴み反らして、××と目を合わせた。息子は、笑っている様に見えた。口しか無い我が息子は、××××を垂らしながら微笑んでいる様に見えた。
まだ彼女の声は漏れないのだけれど、××の時は声を出さないタイプかもしれないので、一度×ク事にした。彼女が×××××に××××を充てがう姿を想像して、夢中で我が子を××いた。反らせた××の先から、××は鳩尾まで飛んで、出尽くした頃には、ヌルヌルと滑りヘソに溜まった。
僕は、愉悦に浸っており、そんなつもりは無いのだが、口の端を大きく吊り上げていて、無意識だが、笑っていたんじゃないかと思う。
その時、またドアが開く音がした。この音は、玄関の方のドアの音だ。ズシズシと寝室へと足音が向かって来る。誰だ? 楓か? まさか、鷲宮か?
「あっ、おかえり」
鷲宮だった。あまりにも、予想の範囲外で、僕は混乱していた。
「ただいま。ちゃんと買って来た?」
「買って来たよ」
音が、おかしい。遠くから夏妃の声が聴こえる。ベッドに座っている筈の彼女の声が遠くから聴こえる。鷲宮の声が近くから聴こえる。おかえり? どういう事だ? 何故夏妃がただいまというのか?
「これ? 何か細くない? 私がネットで見たのもっと太かったんだけど?」
「いや、ちゃんと店員さんに聞いたよ。そしたら、最初はこのくらいからがいいって言われて」
「びびってんじゃねぇよ! 今日はいいけど、今度は一番太いやつ買ってこい」
「は、い」
「それちゃんと動くの?」
「動くよ。さっき電池入れて動かしてみたから」
「じゃあやろっか」
「えっ、もう?」
「そこにうつ伏せになって」
「えっ、まだ心の準備が」
「お前選んだよなぁ? こっち選んだんなら文句言うな」
「は、い」
……
「はい入れまーす」
「い、いやっ、入んないよ。ローションも買って来たからさ、ローション使ってよ」
「何楽しようとしてんの? お前はサラダ油で充分だろうが! もういい、油も要らないよね? このまま入れる」
「嫌、止めてよ!」
「お前×××開発するって言っただろうが。甘えんなよ」
「無理矢理じゃ無くて、ゆっくりで……」
「はっ? 一回咥えてから言えよ。××の力抜いて」
「えっ? うっ」
「んっ、んっ、もっと力抜いて。ちょっと入ったわ、ホラッ」
「ちょっと、うっ、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
「キャハハハハハハ、半分くらい入ったんじゃない?」
「いや、スイッチ入れないでよ! へ、変な所掻き回されてるから」
「じゃあローション塗ってあげるよ」
「そのまま掛けるの? いやっ! 穴の中に直接入れないでよ!」
「腸の中にさぁ? アハハ、こんなにローション入れたらどうなるのかなぁ? アヘ、ア、ハァハァアヘハハハ」
「も、漏れちゃうよ」
「漏らしたら殺す」
何だコレは? 一体、何をやっているというんだ? そして、僕が盛っていたのは全て、鷲宮だったのか? 鷲宮の×××を開発する為の×××の音で僕は絶頂に達してしまったのか?
「あれ? もう入んないや。もういいよ、仰向けになって」
「あ、はい」
「アハハハハ、あんな嫌がってる素振りしてた癖に、ガチガチに×ってんじゃん」
「いや、前立腺を刺激されたら、誰だってきっとこうなるよ」
「じゃあいつもの所に座って」
「またあのマッサージチェアでやるのか」
「臭っ、お前これ後で洗っとけよ」
「嗅がないでよ、そんなもの」
「あっ、それ持ってって」
「これって、いつも僕を縛ってたやつだよね。あれ? これハンモックだったの?」
「何でもいいでしょ」
何だコレは? 僕が、彼女にあげたプレゼントは、彼女と鷲宮の異常なプレイをアシストする道具として重宝されていた。こんな報われない事があるか! 八万円もしたんだぞ。あのマッサージチェアは、夏妃の疲れを癒やす為に買ったんだぞ!
いくら声に出してみても、もう彼女に届ける術は無い。マッサージチェアは、イカれてしまったのか? ゴゥゴゥと悲鳴の様な音で鳴いていた。
鷲宮の唸る声と、夏妃の笑い声は夜明けまで続いた。僕は、泣きながら全てを聴き遂げたのだった。