十八 衛藤夏妃 7 醜い性
衛藤夏妃 7 醜い性
苛々する。全てに対して憤りを感じる。
チャイムの音が聞こえた。大事な時に、私の心を割くんじゃない。
思わず、持っていた棒を落としてしまい、エントランスに居る訪問客が映る、備え付けの電話機の所まで近寄った。
「はっ?」
私は、思わず声を出してしまった。
「どうしたの?」
マッサージチェアに、ハンモックで括り付けた男が口を開いた。
「いや、いいよ」
私は、落としてしまった、殴るのに丁度良い棒を拾い上げた。
ピンポーン
殴るのに丁度良い棒を床に置いた。そして、液晶に映る、間抜けな顔をした齋藤裕也の顔を凝視した。インターホンの電源を切って、携帯を見てみた。マナーモードに設定していたので、気付かなかったのだが、裕也からの着信履歴が三件あった。
コイツはなんなんだ? こんな時にタイミング悪く、しつこく連絡など寄越して。せっかく昂揚していた心が鎮まってしまう。
昂揚していた? 私は先刻まで、昂っていたのだろうか? 何故? 少しだけ、記憶が飛んでいる様な感覚がした。ふと見てみると、椅子に括り付けた男は、血で染まり、顔が腫れ上がっていた。
途切れ途切れの記憶を繋ぐと、紛れもなくそれは、鷲宮悠介であり、一瞥すると、端正な顔立ちをしている様に感じるそいつの顔が、焼いた餅の様に膨らんでいる様を見て、笑いが込みあげてきた。
「ハハッ、ハッ、何その顔? こんな状況なのに笑わせないでよ」
「えっ? 何言ってるの? 君がこうしたんだよ? それに、君はさっきからずっと笑ってるよ」
「いや、分かってるけどさぁ、そんなマンガみたいに腫れると思わんやん? お前さぁ、顔が潰れたら魅力ゼロだな」
「それは、君もそうだと思うけどね」
「褒め言葉と受け取っておくわ」
その時、またチャイムが鳴った。電源を切った筈なのに、違う、その音は、部屋の前から鳴らす方のチャイムの音だった。
「なんなんだよアイツ。お前、声出すなよ」
私は、血が上ってしまったまま、玄関の前まで辿り着いた。一つだけ深い呼吸をして、チェーンを掛けて、ドアを開いて声を掛けた。
「こんばんは」
コイツに、今、私の顔はどう映っているのだろう? ふと思ってはみたけれど、そんな事はもう、どうでもいい事に気付いた。
「夏妃、ちゃん? あの、大丈夫かな?」
意味が不明だった。お前が、呼んでも無いのに勝手に来たんだろ。まず始めに、お前がここまで来た理屈を言えよ。
「どうしたの? 大丈夫だよ。風邪引いてるからさ、移したら悪いから、帰ってくれるかな?」
「風邪って、もしかして、十日前くらいからそうなの?」
「えっ、そうかな。多分そのくらいから具合悪いんだ」
「だから、僕を呼んでくれないのかな?」
「そう、そうだよ。変に心配させたく無いし、それで来てもらっても、風邪を移してしまったりしたら、私は気が滅入ってしまうよ」
帰れと言ってるのに、いつまでも話しを引き延ばされる事によって、私の血はまた上っていき、降りられ無い高さにまで登って行こうとしていた。
「僕は、君の容体が少しでも良くなるなら、その風邪が移ったっていい。君の側に居たいんだ」
「ねぇ? 話し聞いてた? それじゃあ私が心地よく無いんだよ」
「でも僕は、君がストーカーの被害に遭ってるのに、独りで抱え込んでいると思うと、居ても立っても居られないんだよ」
「それはまた別の話しなんだよ。だからさ、言ってるよね? 風邪引いてるからさぁ、帰ってくれないかなぁ?」
「僕は、君を守りたいんだ」
会話が、まるで噛み合わない。ここまで頭が悪いとは思っていなかった。
「ってかさ、どうやって部屋の前まで来たのかな?」
「宅急便の人が丁度通って、それで」
「それに着いて来たんだ?」
裕也は小さく頷いた。最近のネットショッピングの、過剰な普及もどうかしている。その行為を、全面的に禁止事項にしないと、部屋を借りる時に割高になる、オートロックの意味がまるで無かった。
「帰ってくれるかな?」
「ねぇ? それは、何?」
裕也が視線を落とした先には、悠介の頭にぶつけ、割れてバラバラになった植木鉢の残骸と、萎れかけた花が散らばっていた。
「あ、あーごめん。立ち眩みがしてさ、落としちゃったんだ」
「その服にさ、付いてる血は何?」
私は、興奮していたのか? 悠介から吹く返り血が、真っ白な部屋着に飛び散っていた事に気付いていなかった。朱色や、紺色の部屋着もあったのに、何故今日に限って、白い服を選んでしまったのか?
「これ? 拾おうとして指切っちゃったんだ。その血だよ」
「指を見せて」
「なんで?」
「心配だから」
「切り傷くらいで心配されたく無いんだけど」
「このチェーンを、外してくれないかな?」
「もう、いい加減帰ってくれないかな?」
「誰か、中に居るのかな? だから、部屋に入れてくれないのかな?」
「だからさぁ、何回も言ってるよね? 風邪引いてるからさぁ、誰も部屋に入れたく無いって言ってるよねぇ?」
この男には、何か確信があるのでは無いかと思った。
「じゃあ夏妃ちゃんは、このチェーンを外してお風呂場に入ってよ、その間に、僕が部屋を片付けてあげるから、それなら、風邪は移らないよね?」
今までの会話が不自然過ぎる、何故そんな異常に気付かずいたのか?
「今日はさぁ、一人になりたいんだよ。分かってよ」
「一人、じゃ無いんじゃ無いの? 僕達は、付き合ってるよね? それなのに、異性を部屋に入れるのは、いけない事だよね?」
冷静になって考えれば、すぐに分かる事だった。それほどまでに、私の頭は沸いて、施しようも無かったのだろう。
「帰れよ。あと、二度と私の前に顔出さないで」
「えっ? 何で? 何でそんな話しになるのかな?」
「ってか帰る前に、盗聴器かカメラの場所言っていけよ」
「はっ? はっ? 何で、何それ? 何の事言ってるの?」
「おーい! 声出してみてー!」
私は、寝室に向かって呼び掛けた。
「ア、アァァァァア!」
悠介は、私達のやり取りが聞こえていたのか? 捕らわれた猪の様な叫びを上げた。
「はっ? えっ、えっ? あ、何で鷲宮が居るの?」
「ほら、鷲宮ってすぐ分かったね。あんな叫び声じゃ普通は、一回会っただけの人の声かどうかなんて分かんないよ」
「そ、そんなんじゃ無いよ? 僕は、今ので初めて、鷲宮悠介がこの部屋に居るって分かったよ」
「お前さぁ、もうちょっと考えて喋った方がいいよ」
「お前? 夏妃ちゃん。どういう事?」
「私の服に、血が付いてるって言ったじゃん。確かに、これは悠介の返り血だよ。でもね、普通の発想だったら、ミートソースとか、赤ワインを零したのかな? ってなるんだよ。なのに裕也は、この染みを、血だと断言した。それは、紛う事なき真実だと言わんばかりに。それに気付いてから、確信する為に、幾つかの罠を張ったんだよ」
「……もう、繕えないんだね」
「そうだね」
「その事を知って君は、私を守ろうとしてそこまでしてくれたんだって思う事は出来ないのかな?」
「出来る訳無いじゃん」
「えっ? 本当に君の為だったんだよ? き、君のため君のため君のため君のため!」
「気持ち悪い」
「……そっか。君は、美しくて、頭が良い。僕の、本当に僕の、天使だった。僕だって、こんな事をしてしまったのを知られれば、もう、君と恋を育んでいくことが出来無い事を分かっている。君の前には、もう現れない。そんな人が居る筈無いけれど、君に負けない美しさを備える人を、捕まえてみせるよ」
よくそんな長ったらしい不粋な言葉を、ドアチェーンのせいで狭まった隙間から臆面なく言えるものだな、と感心していた。
そのまま背を向けたものだから、私は、慌てて引き留めた。
「ちょっと待て!」
「どうしたの?」
「いや、盗聴器か何か知らんけど、それ部屋にあるままだよね? 外すから何処にあるか言って帰れよ」
「あー、そうだね。加湿器のコンセントを挿している、三つの口が付いているアダプターが受信機だよ」
「そっか、じゃあ、さよなら」
「さよなら」
変態と別れを告げた後、部屋に戻り、加湿器の横のアダプターを外して、ベランダに放った。処分は明日以降にすればいいか。
それよりも、この部屋の中央で、高価な椅子に座り、縛られ、乾いた血を身体中に貼り付けている方の変態の処分の方が急務だった。
多分私は、裕也がチャイムを鳴らさなければ、この男を殺していたのだろう。殺してしまえば、きっと私には、取り繕う術は無い。警察の追求には早々に折れて、殺人罪で十年弱の刑を執行されたのであろう。
しかし、幸運にも、歯止めが掛かってくれた。私は、衝動に任せて、この男を殺さずに済んだ。
私は、何を望んでいるのだろう?
楽しかった。悠介を殴って、その心と身体を追い詰める事が、とても楽しかった。改めて状況を整理してみると、私は、この変態に暴行を加えて軟禁している。これはもしかすると、罪になるのでは無いか? そう思うと、少しだけ苛ついた。こっちが被害を受けている時は、大して捜査もせずに手を引いた癖に、私がほんの少し、この変態に報復したくらいで私は加害者なのか? 確かに、一時は殺してしまう所まで昂っていたのだが、今は、とてもじゃ無いけど、人を殺してしまおうなどという精神状態には無い。裕也に、盗聴器を仕掛けられ、その衝動を抑えてもらった事に、ほんの少し感謝さえした。
初めて知った興奮に、私はもう一度触れてみたかった。「大丈夫。きっと次は抑えられるよ」と、声に出して言い聞かせた。冷静になってみると、私の下着は、滴る程に濡れていた。
今まで、二十四年も生きて来て、気付かなかった。気付いてあげられなかった。初めて出会した性癖は、暴走して、命まで奪おうとした。でも、もう大丈夫だよ。「あなたは私の一部だから」と、私は、その性癖が宿っていた事を認め、受け入れた。
これからは、諸刃の剣の様なこの性癖と、向き合って生きていかなければならない。先刻は、それに呑まれて、至らなかったのだけれど、ちゃんとコントロールしていかないといけない。
一人でぶつぶつ何か喋っている私に、訝しげな目を向けている悠介を見た。ここに、丁度良い奴がいるな。こいつが事の顛末を警察に話すかどうかはもう、どうでもいい。こいつを使って、先程までの興奮を得る事が出来るのか、試してみたい。
「×てろ」
そう言って私は、悠介に近付いた。
「えっ、なに?」
「聞こえ無かった? ×てろよ」
「たっ、たてろって言われても、こんなに縛り付けられてたらたてないよ」
「立てって言ってんじゃ無いよ。お前のコレ、××××てろって言ってんの」
そう言って、右足で××を押さえ付けるのだが、一向に硬くなる気配が無い。
「何言ってるの? こんな状況で、×つ訳無いじゃない?」
まともな事を言っている感じが、気に入らなかった。私は、こうなると、どうしても其れを勃たせてみたくなった。
近くにあったボールペンを手に取り、「ケツ上げて」と指示した。悠介は、考える事を止めているのか? 何の疑問も持たず尻を浮かせ、私は、悠介のベルトを外して、踝の所まで、パンツとズボンを下げてやった。そして、ボールペンを×××××××××××とした。
「アッ、痛ァ、なっ、何してるの?」
(割愛)
照明の光を屈曲させて、キラキラと輝いていた。
「キレイ」
その様を、携帯のカメラで撮った時に、悠介から信じられない言葉を頂いた。
「ちょっと、写真? そんなの止めてよ」
変態の、異常な精神回路など、分かる筈が無い。
「嫌、なの?」
「嫌だよ。当たり前だよね?」
今、私は、この男に何だって出来る。殺す事さえ容易い。まぁ、殺したら後々大変なのは自分だ。私は、ちゃんと、この昂りをコントロールする事に神経を注いだ。
「お前さぁ、自分は私のアレの声録って、ベランダで流しといてさ、自分のは撮られたく無いって、どういう理屈な訳?」
「いや、それは、ごめんなさい」
「はっ? 応えになって無いんだけど、どういう理屈なの?」
「ごめんなさい」
「謝んなくていいからさぁ、どういう理屈か言えって言ってんだよ」
「あなたを追い詰め様としてやりました。すいませんでした」
××に入れたボールペンを引っこ抜いて、ゴミ箱に放り投げた。右足で、反り×つ××を、そいつの下腹部に押し当ててやった。
「ねぇ? これ、どう?」
悠介は、言葉を選んでいるのか? 暫しの沈黙の後に、何でも無い事を言った。
「どう? って、何が?」
「気持ちいい? 気持ち良くない?」
「こんな状況で、気持ち良いとか無いよ」
「そんな事聞いて無いから。お前はこれが良いのかって聞いてんだよ」
私は、足の第一趾と、第二趾の間に××を挟んで、踵を使って、腹部に強く押し当ててやった。
「もう、止めてよ」
「お前さぁ、普通のやり方じゃ×けないんだよね?」
「なんなの?」
(割愛)
「使うって。どう使うっていうの?」
「アハハハハハハハハハハハ」
悠介が、いつの間にか脱いでいたズボンの中からパンツを取り出し、腹に出した××を拭ってゴミ箱に捨てた。
そして、私もズボンとパンツを脱いで、悠介に跨り、反り××××をゆっくりと×に×え込んだ。脳味噌が溶けて、耳と鼻の穴から溢れるんじゃないかと思った。初めて××××で絶頂を迎える事が出来た。
マッサージチェアのリモコンを取り、電源を入れ、下から上に、腰から肩までを凝りほぐす動きを強にして作動した。縛り付けているせいか? ゴゥゴゥと、猛々しい音を部屋中に鳴り響かせマッサージチェアは動き出した。その流れに合わせ、悠介は唸った。
「ウッ、ウオォォォォォオ、ウッ、ウオォォォォォオ」
「キャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」
産まれて来てから、今日この時まで、こんなに心の底から笑った事があっただろうか?
「ウッ、ウッ、ウオォォォォォォォォォオ」
「ねぇ? 内臓が、アハッ、内臓がさぁ、口から、アヘッ、口から出そうな感じ? ねぇ、内臓がさぁ、口から出そうな感じ? アハ、アハアハアハハハ、ハハハハハハハハハハハ」
得体が知れた。私は、こんな醜い性をこの身に宿していた。